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2018年1月28日 (日)

貨物列車ネタ18(ナゾの貨物列車) その2

貨物列車ネタの18回目、今回は「ナゾの貨物列車」のその2です。
場所は東海道線の鴨宮駅です。

●まず貨物時刻表を見てみます。

1)43-10貨物時刻表
鴨宮駅関係では以下の列車が掲載されています。

・589列車 国府津→鴨宮
・593列車 国府津→鴨宮
・597列車 国府津→鴨宮
・594列車 鴨宮→国府津
・598列車 鴨宮→国府津

国府津駅~鴨宮駅間の小運転列車のみです。これ以外の貨物列車はすべて鴨宮駅は通過となります。

2)'80貨物時刻表
掲載されているのは以下の2本の列車です。

8993列車 西湘貨物→鴨宮
8994列車 鴨宮→西湘貨物

今回の「ナゾの貨物列車」はこの2本の列車のことです。

'82貨物時刻表以降では鴨宮駅に停車する貨物列車はなくなっています。

●次に鴨宮駅周辺の歴史をWikipediaから抜き出してみますと以下のようになります。

・1970年5月、西湘貨物駅開業と同時に貨物扱いを廃止。
・1979年10月、複々線化完成。
・1999年、西湘貨物駅の貨物列車の発着が廃止。

鴨宮駅としての貨物営業は1970年には廃止されているわけですね。

●次に線路配線を眺めてみます。
(こちらも参照下さい。)

1)1967年3月
196703r_2
・専用線がある普通の貨物取扱駅です。新幹線の保守基地線もあります。
・前述の43-10貨物時刻表の5本の貨物列車はこの状態の鴨宮駅に発着していた可能性があるのですが、この配線で国府津~鴨宮の小運転列車の形態をとっていたとすればちょっと違和感を感じてしまいます。

2)1977年10月
197710r_2
・西湘貨物駅が開業して、鴨宮駅に隣接する専用線群は鴨宮駅とは切り離されて西湘貨物駅から延びる側線で結ばれる形態になりました。前述の通り鴨宮駅の貨物営業は1970年に廃止されているわけですが、実態としては西湘貨物駅扱いとなって専用線群は存続していたように思えます。
・一方新幹線保守基地線は鴨宮駅での接続のままです。出入りのための副本線は国府津方からしか出入りできない配線となっており、43-10時点ですでにこの配線になっていたとすると小運転列車の形態は納得できますね。

3)1986年3月
198603r
・複々線化が完成しており、'80貨物時刻表に掲載されていた西湘貨物駅~鴨宮駅間の2本の「ナゾの貨物列車」はこの状態で運転されていたハズです。
・前述の通り鴨宮駅の貨物営業は1970年に廃止されており、しかも鴨宮駅隣接の専用線群は西湘貨物駅からの側線化されているので、「ナゾの貨物列車」はこれらの専用線群とは何ら関係がないと思われます。
・であればこの「ナゾの貨物列車」の行先は新幹線保守基地?ということになりますよね。
これって営業列車なんでしょうか?何を運んでいたのでしょうか?鴨宮駅は貨物営業していないのに? ご存知の方、お教えください(汗)。

配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。

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コメント

f54560zgさん、こんばんは。

「ナゾの貨物列車」の件ですが、昭和61年3月3日改正の列車運転時刻表をみますと、「臨工」列車として、一往復、設定されていますね。

工8993 

西湘貨物 10:05     (4番線)
鴨宮     10:09:45秒

工8994 

鴨宮    10:35
西湘貨物 10:40     (9番線)

ちなみに、当時、真鶴発着の砕石列車も西湘貨物発着で一往復(工1791 工1790)設定されております。西湘貨物駅には、保線の基地があったのでしょうか。

ユーチューブで最近の前面展望動画をみますと、鴨宮の新幹線保守基地側線への在来線側からの分岐は、簡易分岐器化されているようです。

これって、黒崎からの新幹線レールの鴨宮向け分じゃないでしょうか?
ここ最近は着荷駅が増えてましたが、
以前は西浜松向がメイン、東京(タ)向けは不定期でしたのでこちらが西湘で解放されてからの、鴨宮送りだったのではないかと…。

ゆかわあきらさん、ご教示ありがとうございます。

新幹線レール輸送とは気がつきませんでした・・・。

平成29年3月改正でも、相模貨物駅着で、輸送経路が設定されているようですね。

国鉄当時東海道線の車掌をしていたものです。余り詳しいことは分かりませんが鴨宮駅海側より小田原方へ伸びる謎の線路がありました。暫く本線と並行した後、途中から徐々に酒匂川の河原に降りるような形で見えなくなっていました。よくその側線の入り口付近にトキ25000形式通称赤トキが留置、車内から身を乗り出して見ると、確かPC枕木が載せてありました。

KASAさん、かわあきらさん
情報ありがとうございます。
ということは、結局は事業用の列車というこのなんでしょうね。
元列車掛さん、貴重なお話ありがとうございます。それって配線図中の酒匂川砂利専用線とは違うのでしょうか。

小型のセメントサイロのようなものがありましたから多分PC枕木の製造所?だったのでしょうか?
1997年10月配線図中にあるPSコンクリートなる側線に間違えないと思います。構内は配線図中にあるように機回しができるような配線ではなく、カマが推進で無蓋車を押し込むような形態の入換えだと思います。ちなみに私が見かけたのはトラ、トキ等の無蓋車ばかりでした。

元列車掛さん、そうですね、1977年の配線図にPSコンクリートって書いてある線路がありますね。失礼しました。

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