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2017年5月 4日 (木)

西若松 1979/7/20 その2

1979年(昭和54年)7月の西若松駅の、以前の記事の未公開写真です。

19790808r

19790720h01
・只見/会津滝ノ原方です。

19790720h02

19790720h04
・会津若松方です。

19790720h05
・その先のほうです。

19790720h06

19790720h07
・只見本線と上り2番線の上り出発信号機です。

19790808b01
・この写真のみ1979年8月8日の撮影です。改札は跨線橋の上にあります。

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コメント

こんばんは。
前の記事にコメントすべきところかもしれませんが・・・

当時から、営業は跨線橋の上だったのですね。しばらく訪問していませんが、現在も会津鉄道の窓口が跨線橋の上にあったように思います。

当時、走っていた会津田島発着+只見(会津川口)発着の「いなわしろ」は、当駅でどのように分割・併合していたのか、興味あるところです。

「いなわしろ」は会津若松で分割・併合を行っており、会津若松-西若松間は2方向の列車が雁行していました。
(現在のNEXが品川で分割・併合せずに東京で行っていることと同じ)

やわやわとまれさん、名無しさん
「いなわしろ」は、分割は会津若松でしたが併合は西若松でした(少なくとも1979年時点では)。
分割はホームに到着後それぞれの方向に散っていくと思われるのですが、西若松での併合はどうやっていたのでしょうか。普通に考えればそれぞれ只本と会本に到着後どちらかが乗客を乗せたまま引き上げて戻って連結、なのでしょうが、時刻を見ると停車時間が10分もないようなので、それだと結構忙しいかも。

おや、併結は西若松でしたか→調べると確かにそうですね。某pediaを鵜呑みにしてはいけませんね。失礼しました。

営業中列車の引き上げ併結って、岐阜とか新幹線開業前の金沢の例もありますし、けっして珍しくはないんだと思いますが・・・

名無しさん、そうですよね、営業列車の引上げ入換は決して珍しくはないと思います。
ただ本件の場合、10分あまりしか時間がないようなので、もしかしてそうではない特別なことをやっていたら面白いな、と思ったのですが、いろいろ調べると10分もあったら十分そうな気がしてきました(汗)。

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