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2017年4月 5日 (水)

信号機の話 その5

信号機の話の5回目です。

今回の最初のテーマは国鉄・JRから私鉄・3セク等への進路を示す信号機のいろいろです。

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・1979年(昭和54年)10月5日、富山駅です。ポイントは右の信号機で、「地」は富山地方鉄道線を意味しているようです。

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・2002年(平成14年)8月4日、下新田信号場の下り場内信号機(出発信号機を兼ねる)です。
「両毛」と「わたらせ」です。

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・2013年(平成25年)7月6日、大月駅の下り出発信号機です。「中央」と「富士急」です。

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・2010年(平成22年)7月17日、枇杷島駅の稲沢線下り出発信号機です。左と右が稲沢下り線用で、真ん中が稲沢上り線用です。「城北」の部分が別の板に分離されています。

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・2016年(平成28年)7月22日、富山駅の中2番線上り出発信号機です。あいの風の「あ」ですね。以前KASAさんからコメントを頂いた通り、糸魚川では「北」のままなのですが。

次のテーマです。停車場の構内に着発線が直列に配置されている場合、出発信号機と場内信号機が同じ場所に並んで建植されることがあります。これのいろいろです。

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・1992年(平成4年)6月27日、梅小路駅の山陰連絡線の丹波口方への信号機です。左上は連絡線から山陰線への出発信号機、右下は貨物着発6・7番線への第2場内信号機です。ちゃんと場内信号機用の進路表示機が設けられています。

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・2013年(平成25年)5月18日、沼津駅の下り本線です。右は出発信号機、左は下り2番線への第2場内信号機です。「下2場」の「2」は第2場内信号機の「2」ではなく下り2番線の「2」のようで、つまり「下・2場」ではなくて「下2・場」ということですね。

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・2015年(平成27年)6月21日、幡生駅の下り本線です。左が出発信号機で右は貨物着発線への場内信号機です。「貨2場」が「貨・2場」なのか「貨2・場」なのかがよくわかりません(汗)。

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・2013年(平成25年)7月6日、韮崎駅上り本線です。左は出発信号機、右は待避線への第2場内信号機です。実にわかりやすいですね。

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・2002年(平成14年)5月1日、塩尻駅の東京方への信号機です。ぱっと見では出発信号機なのか場内信号機なのかがわかりづらいですが、進路表示機を見るとそれがわかりますね。

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・1992年(平成4年)4月11日、平野駅の3番線の湊町方への信号機です。左は出発信号機、右は場内信号機です。それにしても「百4場」って???

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・関西線を名古屋方にさかのぼってみます。左は平野駅の関西線下り場内信号機ですが、これと同じ場所の右側に「百3場」があります。「百3場」は関西線上り線用の下り場内信号機なんです。

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・さらにさかのぼり、関西線と別れて放出に至る貨物線に進むと「百2場」があります。

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・さらにすすんで「百1場」です。
・左を向いた信号機はかつての竜華操車場への進路です。

配線図を描くとこんな感じなんです。

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・つまり「百1場」~「百4場」は「百済駅第1場内信号機」~「百済駅第4場内信号機」を表していると思われるのですが、もしそうであれば百1場から先は百済駅の構内ということになり、平野駅は無視ってこと?
・それにしても関西線上り線を城東線下り貨物列車が逆走するというのはスゴイ発想だと思うのですが、この城東線下り貨物列車が通過するのは平野駅の4番線ではなく3番線であるため、結局のところ百2場~3/1出間と百4場~百済駅間で関西線上り線と計2回平面交差しています。それだったらフツーに百2場の直後で関西線下り線に合流したほうがスッキリする気がするのですが・・・。
・まあいずれにせよ、現在では貨物専用の線路が増設されて理想的な姿になったようですね。

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・ついでに平野駅の関西線上り第1出発信号機です。進路予告機が設けられています。

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・進路予告機が予告しているのはこの信号機の現示です。平野駅の関西線上り第2出発信号機です。

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コメント

興味深い分類と紹介をありがとうございます。
西・とくに近畿圏の名称板は信号機本体につけてあることが多いように感じました。
他は上か下に独立しているのに。
分かれば良い代物ですが、本当におもしろいです。

「出」と「場」が同居しているのは、あってしかるべきなのですが、何となく居心地が悪いなと感じます。

中継信号機の名称板、どこかにはありそうですね。

こんばんは。「信号機の話」シリーズありがとうございます。興味深く拝読させていただております。

国鉄・JRから私鉄・3セク等への進路を示す表示板というのは、駅毎にそれぞれ特徴があって、興味深いですよね。

富山駅の「あ」の入った表示板の写真をありがとうございます。

この「あ」の表示をみて、IRいしかわ鉄道の方では、もしかして、どこかの駅に「い」もあるのではと思ったのですが(汗)、津幡駅のJR七尾線との分岐における出発信号機とかは、全面展望映像等で見る限りにおいて「下本北」「下本七」とかですね。

富山駅は、高架化工事ともあいまって、全くの新設だからということなのでしょうか・・・。

近畿圏の表示板は、小さくて、車内からだとやや見にくい場合がありますよね。

最後の写真の「平野駅の関西線上り第2出発信号機」の表示板ですが、現地で見たことがなく、ずっと城東貨物線の「城」か「貨」だと思っていたので、「片」だったとは、私にとって新しい発見でした。
ありがとうございます。

やわやわとまれさん、地域によっていろいろ特徴がありますね。中継信号機についてはほとんど注目していませんでしたが、「その4」でご紹介した飛騨古川駅には中継信号機に表示がされていました。
KASAさん、そのうちに「い」が登場するかもしれませんね(笑)。城東貨物線関係の信号機の表示は吹田の出発では「城」ですし、竜華の場内も「城」だったようです。意図的に使い分けているのでしょうか。

こんばんは。平野駅の逆走の詳説、ありがとうございます。近くにいながら、結局ゆっくりと見に行くことができなかったもので。f54560zgさんの仰るとおり、下り線に合流させた方が簡単そうですが、上り線とのダイヤモンドクロスを避けたかったんでしょうね。
どれだけ走れば「逆走」という言葉を使ってよいものか定義が難しいところですが、そこそこ距離があるものとしては、山陰下り線をトロッコの上り列車が逆走するトロッコ嵯峨~トロッコ嵐山間ぐらいしか思いつかなくなりました(元アイドル2人の行為で話題になったあたりです)。探せばもっといっぱいあるのでしょうね。

hi-liteさん、おっしゃる通り「逆走」の定義は難しいですが、逆走列車用の信号機が設けられているのは結構立派な逆走かも(笑)。
かなり毛色は違いますが、浜大津支線もそのような雰囲気がありますね。

今年延長開業した鴫野~新大阪間(おおさか東線)
の、JR淡路から南吹田に向かう途中の吹田(タ)への振り分け部分は、浜川崎~扇町間のように「電場」「貨場」でした。

平野付近の逆走ルートは百済貨物駅を整備したときに設けられました。(年の記憶??)
そのとき2場内で関西本線下りへ渡り、平野で3番線へ逃げるルートと、現在の逆走ルートが比較されました。
下り線経由は、下り線をふさにもかかわらず上り線の支障時間がそれほど減らないという計算から現状になりました。
現在は本文のように吹田方~百済の専用線を増設して関西本線との干渉はなくなっています。

上はC6217です

ゆかわあきらさん、C6217さん
情報ありがとうございます。

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