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2017年9月13日 (水)

城東貨物線等配線図 その3

城東貨物線およびその周辺の路線の配線図のご紹介の3回目です。今回は、
●1983年(昭和58年)12月の竜華操~杉本町
●1986年(昭和61年)頃?の旧正覚寺(信)~吹田(信)
●1986年(昭和61年)頃?の竜華(信)~百済
●1988年(昭和63年)3月の竜華(信)~百済
をご紹介します。

●1983年(昭和58年)12月
1)竜華操車場
1983121
・信号機も記載されて列車の進入・進出ルートがよくわかります。また、おそらく実線は架線が張られている線路、破線は張られていない線路と思われますので、電機の走行ルートも容易に想像できます。
・信号機から判断する限り、杉本町方からの列車に対する主本線は阪和1番線のようです。阪和着発線に到着した列車はおそらく入換で下り1~4番線に移動するものと思われます。逆に杉本町方に出発する列車も下り1~4番線から阪和着発線に入換で移動するんでしょうね。ただ、杉本町方からは上り着発線に進入できますし、下り着発線から杉本町方に出発することも可能ですので、この阪和着発線の存在理由がよくわからないんです。関西線が電化されるよりも前に阪和貨物線では電機が走っていましたので、その関係で着発線が分離されたのかもしれません。
・本線だった上り着発線の6番線は側線になってしまっています。
・右下には「栗本専」が描かれています。ということは、竜華は「操車場」ではなくて「操駅」ということになるのでは?
・見にくいですが、側線を含めた全貌はこちらをどうぞ。

2)杉本町
1983122
・2番線と6番線の間には車止めが設けられていて、両者は分離されています。

●1986年(昭和61年)頃?
1)旧正覚寺(信)~放出
1986001
・この当時は正覚寺(信)ではなく平野駅の構内らしいのですが、特に名前は記されていません。
・後述の通りこの時点では旧正覚寺(信)~竜華操間には貨物列車は運転されなくなってしまっているのですが、路線として廃止されたわけではないので線路はそのまま残っているのだと思います。
・放出駅は7番線が本線になっています。

2)鴫野~吹田(信)
1986002
・1982年(昭和57年)に淀川駅の貨物営業が廃止され、電車区入出区のためだけの淀川信号場になりました。その後1984年(昭和59年)には吹田操車場が吹田信号場となり、また都島信号場が廃止され、1985年(昭和60年)には淀川電車区の移転により淀川信号場と巽信号場が廃止となりました。その結果鴫野駅と吹田信号場の間には停車場はなくなってしまいました。
・鴫野駅の上り線にはまだ逆線の出発信号機が記載されていますが、淀川電車区が移転したのであれば不要な進路のような気がします。消し忘れかも。

●1986年(昭和61年)頃?
1)竜華(信)~加美
1986003
・それまで竜華操で中継されていた吹田操~浪速・湊町・杉本町方面への貨車は1984年(昭和59年)2月の改正では百済での中継に変更されています。従って竜華操での貨車の分解・組成作業が消滅し、旧正覚寺(信)~竜華操の貨物線を貨物列車が通ることはなくなりました。その代わり百済~浪速・湊町、百済~杉本町方面を結ぶ貨物列車が竜華操で向きを変えて運転されるようになっています(このあたりは別途貨物列車ネタの記事にしたいと思います(笑))。
・1986年(昭和61年)11月に竜華操は竜華(信)に名前を変えました。この改正では吹田(信)~浪速方面の貨物列車は百済での中継を行わない直行列車となり、これに加えて杉本町方面への貨物列車が廃止されたたため、竜華(信)に貨物列車が来ることはなくなってしまいました。ただし竜華機関区と竜華客貨車区にはまだ車両が配置されており、阪和貨物線にも臨時列車が走る機会はあったようですので、この時点での竜華(信)は関西線と阪和貨物線の分岐及び車両基地の入出区のための停車場であったと言えます。
・そういう経過を踏まえて上の図を見てみますと、阪和貨物線の分岐及び車両基地の入出区の信号場であることが見て取れます。ただ、阪和貨物線から関西上り線に入る渡り線が描かれていませんし、旧正覚寺(信)からの、まだ廃止されていないハズの線路もどうなっていたのかがよくわかりません。
・この図ではすでに消滅してしまっていますが、1984年(昭和59年)以降竜華操でスイッチバックが行われていた当時はどの線路が使われていたのかも気になります。おそらく上り着発線ではなかったかと思うのですが。

2)旧正覚寺(信)~百済
1986004
・旧正覚寺(信)は平野駅に統合されたはずなのですが、その平野駅の名称表示は相変わらず「百済(平野)」になっています。このあたり、いったいどうなっているのやら。

●1988年(昭和63年)3月
1)八尾~竜華(信)
1988031
・竜華信号場付近には車両基地もなくなり、関西線と阪和貨物線の分岐のためだけの信号場になったようです。

2)加美~百済
1988032
・平野駅の名前にはやはり「百済 平野」の両方が記されていますが、カッコもなくなって平野の文字のほうが大きくなり、立場が逆転したように見受けられますね(笑)。

配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。

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コメント

f54560zgさん、こんにちは。

城東貨物線に関する貴重な図面をありがとうございます。特に国鉄末期~JR初期の図は、初めてみまして、興味深かったです。T.Mさんにも感謝いたします。

竜華操車場の阪和着発線は、写真でしかみたことがありませんが、国鉄操車場の片隅の私鉄の貨物着発線を彷彿とさせる独特の雰囲気がありますね。阪和貨物線が、関西本線の支線で戦後開業であることをあとから知り、意外感がありました。


鴫野1番線(上り線)の逆線の出発信号機は、平成6年の片町線の線路図表にも記載されておりますので、かなり長期間、消し忘れ(?)状態だったようですね。

この平成6年の線路図ですが、f54560zgさんが大阪環状線の記事のところで話題にされておられた表紙だけ昭和54年ではないかという線路図(笑)と同綴りのものです。

この逆方向の出発信号機ですが、「2008年9月 1日 (月)片町~鴫野 1978/3/14」の記事の最後の写真

http://senrohaisenzu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2008/09/01/19920328shigino05.jpg

では、架線柱の影に隠れてしまっているのか、見ることができませんね・・・。もし、別の角度から撮られた写真があれば、拝見したいと思います。勝手なリクエストで申し訳ありません。

KASAさん、別の角度の写真がなくて申し訳ありません(汗)。でも多分、信号機はないですよね、きっと。

f54560zgさん、こんにちは。

返信ありがとうございます。

やはりあの信号機ないですかね。いつ頃まで使われていたのか気になります(笑)。

KASAさん、私も気になります(笑)。

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