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2017年6月18日 (日)

富山港線 1979/10/5

1979年(昭和54年)10月の富山港線各駅の未公開写真です。

こちらの記事も合わせてご覧ください。
富山
下奥井
城川原
蓮町~大広田
東岩瀬
競輪場前
岩瀬浜
富山港

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・富山駅の富山港線ホームです。一見島式ですが左側は乗降できません。ホームの左側の架線は交流ですが右側は直流です。

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・下奥井駅の本屋です。

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・城川原駅です。富山第一機関区の派出所がありました。

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・城川原駅の本屋です。

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・城川原駅~蓮町駅間です。右が富山港線、左は富山操への貨物支線です。貨物支線は非電化です。

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・蓮町駅です。岩瀬浜方です。

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・同じく蓮町駅です。右奥にホームが見えます。

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・蓮町駅構内の転てつ器です。

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・大広田駅です。

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・同じく大広田駅です。富山港駅への貨物支線のほうが分岐器の直線側ですね。

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・東岩瀬駅です。

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・同じく東岩瀬駅です。中央にナゾのホームがあります。

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・岩瀬浜駅です。左へカーブしていくのは新日本化学の専用線です。

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コメント

東岩瀬駅の謎ホームひょっとして冨岩鉄道時代の遺構ではないでしょうか?
冨岩鉄道当時は小型ボギー電車の単行運転でしたので此の程度ホームで充分だったのではと思うのですが

yyoshikawaさん、そうかもしれません。こういった買収線区って昔の遺構がいっぱい残っていましたからね。

富山港線の写真、ありがとうございます。
蓮町からの貨物支線は貴重ですね。
富山港駅の支線は今や鉄道としての跡はありませんが、展望台付近の古い案内図には、富山港駅への支線も含めて記載されていたのを発見し、興奮したのを覚えております。(もう10数年前の話ですが...)

鉄道貨物が盛んであった頃の写真を拝見しますと、今ではライトレールとなってしまいましたが、何らかの方で鉄道貨物運送が、しいては貨物ヤード、専用線の再整備があればなんて、夢物語を抱いてしまいます。

冨岩鉄道時代に使用されていた車輛は四輪単車シ10 木造ボギー車ボ1 2 半鋼ボギー車セミボ20 21多分此の五輌が全てで他に凸形電気機関車が有りました貨車は不明
其れにしてもユニークな形式の付け方でしたボギー車で13mクラスの小型車今のライトレールの車両と大差ない 木造ボ1 2は国有化後富山地方鉄道に払下げられ射水線と後の加越能高岡軌道線に其々所属主に除雪に使用された 
半鋼セミボ20 21は同じ形式番号ですか形状はまったく違うセミボ20は両端に客用扉が有る普通の形状セミボ21は片扉が中央にズレれ当初は荷物室であった 後国有化後セミボ20は静岡鉄道に払下げられた セミボ21は岳南鉄道に払下げられました(若しかして逆かもしれません)払下げ時両車ともクハ化されていました

がむしゃらさん、ライトレールというかなり変わり果てた姿になってしまいましたが、富山港線の歴史をつなぐものが残っているだけでも幸せかもしれませんね。
yyoshikawaさん、「セミボ」とは確かにユニークですね。モータや運転室の有無、単車かボギー車か、木製か半鋼製か・・・。どのような情報を車両形式に託すのか、事業者の個性が現れますね。

私鉄にはユニークな形式の付けかたをする会社が多々存在していた同和鉱山小坂美濃電鉄各務原鉄道京福京都支社新京阪電鉄阪和電鉄等がユニークな形式をつけていました冨岩鉄道では四輪単車はシ木造ボギー車はボセミスティールボギー車はセミボと付けてました 他に付随車が二両有りましたが形式は不明でした 電気機関車はやはり二輌有り形式はロコでした
ボギー電車は14mクラス6輌四輪単車2輌付随車2輌 冨岩鉄道位の会社では丁度良かった後に20m車が配置されたがオーバースペックの感がありました国鉄時代の悪習で首都圏や近畿圏の新性能化で玉突き式に地方線区へ旧形車を追いやる方式で富山港線みたいな雪国の線に通勤型四扉車を配置した愚挙 其の反動がライトレール化で解消されたのではと思います

東岩瀬駅の謎のホ-ムですが既に40年の年月が過ぎてしまい記憶が低下していますので参考意見程度と考えて下さい。
岩瀬浜駅に貨物列車が到着した場合スイッチャーが貨車を引き上げますが、ここで問題が発生しました岩瀬浜駅の到着線と発着線が同じになると国鉄の機関車が東岩瀬浜駅方面に引き上げる事になりますが旅客線の入線に支障がきますので東岩瀬駅に一旦戻り短いホームで停車していましたので東岩瀬には太平洋金属の入れ替え従事して入れ替えして岩瀬浜駅の入れ替えが済めば貨車を迎えに行きます。タブレットの関係です。

簡単に言えば
機関車+岩瀬浜駅行+東岩瀬行
東岩瀬駅で東岩瀬行解放
岩瀬浜駅で岩瀬浜駅行解放
ここで東岩瀬駅に戻り
太平洋金属の入れ替え従事
岩瀬浜駅に戻り
機関車+岩瀬浜駅発
東岩瀬駅で
機関車+岩瀬浜発+東岩瀬発

管理人さんが訪問された時には東岩瀬駅の発着が既になく名残りのホ-ムは撤去されることがなく残っている。

こんばんは。
富山港線には、ライトレールになってから一度だけ乗ったことがあります。新しい形のLRTが静かに走る様子からは、国鉄時代の“骨太の”鉄道の風景はもう見えませんでした。
港の鉄道には、いい情景の時代があったのですね。その記憶と記録が残っていることを、それを拝見できることを、本当に楽しく感じます。
吊り掛け電車に乗ってゆけば、そこかしこでポイントを通過する大きな音が響き、一般にはどこに引き込まれてゆくのかわからないような、たくさんの線路があったのだろうと思います。
鉄道が、大きな役割を果たしていた時代、その情景を今からでも見てみたいと願わずにいられません。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/

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