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2016年5月27日 (金)

塩尻 1978/12/25 その2

1978年(昭和53年)12月の塩尻駅の、以前の記事の未公開写真です。

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・中央下り本線です。

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・中1番線です。篠ノ井・名古屋方です。

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・中央西線と篠ノ井線が分かれるあたりです。右が篠ノ井方、左が名古屋方で、中央の奥に松本運転所塩尻支所があります。

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・塩尻支所のEF64群です。

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・多分EF6417です。

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・運転支所から駅の方向を望みます。

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・駅本屋です。

以下はオマケ。

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・1973年(昭和48年)3月25日の撮影で、新宿発長野行きの421列車です。新宿から牽引してきたEF6433の前に塩尻でEF6437が連結されて重連になっています。右は多分名古屋発新潟行き2801D赤倉だと思います。

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・これは1974年(昭和49年)7月21日の撮影です。長野発新宿行きの424列車です。

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コメント

 この件は一度お尋ねした様な気がしますが、ダブったらご容赦ください。
 中央西線の列車はすべて篠ノ井線へ直通していましたが、塩尻での方向転換のとき機関車を交換していたのですか?
 それとも牽引機が機回しを行い、転車台で転向して再び連結していたのですか? そうならば10分停車でも無理に思えます。

C6217さん
実際の機関車運用は知らないのですが、個人的には同一機関車が機回し・転向をしていたとは思えないのですが。

電気機関車での実例ですが、フェイスブックの「国鉄・私鉄などの思い出」に書いてありました。
1976年(昭和51年)8月に、長野発中津川行836レ(中央西線に残った最後の定期旧客普通列車)が、塩尻駅では36分間の長時間停車の間に機関車交換、進行方向を変えて中津川に向かった運用になっていたそうです。
塩尻や会津若松、亀山のように向きを変える駅に機関区があるほどの拠点駅では、機関車は交換するのが妥当のようにおもわれます。一方、十和田南や川部のような駅では引き続き同一の機関車が方向転換して運行していたと思われます。十和田南は転車台がありましたが、川部は見当たらないので、弘前までは逆行運転だったのか興味深いところです。

大網はどうだったんでしょう。

川部駅について昔の空中写真を見てみましたが、1948年時点では青森方に転車台が確認できますね。1963年時点ではすでに見当たりませんので早い時期に撤去されたようです。
それと、黒石線沿いの線路付け替え(?)のような形跡が気になりました。

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