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2017年2月22日 (水)

会津若松 1990/3/10 動画 その2

1990年(平成2年)3月10日に会津若松駅で撮影した動画のその2です。

19790808r

R2

今回ご紹介するのは上図の概ね赤線の部分で、223列車牽引のために入換を行うDD51です。

動画のおおよその内容は以下の通りです。

(ビデオの時計が2分ほど進んでいるようですので、今後の時刻表現は画面表示から2分を引いた値としています。)

1)6時26分頃、機1番線にDD51が待機しています。3番線には沼垂発西若松行きの5290~5491列車のタキ、4番線には会津若松発新津行き223列車となる50系客車が止まっています。

2)よく見ると50系客車からは蒸気が出ているのですが、この蒸気はどこから供給されたもの? DE10?

3)DD51は盛んに蒸気を噴き出しています。

4)6時29分頃、操車担当さんがDD51の誘導を開始します。5番線に進んでいったん停止します。

5)操車担当さんがトークバックで信号担当さんと打ち合わせをします。若干聞き取りづらいのですが、「上り1番から上り引上」と言っているような。

6)DD51は上り引上線に向かい、すぐに折り返して4番線にやってきます。ホイッスルの音色が先ほどとは全然違う・・・。

7)6時33分頃、50系に連結します。223列車の発車は6時56分です。

相変わらず、
・画質悪
・ノイズ多
・手ブレ大
・構図悪
ですが、ご容赦ください。

https://www.youtube.com/watch?v=_WeJRN6UBUI

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コメント

2) 50系からの蒸気
 客車は始発駅で予熱を行います。ほとんどの箇所で客留線に蒸気配管がありました。
 このホームでは?です。給気がないと漏れもありませんから、DE10が予熱を担当した可能性もあります。

3) DD51からの蒸気
 暖房用SGは、点火中は最低蒸発量を発生しますので負荷がないときは蒸気を捨てることになります。EF58も同じです。

7) 連結が2度作業になりました。この操車さんの合図はあまり上手とはいえませんね。

今ではほとんど見かけなくなった操車担当さんによる入換。いいですねえ。
5)ですが、機1から上1方向に来て、49Rを過ぎたところで停車、49Rから信号担当さんを呼んだので、上1から上引き上げ線だったのではないかと思います。5番のりばには会津鉄道の列車が到着していましたし。

C6217さん、ナルホド、客留線に蒸気配管があるんですね。情報ありがとうございます。

やわやわとまれさん、1979年と比べて2005年では
・只本→上1
・只2→只見
・機回線→会津
・上1→上2
といったように線路名称が変わっています。この変更は1987年の会津鉄道開業時に行われたのではないかと思っていましたので、1990年時点では「上2」だったハズではないかと。

3番線のタキ編成の貨物列車ですが、当時始発駅の沼垂には日本石油の専用線があり、西若松にも同石油の専用線がありました。沼垂で精製された石油製品が西若松の油槽所までこの貨物列車で運ばれていたのでしょう。
会津若松にも三菱石油とシェル石油の専用線がありましたので、石油タキの発着があったでしょうね。
2008年4月27日 (日)にアップされた「会津若松 1979/8/8」の記事の写真にはタキが写っていますね。

コスモスさん、沼垂発西若松行きの5290~5491列車は会津若松で半分程度のタキを開放し、残りが西若松まで行っていました。これについてはまた後日動画をご紹介する予定です。

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