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2017年6月 6日 (火)

有年配線図

以前、C6217さんより有年駅のリクエストをいただいていたのですが、すっかり忘れてしまっていました。申し訳ありません(汗)。
だいぶ遅くなりましたがご紹介させていただきます。

最初は1958年(昭和33年)4月。

195804
・この時点では上下共用の中線が設けられた、ごく普通の線路配線ですね。
・7年前に廃止されているはずの赤穂鉄道線がまだ描かれています。

続いて1963年(昭和38年)12月

196312
・簡易的な図面で、本線関係しか描かれていません。ただ、本線関係に限れば変化はないようです。

続いて1969年(昭和44年)4月。※※

196904
・C6217さんのおっしゃる通り、特異な配線に変化しました。「ホームのない4番線」が設けられたのです。
・ホームのない4番線を持つ駅というだけならばこのあたりには結構いっぱいあり、決して珍しいものではありません。それらと有年駅が違うのは、有年駅の場合は「ホームのない4番線」が主本線であるということですね。有年駅以外の駅は副本線なんです。
・なぜこの時期にこのような配線に変更されたのか、その理由に興味が湧きます。

続いて1986年(昭和61年)4月。

198604
・大きな変化はありません。

続いて1992年4月

199204
・やはり変化はありません。

最後に1999年10月

199910
・同様に変化はありません。

しかしながら、C6217さんのコメントの通り、最近になっていろいろと変化が生じているようです。この変化について、Wikipedia等に記載されている情報をもとに整理してみました(若干推測が含まれています)。

2009年(平成21年)3月までは以上でご紹介した状態から変化はなかったようです。

1_200903

ところが2009年(平成21年)3月に3番線の使用が停止されたようです。

2_200903
これにより上りのローカル列車は2番線発着となったようです。おそらく下りの待避は行われなくなったのではないでしょうか。

さらに2013年(平成25年)3月に4番線にホームが新設され、同時に2番線の使用が停止されて4番線が2番線に変更されたようです。

3_201303
中央部にホームがあるとはいえ実質的には棒線駅と化したわけで、これにより上下とも待避ができなくなったものと思われます。

その後、少なくとも2016年(平成28年)9月までには1番線が旧3番線の位置に移設されたようです。

4_201609
これにより名実ともに棒線駅になってしまいました。旅客営業面の設備についてはまだ未整備な部分があるようですが、列車運転上は最終形態なのではないでしょうか。

上り主本線にホームがないという、一風変わった配線の駅だったわけですが、ここ最近の改良(?)で棒線駅になってしまいました。ちょっと寂しいですね。

配線図はT.Mさん及びKASAさん(※※印)よりご提供いただきました。

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コメント

管理人さま、 勝手なリクエストへの掲載ありがとうございます。
1969-4への変更のとき(43/10以前)、上り方へ有効長の延伸が行われて4番線はクネクネという感じの曲線が入りました。
今回の配線変更では、上り本線はそのままとなり、新下り線は上り本線に沿ってクネクネのまま設置されました。用地は十分余裕があるのに直線化しなかったのが残念です。
新下り線は3番線の復活ではなくホームを削って移設とも言うべき位置に置かれています。なぜこんな無駄な工費を使ったのか?
橋上部分は工事中です。本当に素っ気の無い駅に変身しそうです。
3番線が上り本線から待避線になったとき、大きなカントが修正されずに使用されました。ずいぶん違和感を感じたことがあります。乗客も不便だったことでしょう。

下り線岡山寄りは曲線があって乗降看視用モニター大盤振る舞いになってしまったことです。せっかくの区画整理事業なので山陰本線馬堀駅のように駅を移転しホームを直線化してしまえば万事解決なのですが、惜しいですね。(URLは馬堀駅移転前工事中の空中写真)

C6217さん、やはり新下り線は3番線の復活ではないんですね。3番線が空いている期間がそこそこ長そうでしたので、単純な復活ではなさそうな気はしていましたが。
白旗さん、リンクのご紹介ありがとうございます。確かに馬堀駅はキレイに直線化されていますね。

有年駅、初めて知りました。「うね」と読むんですね。
wikiで調べると、昔ながらの趣ある駅舎で一目惚れしてしまいましたが、最近機能的でモダンな駅舎に改築中とか‥。
地元の人には便利になり良いですが、国鉄の面影がまた一つ減りちょっぴり残念。

猫OGさま

 有年の旧駅舎はそのまま残っています。本当に昔のまま。
橋上駅の完成により駅前広場となるため放置しているのでしょう。
 見に行くのなら今のうちです。

C6217様、情報ありがとうございます。
今のうちですかぁ。 訪問したいのですが私、健康面や親の介護もあり東京から離れるのが難しく残念です。 でもきっと旧駅舎を惜しむファンがたくさん画像を残して頂けると思い、それを楽しみます。

国道2号を走っていると、この駅の存在は大いに気になります。
中線だけの標準的な配線からこの特異な配線になった時期を書かれてますが、推測として山陽新幹線の岡山開通を見越して速度の遅い列車(鈍行・専貨Bクラスの貨物列車)の上下で待避させる必要性が出てきた、と読んでいます。
あと東隣の相生がジャンクション駅にもかかわらず初期の有年駅のような配線で待避もままならない状態になると想定して、結果として拡張の余地がある有年駅の配線を増やした・・・と思われます。

ともあれ、この記事は3→4→3→2と構内配線の増減をタイムラインとして追っかけておられる資料として貴重ですし、山陽線の輸送体系の移り変わりがつぶさに読み取れる「教科書」のような駅だと思います。

denwabanさん、時期的なことを考えると新幹線岡山開業が関係しているように思えますよね。
上下本線だけの姿を見ると「無常」を感じます(汗)。

山陽本線に乗る機会があったので有年まで足を延ばしてみました。管理人様にリクエストした手前の責任(?)を感じています。

本屋の状況: 木造平屋の本屋は昔のまま。トイレは昔風に別棟、無人かと思ったら委託窓口が開いていました。ただし改札は無人、自動改札機はなく、降車客はキップ収納箱へ入れる仕組みです。
周囲を観察すると、現本屋は橋上後の駅前広場の真ん中になります。橋上部は完成して駅前広場に降りる最後の階段工事に入っているので、あと数ヶ月で切換の可能性があります。

新1番線: 旧3番線の場所に相当しますが、旧2・3番線のホームは土盛りを撤去して鉄骨組立で新設しています。これは新1番線のためですが、原因はホーム西方で上下線間に保守用車の留置線を設置するためのようです。
渡り線を設けて片側に設ければいいのに、と思いますが、保線区OBの方から聞いた話を思い出しました。線路閉鎖をして保守用車を本線へ出すのにどれだけ手続きを行い、神経を使っているか。上下本線を同時に閉鎖するのは大変な作業で結果的に我々の仕事時間を削ることだ、と。

新線路の曲線について: 2番線(旧4番線)に沿って新下り本線(新1番線)を敷設したため、上下線とも曲線の連続となりました。 先コメントでクネクネと表現したとおりです。
最大偏寄を目測したら3mでした。用地はあるのでこの部分を直線にしたらと残念です。
思い当たるのは、担当は余剰で売却する面積を捻出することで評価されるというウワサです。そうであれば、どんな曲線を入れてでも余剰となる面積を増やそうとするのは当然ですね。

その他: 橋上部は既に完成、北口も使用開始済み。キップの販売機は稼働しています(本屋に窓口はあるのに)。上下ホームのエレベーターも使用開始しています。
旧下りホームは土盛り撤去中。捻出地を更地にするためのようです。

C6217さん、有年駅の近況のご報告ありがとうございます。副本線を廃止していわゆる棒線駅化するにしても、いろいろとしがらみが多いんですね。

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