2012年9月の新津駅です。過去の記事(1978年4月、1979年7月)も合わせてご覧ください。
今回は直江津寄りの部分の様子です。
・直江津方にある県道7号線の道路橋です。
・左にカーブしていくのは磐越西線、直進は信越線、右にカーブしていくのは新津車両製作所への通路線です。
・振り返ります。
・信越線の下り場内信号機です。
・新津車両製作所への通路線です。
・振り返って新津車両製作所方です。
・この踏切、「車両所踏切」だそうです。その昔は新津工場、そして新津車両管理所、新津車両所などと名前が変化していますが、その都度踏切名も変わってきたのでしょうか。
・新津駅寄りの人道橋に移動します。直江津方です。
・振り返ります。
・ホームに移動します。かつての0番線です。
・機回り用のホームの切欠きが残っています。
・直江津方です。1番線です。
・同じく2番線です。
・同じく3番線です。
・同じく4番線です。
・同じく5番線です。
・振り返ります。
・跨線橋に移動します。1番線付近です。
・同じく5番線付近です。
・さらにその西側です。
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直江津方 5番線の写真を興味深く拝見しました。
5番線は主本線ではないと思うのですが、出発信号機の位置の都合、ホーム先端に中継信号機があるのですね。しかも二進路分。あまり目にすることがないケースのように感じますが、いかがお考えになりますでしょうか?
投稿: やわやわとまれ | 2015年8月22日 (土) 07時14分
やわやわとまれさん、言われてみれば確かに奇異に感じますね。ただ、今まで中継信号機に関心を持ったことが有りませんでしたので、他の駅ではどうなのか、についてはよくわかりません、スミマセン(汗)。
投稿: f54560zg | 2015年8月29日 (土) 14時46分
8/26~8/27で村上市の瀬波温泉一泊の鉄道研究会ツアーに行って来ました。
新津では1時間半ほどしか取らなかったので、鉄道資料館はいろんな意味で駆け足巡りになってしまいましたが、あそこは、新幹線飛び乗ってでも行く価値がありますね。
落ち着いて、再訪したいです。
投稿: bad.Ⅳh-95 | 2017年8月28日 (月) 20時24分
出発中継のこと、通過列車があれば中継も本体に習って複数設置すると聞いたことがあります。
あまり確認をとっていないので、おそるおそる書き込みます。
投稿: C6217 | 2017年8月28日 (月) 21時57分
bad.Ⅳh-95さん、ツアーお疲れさまでした。どの追うな「鉄道研究会」なのかの方に興味が行ってしまいました(汗)。
C6217さん、どちらかというと本来出発信号機が建植されそうな位置に中継信号機が設けられていることが珍しく感じてしまいます。よくあるのはホームの中ほどに建っているケースなので。
投稿: f54560zg | 2017年8月30日 (水) 21時09分
中継信号機の数は本体の信号機の数にあわせて設けられますよ。
出発信号機といえど、駅を通過する場合もありますし、見通し距離はそれなりに必要ですからね。
投稿: ち | 2017年8月30日 (水) 21時28分
正確には、名古屋の某大学の鉄道研究会のOB会です。なんせ、現役学生の研究会が消滅してしまい、OB会が存続組織、という。
まあ、年1回の一泊旅行、何月何日にどこに泊まるかだけ決めて、最寄り駅に集合。集合時間もなんとかたどり着ける最終列車の時刻から設定するという。
なので、村上に行くのに金沢経由、なんていうのもあり、磐越東西線や米坂線を使ってひたすら寄り道しながら、現美新幹線にも乗りながら、本数が少ない区間では結局、顔を揃えてしまったり、そんなツアーです。
あとは温泉と美味しいお酒があれば、言うこと無し、です。
投稿: bad.Ⅳh-95 | 2017年9月 1日 (金) 20時56分
bad.Ⅳh-95さん、現役組織が消滅してもOB会が存続しているとはさぞかし結束の固い集まりなんですね。宿泊先だけを決める方法も私の学生時代と同じです(笑)。
投稿: f54560zg | 2017年9月 3日 (日) 12時38分