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2016年3月31日 (木)

韮崎駅のスイッチバック その3

前々回の記事の通り、韮崎駅では本線上のホームとスイッチバック部のホームとを併用している時期があったようです。併用ということになりますと、どんな列車がスイッチバックをして、どんな列車がスイッチバックをしなかったのかについて興味が湧いてしまいます。今回はこのあたりを少し調べてみました。

韮崎駅でスイッチバックを行う下り列車の場合、バックで出発して折返線に進み、ここで進行方向を変えて新府信号場に向かうことになりますのでスイッチバックを行わない列車に比べて余分な時間がかかります。
上り列車の場合も同様で、韮崎駅でスイッチバックを行う列車の場合はスイッチバックを行わない列車に比べて新府信号場→韮崎駅の所要時間が長くなることになります。
すなわち韮崎駅~新府信号場間の所要時間を調べればスイッチバックの有無がわかるかもしれない、ということです。

所要時間を調べるためには、当然ですが下り列車の場合は韮崎駅の出発時刻と新府信号場の到着時刻、上り列車の場合は新府信号場の出発時刻と韮崎駅の到着時刻が必要になります。しかしながら市販の時刻表には韮崎駅、新府信号場とも出発時刻しか掲載されていませんのでこれらを使わざるを得ません。韮崎駅の出発時刻と新府信号場の出発時刻の差の中にはすれ違いや追い越しのための待ち時間が含まれている可能性があることを念頭に置きつつも、まあとりあえずやってみました(汗)。

推測では、

①1970年(昭和45年)9月30日以前
・単線時代。韮崎駅停車の旅客列車はすべてスイッチバック運転。
②1970年(昭和45年)10月1日
・併用時代。複線化により一部の旅客列車はスイッチバック運転を解消。
③1971年(昭和46年)4月26日
・すべての旅客列車のスイッチバック運転を廃止。

ですので、手元にある時刻表のうちこれらのタイミングにおよそ該当するものを使って調べてみました。使用した時刻表は以下の通りです。

・1967年(昭和42年)12月号→上記①のスイッチバック時代
・1971年(昭和46年)3月号→上記②の併用時代
・1971年(昭和46年)5月号→上記③のスイッチバック廃止後

これらの時刻表に掲載されている列車のうち、韮崎駅と新府信号場の両方の出発時刻が掲載されている列車すべてを対象としてその時間差を求め、グラフ化してみました(笑)。
(但し極端に時間がかかっている列車、具体的には時間差が16分以上のものについては除外しました。)

最初に下り列車(坂を登る列車)です。

Photo
・これはわかりやすいかも。
・このグラフからは、併用時代では電車列車はスイッチバック運転を行っていなさそうなことが容易に推測できますね。
・機関車牽引列車は電車列車に比べて勾配途中からの発進が難しいというのがその理由なのではないかと思うのですが、結果としてはそれが可能になったからこそスイッチバックが廃止できたわけですので、この間にどんな状況の変化があったのかが気になります。

次に上り列車(坂を下る列車)です。

Photo_2
・う~ん、こちらはなんとも微妙ですね。
・電車列車に関しては併用時代にスイッチバック運転が行われていないように思えます。
・問題は客車列車で、パッと見、スイッチバック時代もスイッチバック廃止後も大きな差がないように見えてしまいます。あたかも、スイッチバック廃止後と思われる時期でもスイッチバックが行われていたかのようです。
・併用時代では、たとえ客車列車であったとしても坂を下る方向ですからスイッチバックをしなくて済みそうに思うのですが、そのようには見えません。

結論としては、若干ややこしいところはあるのですが、併用時代については客車列車はスイッチバック、電車列車はスイッチバックなし、ということになるのではないでしょうか。
但し若干疑問な点が。
1)最初は不可能だった上り25‰での機関車牽引列車の発進がその後可能になった理由はなんでしょうか。
2)勾配を下る方向であっても機関車牽引列車がスイッチバックをしていた理由はなんでしょうか。

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コメント

EF13では厳しかったんでしょうかね・・・?
しかも冬季は暖房車(マ級)付きでしたし。

旧櫛形町の今はなき実家に想いをはせる甲斐太郎です。
1)ですが、韮崎のスイッチバック廃止とほぼ同時期に、客車列車の牽引機関車がEF13からEF64に代わりました。これにより機関車の出力・粘着性能とも向上して下り列車も上り勾配ホームでの起動が可能になりスイッチバック廃止に踏み切ったということかと思います。
2)の下り勾配の上り列車もスイッチバックに入っていた理由、ないしは入っていたのかまではちょっと分かりません。
察するに、客車列車の場合、下り勾配ホームで過走すると修正のための後退が上り勾配となり困難なので避けていたとか、または実際は勾配ホームで停車していたものの、過走防止のため電車列車より早めの減速が必要になり新府発車~韮崎到着の所要時間が大して短縮できなかったとかでしょうか。
あくまで推測ですが。

SBさん、甲斐太郎さん、コメントありがとうございます。
EF13からEF64への交代は思い浮かんだのですが、中央線へのEF64の投入はもっと早かった(1966年春)ので直接関係ないのではと思っていました。1971年前後の甲府機関区の配置を改めて調べてみましたが、1971年春にEF13が11両転出して甲府機関区からEF13が消滅していますので、おっしゃる通りこのタイミングで客車列車のスイッチバックが廃止されたんですね。
上り列車についてもおっしゃる通り過走を考慮したためかもしれませんね。

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