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2016年10月23日 (日)

直江津 1979/12/2 その2

1979年(昭和54年)12月の直江津駅の、以前の記事の未公開写真です。

19791202r

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・1番線です。

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・2番線です。高崎・米原方です。

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・5番線です。高崎・米原方です。

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・同じく5番線です。

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・跨線橋から見た機関区あたりです。

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・新潟方の北機待線・貨物入換線付近です。

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・新潟方からです。下り本線です。

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・同じく新潟方からです。上り本線です。
・左側は客貨車区です。

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コメント

最初の配線図から、この駅の歴史的な経緯からなのか、富山方、高田方は、信越本線の到着・出発がスムーズになるようにできているように見えました。金沢方面行の特急は、2番線を出発すると一時的に下り線を逆走していたので、「北陸本線に単線区間が残っていたのか。」と勘違いしたことがありました。“白山”は3・4番線でスイッチバックしていました。札幌行TWEは6番線に発着していました。(“はくたか”を先に通すため?)
直江津駅を初めて見た時は、構内はまだ広く、架線柱・ビームは緑に塗られ、EF58が待機していたりしました。まだ関東に行ったことがなく、国鉄は関西の直流エリア、北陸本線の交流+ローカル線の風景しか知らなかった私にとって、とても新鮮でした。

京葉帝都さん、直江津駅は富山方の北陸線のつなぎ方が特殊ですよね。この当時は新潟方も主本線が分岐側になっている部分があって、全体的にちょっと違和感を感じてしまいます。

本来なら、その1にコメントすべきなのでしょうが、至近の項にコメントする怠惰なE10ですがご容赦下さい。
この直江津は、主要幹線どうしの接続駅で車両基地の有る中でも、大都市や地方主要都市の規模からすれば稀な街で、他に似通った駅は、米原、高崎、鳥栖、亀山、塩尻、米子、多度津、などが挙げられるでしょうが、新幹線が近くに通りながら接続駅にもならず、優等列車からも見捨てられた感のある駅は、ここ直江津駅だけなのではないでしょたうか。
国鉄ファンの視点からすれば、名だたる優等列車が行き来し、始発駅ともなっていた過去に鑑み、今や第三セクターなる列車が構内の主になっている現状には、淋しさを拭い去れない気持ちになってしまいます。
なぜならそれは、f54560zgさんと同じ時代に直江津を訪れ、EF15型などが直江津構内に居た風景を知っていたからなのでしょう。
当時の様子は、いずれ直江津その1にコメントしたいと思います。

E 10さん、直江津のかつての拠点駅としての風格があった時代をご存じなのですね。

まさにその時代を記録してあることが、こちらのHPの価値であり真骨頂でしょう。そしてそのことに共鳴、共感しておられる方々からの様々なコメントを興味深く読ませていただき、在りし日を思い出しています。今後ともよろしくお願いします。

E10さん、おっしゃる通り直江津駅といえばかつては花形駅でしたが、新幹線開業や第三セクター化で今は見る影もなくなってしまいました。それでも裏縦貫線の貨物列車の通り道になっているのは救いですね。

コスモスさん、往時をご存知の方に懐かしがっていただけると嬉しいですね。

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