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2018年4月25日 (水)

大崎 1978/5/29 その2

yyoshikawaさんの地元の大崎駅です。

わずかではありますが、未公開写真をご紹介します。

19780529

19780529a07
・駅の北側の山手通りの道路橋からです。トラックや日通(?)の建物にはレトロ感を感じますが、なぜかワムには感じません(笑)。

19780529a03
・これは反対側、駅の南側の新幹線と品鶴線の高架橋付近です。

19790620b01
・これは1979年6月20日撮影です。特に珍しくもない、当時としてはごくごく普通の風景ですね。

続いてyyoshikawaさんからご提供いただいた、最近の大崎駅です。

2014090104
・大崎南行出発信号どの番線からも下り方向へ進出可

2014090108
・大崎新宿方此方もどの番線から北方向へ進出可

ずいぶんと変わりましたね。

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コメント

現在大崎駅南側線路横断跨線陸橋(歩道橋)は老朽化で掛け替えられ品鶴線寄りに移設されました2番目の写真の左側です 階段勾配緩和とエレベーターが設置されました 以前の歩道橋は写真の向こう側降った所は道路の間でした 新しい歩道橋は品鶴線築堤脇に平行に折り返し階段を設置しました
現在の大崎駅5~8番線が両方向に出発出来る様出発信号機が設置されてますのでどの番線からでも北方向南方向に行けるのです

当時に比べて、現在は貨物営業がなくなり、替わりにホームが増え、配線もシンプルになりましたが、構内北側での複線から複線の分岐、蛇窪の平面交差など、輸送上の隘路に変わりがありませんね。電車が頻繁に走るようになり、かなり運転本数など増やしたくても増やせない要因がこれらの平面交差です。2019年からは相鉄も乗り入れ、このルートを使うでしょう。
池袋のように立体化されたら、さぞ助かるでしょう。

山手貨物線に関しては大崎支線に比べNEXの運行が殆どであとはたまに回送列車が有る位ですので平面交差ですが蛇窪に比べればダイヤ上競合する確率は少ないです
蛇窪の平面交差是正に大崎短絡線計画も有りますが何時になる事か仮に短絡線実現すると8番線ホームを北側に造設せぬとならぬ多分山手通り陸橋部分も改築旧貨物ホーム部跡の都営住宅部も一部改築
山手貨物線と大崎支線の合流部も北側に移設等可也の大工事になるのでしょう
其れより簡単なのは西品川一丁目二丁目境の横須賀線(品鶴線)の築堤上に駅を新設した方が良いのではと思うのは地元の欲望でしょうか?

blog内に、0系新幹線の画像は、もしや初お目見えだったでしょうか。
関東圏の方々には、なかなか御理解いただけないかも知れませんが、関西の田舎から新幹線で上京すると、新横浜駅を通過するまで快調に飛ばしていたのに、東京駅に近づいてくると、かなり手前から速度が減速されてきて、右へ左へと線路が蛇行している辺りが、この大崎駅付近だったでしょうか、もっぱら自由席の利用者だったこともあって三列側の窓際がお決まりの席だったのですが、たまに二列側に座れた時は、車窓から山手線の駅が眺められ、東京に来た実感を感じたものでした。
公私共々、首都圏へ新幹線で行き来すると、東京駅に近づいて来ると、夜行列車にはないその速度感から、長躯上京してきた思いと、目的地へ近づいてきた緊張感を感じるのは何十年経っても変わらぬ感覚でした。
逆に東京駅を新幹線で離れると、ちらりと東京タワーに別れを告げ、そう早い速度に達しないスピードで右に左にとカーブをしながら、昨今では奏でるVVVFのメロディーを聴きながらの帰路に着く思いは、首都圏を離れる一抹の淋しさと、家路に着く安堵感が交錯する不思議な時空間でした。
まぁ、いつの間にか、現実的には東京駅で着席したとたんにツマミや駅弁を広げ、お酒をがぶ飲みしているのが実際の自身なのですが、いずれにしても、この大崎駅付近の新幹線の路線には、私のような旅人を魅了する何かが潜んでいるようです。

上り新幹線は新横浜を過ぎ新鶴見操車場北構内当りからカーブ区間が始まります在来の品鶴線沿いを通る為です新鶴見手前で左に曲り続いて小杉当りで右に曲り多摩川を渡ると暫くは直線の切通と築堤区間が続き第二京浜国道をローゼ橋で渡ると今度は左に曲り西大井から鎗ヶ崎迄略直線大崎支線との立体交差の当りから目黒川の先東海道本線立体交差の所迄Sの字カーブが続き品川へ其の先札の辻陸橋下で右に曲り田町浜松町間で左に曲り新橋手前で再び左に曲り新橋有楽町間で再びS字で曲り東京駅に向かう
何で相なってしまたのか?人口密集地に新規に線路引くのに土地買収の少ない在来線沿いに引いた方が早く開通させられるからでした 1964年の東京オリンピックに間に合わすという事情も背後にあった為です 期限が無ければ直線で地下を抜ける方法もあったかもしれません時代が代わりリニア新幹線は大深度地下で都心部を抜ける方式で工事開始されてます
新幹線の新大阪は市内の端の比較的人口密度の少ない所に駅を設けたので東京程S字カーブの連続は有りませんね

 E10さまの体験と同じく、東京接近を感じるのは武蔵小杉の急カーブ手前で減速するときです。あとは都内を悠々と走る余韻の時間だと思っていました。
 東北新幹線は大宮から減速運転に入るのでこんな感傷にひたるタイミングはないのでしょうか?
 東京から帰る場合、私はこの区間を過ぎて200km/h運転に移ってから宴会をはじめます。

yyoshikawaさん、詳しい解説ありがとうございます。
東京オリンピックが線形の要因だったのですね。そのおかげで旅情が高まる感性を経験出来ていたのだと知り得ることが出来ました。
このところ新幹線で東上するときは新横浜駅が東限となっていて(ですので、お酒のお供は崎陽軒の焼売弁当です)、もし次の機会が有れば yyoshikawaさんのコメントを見ながらこの区間を乗車したいです。
C6217さんの《東京接近》の何気ないようなお言葉、f54560zgさんのblogに重みを感じる一言ですね。
また、田舎育ちからすると東京駅前後の速度制限区間は都会風景を眺められる良い機会でもあるようです。

想えば、初めて東海道新幹線を利用したのは大阪万博直前の頃、母の従兄弟の結婚式に出るために快速で新大阪まで行き ひかり に乗車したのですが、初めて見るツートンカラーの0系車両の鮮明な青色が非常に印象的でした。
道中、のちの全国機関区巡りのきっかけを与えてくれた叔父が静岡辺りからだったでしょうか、5号車か11号車かのビュッフェ車両に連れていってくれ、富士山の見える窓向きの席に陣取り、叔父はビールとおつまみを注文し、子供の私には取り留めてオーダーするメニューが見当たらなかったのかポタージュスープを注文してくれたのですが、気が付けば叔父の隣には青い目をした外人さんがおられて、ビールの進んだ叔父がその外人さんに関西弁で「兄さん、これひとつどないや」と、おつまみをすすめたのですが、外人さんは少し照れ臭そうに「ノォノォッ」と身振りを交えながら断りを入れられ、初めて見たその西洋人とのコミュニケーションは子供ながらに非常に印象深い出来事でした。
また、その時の帰路当日に別行動をしていた母と姉が列車に乗り遅れてしまい地上から車内に電話がかかってきて、車内放送で叔父が呼び出され通話をしたのを見て、子供にとってちょっと貴重な体験でした。
それから7〜8年の歳月が流れ、中学生の修学旅行が新幹線で東京まで出て当時開通後の中央高速道路を利用し、富士山麓から箱根巡りの旅の往復に利用したのと、79年にブルトレ日本海が運休して代替で乗車し、そしてディズニーランド開園の83年頃に利用したのが四度目の新幹線利用だったと記憶しています。
84年頃からは、就職して上京した学友達に会うためや、国鉄末期の機関区巡りのため何度か利用し、民営化後は公私に数え切れないほど幾度となく東海道新幹線を利用していますが、やはり300系の頃から、この区間でVVVFの音を聞くと、なんだか運転士さんによって微妙に音色が違っているように感じるのは私だけでしょうか。

yyoshikawaさん、ASAMA189さん
密集地の立体化は想像しただけでも大変ですね。

E10さん、C6217さん
関東圏の住人にとっては、速度が落ちるとようやく着いたな、という雰囲気を感じていましたね。
若いころは新幹線に乗ること自体が目的の一つだったのですが、社会人になると単なる移動の手段となり、座る場所も通路側を好むようになってしまいました。

私は下り新幹線乗車の折は必ず山側のE席を指定します旅の始めに山側にの席から自宅を見つつ出掛けるのが楽しみです天気が良ければ大崎支線を越えた辺りから進行右先に富士山見え振り返ると大崎駅前の高層ビル群の先に東京タワーと東京スカイツゥりーを遠望します 朝の乗車では海側は日刺しが強くブラインドを下げねば眩しいので山側に座る事にしてます

私ももうじきyyoshikawaさんのおっしゃる通りになるような気がします(笑)。

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