« 土樽 2014/11/15 | トップページ | 誘導信号機 »

2015年1月 8日 (木)

てっさかん(デテクターバー)

「てっさかん(デテクターバー)」というシロモノについては書籍等でその存在は知っていましたが、私があちこちをウロウロしている頃にはすでに過去の設備となっていたようで、現物を見る機会はほとんどありませんでした。
それとわかって写真を撮ったのは美濃太田機関区のみで、あとは、偶然写りこんだ名古屋客貨車区(第一機関区?)ぐらいです。

19800405e07r

19791226a04r

ですので、「レール上面より高い位置に鉄片をせり出させ、車輪との当たりがあるかないかで車両の有無を検知する」という思想は漠然と知っていましたが、具体的な構造は知りませんでした。

先日bad.Ⅳh-95さんにご紹介いただいた文献の図面を見て、そしてそれをもとに美濃太田機関区での写真を改めて見直して、おおよその構造がわかったように思います。

●まず、てっさかんを上下動させるてこはどうなっているのか、ですが、美濃太田機関区の写真を見るとロッドが途中で分岐しているのがわかります。

19800405e07e

すなわち、転てつ器のてこを扱うことで同時にてっさかんも動作すると考えてよいのではないかと思います。
逆に別々に操作するようになっていた場合、てっさかんを操作した時点では接近中の車両がまだ離れた位置にいたのに、転てつ器を操作する時点では先端軌条付近に車両が到達してしまっていた、なんてことが起こりうるかもしれませんし。

●次にてっさかんが上下動するメカニズムです。
全長12.5mのものを、しかも強度的には結構フニャフニャであろうと思われるものを鉛直方向に平行移動させるって、技術的には難しそうと思っていましたが、ご紹介いただいた文献の図面を見て合点がいきました。
てっさかんには水平方向の力が作用するんですね。そして固定されたローラーに台形状のカムが当接することにより、水平方向に移動しながら上下動するようです。

3_r

言われてみれば至極当たり前のメカニズムですね(汗)。

●最後に動作のタイミング。
てこの動きと先端軌条の動きの関係は下図の青い線のようになります。

R

以前の記事で書きました通り、てこを動かすと
①先端軌条の解錠
②先端軌条の移動
③先端軌条の鎖錠
の順で動作し、①と③では先端軌条は動きません。

てっさかんが転てつ器と同じてこで操作されるならば、てっさかんは、先端軌条が動き始める前にレール上面より上昇していなければならないと思うんです。
また、先端軌条の鎖錠が完了したならばレール上面よりも下降していなければならないと思います。
すなわちてっさかんの動きは上図の赤線のようであることが必要なんでしょうね。
ですのでてっさかんがそのような動きをするように台形カムの微妙な形状が定められていると思われます。

レール面よりも上に鉄片をせり出させて車両を検知するというのは思想的には単純明快なのですが、
1)走行中の車両の車輪の踏面に鉄片を押し当てるって、それってどうなの?
2)上のグラフのような先端軌条とてっさかんの動作タイミングって、そんなに精度よく合わせられるの?
3)てっさかんを上昇させるのって、相当な力が必要なんじゃないの?
といった疑問は感じてしまいます。
さらに言うならば、本来は脱線を防ぐためのてっさかんが逆に脱線の原因になったりしないの?と、ついつい思ってしまいますね。

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
バックナンバーはこちらからどうぞ。

« 土樽 2014/11/15 | トップページ | 誘導信号機 »

コメント

①走行中の車輪の踏面に・・・
相手は間が悪いと1軸あたり10数トンの重量物ですから、ぶち当てた方が負け、のような気もします。
②&③
絡繰り仕掛けの精度は素人が考える以上に高いようです。
そして、信号扱所の職員の背筋も、素人が考える以上に強いようです。

bad.Ⅳh-95さん、
①まあ、てっさかんが車両を持ち上げるようなことはないとは思いますが(笑)、踏面を傷つけたりとかしないんでしょうか。
②おそらくはかなり微妙な調整が必要とされていたのではないかと思いますね。いちいち車両をその位置まで連れてきて調整したのかな?
③屈強な職員さんが選抜されていたんでしょうね。

あれはデテクターバーと言う物やったんですね!
ご無沙汰です。たまにコメントさせて頂いている京都洛西人です。
以前、京都配線図に蛇足ながら「鉄道信号」なる動画のURLを勝手に紹介しましたが、1(前編)の10:00からの普通列車が待避する駅(芦屋駅らしい)で写ってますよね。分岐器転換のときに長い棒状のもが一緒に動いてるけどあれって一体何?と疑問でした。途中転換防止のものだったんですか・・。
線路好きの素人に知識が一つ増えましたです。ありがとうございます。

デテクターバーで検索をかけたところ、安治川口駅脱線事故においても、この装置の有無が後日問題にされたとする記事がありました。
誤操作事故防止という観点でおいて当時としては有効な手段であったようですね

 デテクターバーの転換を見たことがあります。最初のバー持ち上げは軽そうに動きました。何も抵抗がないので当然かもしれません。
 それからトングレールがゆっくり動き、最後のバー降下もストンという感じで転換に要する力は変わらないように思えました。ただし信号所でハンドルを扱う姿は見えませんが。

 もしバーが上昇中に車輪が踏んだらバーかロッドの破損でしょう。構造強度から見て車両が脱線するとは思えません。

 安治川口の事故は事故の前年にデテクターバーを撤去したとして担当者の責任追及がなされています。しかし撤去は戦争による設備簡素化の方針によるもので担当者の処罰は行われていません。

京都洛西人さん、お久しぶりです。
改めて「鉄道信号」の動画を見させてもらいましたが、いろいろ面白いものが写っていますね。これについても記事にしてみたいように思います。
オーイナル野焼きさん、個人的には何だか「乱暴」な、特殊な設備に感じてしまうのですが、結構普及していたんですね。
C6217さん、数cmとはいえ、12.5mもの鉄板を持ち上げるわけですから、それなりに力が必要な気がしてならないのですが・・・。

初めまして、LOCKEと申します。

ダブルスリップスイッチで検索して出てきたサイトとして記事を色々読んでいたら、連動装置からデテクタバーまで出てきて、デテクタバーが実際に使われている時代の写真まで見られて感動しています。

上のコメントで出てくる「鐵道信号」を見ているとデテクタバーの操作は一連のポイント・信号操作開始時にデテクタバーを解除してそれらが終わった後にデテクタバーを鎖錠している様に見えます。
デテクタバーの動作はポイント転換時では無いと思います。


私も「続・事故の鉄道史」と言う本で西成線安治川口事故の解説を読んでデテクタバーの存在を知り実物を見てみたいと思ったのですが、既に国内には存在しない状況でしたのでこの記事で詳しい写真が見られて良かったです。

後から気が付きました。

後の記事「鉄道文化映画集 「鐵道信號」 その1」に追記がありますね。
失礼しました。

LOCKEさん、初めまして。
そうなんです、「鐵道信號」に出てくるデテクタバーの動作はポイント転換時ではないと思うんです。
ただ写真を掲げた美濃太田機関区の例では、ポイントを転換するロッドの途中からデテクタバーへのロッドが分かれていますので、ポイント転換時にデテクタバーも動作するのではないかと思っています。

初めまして。いつも楽しみにしております。
てっ査かんのてこが別に設けてあるケースもありまして、この場合、デテクタバーが上がった状態(てっ査かんてこが定位)で転てつ器を取り扱い、列車・車両を通過させる時は反位にしておくことになります。二人協同で取り扱っていたと思います。
デテクタバーが転てつ器と同時に動く(パイプが連結されている)タイプとは、動き方がやや異なっていました。

3RT生さん、情報ありがとうございます。
てこが分かれている例については、「鉄道文化映画集 「鐵道信號」 その1」の記事
http://senrohaisenzu.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-cc9c.html
でご紹介させていただいています。この場合は複式のようで、転換用のてことは分かれていますが鎖錠用のてことは連動しているようです。
単式でも分かれている場合があるのかもしれませんね。

画像大変参考になります。
てっ査かん+鎖錠を「鎖かん」と呼ぶそうです。
連動図では --+------(てこ番号)と書いてありました。
鎖錠だけのてこもあったようです。
てっ査かんを最後に見たのは、高麗川の太平洋セメント専用線で、既に廃止後でした。

3RT生さん、てっさかんについては私もほとんどなじみがなく、よくわかっていません。高麗川のものも見てみたかったですね。

鎖かんの記載がある連動図表があるはずと探していましたが出てきましたので、拙ブログに掲載しました。
豊肥本線立野駅のものです。
ご参考になりますでしょうか。
http://lbxnydr.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/post.html

何しろ勉強不足のため解説ができず申しわけありません。

3RTさん、立野駅の連動図表ありがとうございます。連動表の部分はなかなかお目にかかれませんので、大変貴重な資料かと思います。
見ごたえがありますので、じっくり拝見させていただきますね。

デテクターバーは列車通過中の途中転換防止が目的ですので、片方の台車が通過しても他方の台車が通過するまでロック状態を維持できるよう、ボギー中心間距離や軸距を考慮して長さが決められています。初の2エンジン車であるキハ50が落成した際、ボギー中心間が長すぎてデテクターバー長が不足し、問題となった事があるようです。その際は関係線区のデテクターバー長を延ばして対応したらしく。
「バーが車輪を押し上げる」というより、通過中は車輪の重みで開錠できない(=分岐器の転換が不可能となる)と解釈すべきかと思います。

 デテクターバーの目的は、車両がいるときは人力ではバーが持ち上がらず分岐器の転換操作ができない、のみで、強度や操作力は問題外だと思います。
 信号扱い所から分岐器までのロッドの操作抵抗は大きなもので、デテクターバーの重みが加わっても問題になりません。
 キハ65さまのコメントのとおり、キハ50に続いて旅客車の長さは22mに移行する構想があったそうです。ところがコメントのとおりデテクターバーをまたいで鎖錠ができない状況が発生しました。
 デテクターバーにかけるため、その後の気動車の車長は少し短縮して21.3mという端数になりました。今も続いていますね。他の旅客車は全面追随していません。
 21.3mは70フィートの意だという論もあります。本当でしょうか?

確かに「通過中は車輪の重みで開錠できない」のですが、さすがに人力で車両を持ち上げることはないにしても加えた人力の一部は確実にデテクターバーと車輪間に作用します。実際にどのくらいの力が作用するのでしょう。

鎖かんの動作と転轍動作が一本のテコで可能とすれば、どんなカラクリなのか興味が湧きますが・・・。
鐵道信號のビデオでは最初に鎖かんのテコを扱い、次に転轍テコ、再び鎖かんのテコを扱っているように拝見しました。鎖かんが下がった状態(これが定位?)では転換できず、上がった状態(=反位?)でトングを転換し、再び鎖かんを下げて転換できなくするという流れ。立野駅の図表でも鎖かんに独立した番号が付されているところを見ると、一本のテコで両方動作というのはにわかに信じ難く感じます。現存しないだけに謎がいっそう深まって・・・。

みなさん、こんにちは。
懐かしい話題に、ついつい引き込まれます(笑)
拙ブログの
http://lbxnydr.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/post-716a.html
に、西武山口線のデテクターバーの画像がありますが、単式(1本のテコで動く)でした。参考になりますでしょうか。
単独てこの鎖かんはデテクターバーが上がった状態が定位ですが、転換中以外(普段)は下がっていましたので、いつもは「反位」になっていたことになります。信号扱い所にお邪魔しますと、鎖かんのリバーだけはいつも引いてあり、転換時のみ定位(リバーを戻す)にして転てつ器を扱い、すぐに反位に戻していました。ある駅では2人でタイミングよく同時に扱い(リバーが隣り合うので、鎖かんを扱う係員はリバーの後ろから操作)、外からは見ていると単式のような動きでした。

3RT生さん、ご説明ありがとうございます。キハ65さんのおっしゃるカラクリについては今となっては確認のしようもありませんが、おそらくエスケープクランクの機構を利用していたのではないでしょうか。

いつもながらの本題から外れた話しで恐縮です。
C6217さんがコメントされた「キハ50に続いて旅客車の長さは22mに移行する構想」について詳しく知りたいのですが、一般入手可能な資料はありませんか?

クモイ103 さま。車体長22mのこと、自分の記憶をたどりましたが、おぼろで申し訳ありません。
 当時ヨーロッパの客車標準が26mであり、それに追いつけとの意識を感じました。
 重量や構造は問題ないのですが、曲線での車体の偏りが大きくなってホームとの間隔維持が最大の障害でした。偏りは中央よりも車端が大きくなります。
 機関車ではEF58が絞っているし、買収私鉄線区では急カーブのために車両側を削った例があります。
 キハ50の22mはこの趣旨だったのか、2機関搭載のスペースを求めたのか、今となっては判りません。デテクターバーで足を掬われたのは想定外でしょう。
 ブルートレイン客車なども車体の端をほんの少し絞っているように見えます。

3RT生さま、
貴重な情報、ありがとうございました。現在のように電子的に制御できる時代とは違い、機械的な動作の中に保安機能を組み込むという技術が極めて高度なものであったと、今更ながら感心します。バーの定位・反位も用語の定義からは異質なイメージがありますが、納得できました。本当にありがとうございました。
C6217さま、
キハ50は二機関搭載の試作車的意味合いが強く、ボギー中心間の問題を解決すべく、床下機器の配置を再考してキハ51として量産されたと理解しております。車長22m化構想との時系列関係が興味深いところですね。
キハ50はその後1エンジン化されて荷物合造車に改造、うち1両が新潟地震で橋桁の下敷になりました。その後の2エンジン車隆盛の基礎となった形式ですが、結局は晩年も恵まれなかったようです。

C6217さま、キハ65さま
コメントありがとうございます。
キハ65さまもおっしゃる通り、キハ50の車体が長いのは床下艤装の都合だったというのが一般的な解説ですが、「車長22m化構想」との関係は気になりますね。

キハ44600(後のキハ50)は昭和29年10月に落成、準急「かすが」での運転開始は昭和30年3月と伝えられますから、半年かけていろいろ試験を行い、デテクターバーの問題もそこで対策がとられたのでしょう。
ところがそれと同じ頃、客車の世界で22m長の形式図が引かれました。戦後早くから待ち望まれながら、なかなか実現していなかった3等寝台車で、基本構造はスハ43系に準じていた様です。しかしその時すでに軽量客車の開発が進んでいて、このスハ43系・22m長の3等寝台車は「幻の形式」となりました。現実にはさらに1年後、ちょうどキハ44700(後のキハ51)と同じ頃にデビューしたナハネ10で、ようやく戦後の3等寝台車が実現しました。

この「幻の22mハネ」が作図されたのはキハ50の営業運転開始に近い時期と考えられますから、デテクターバーの問題は十分認識されていた筈です。そこで、台車中心間距離を見てみました。
 ・キハ50:15,700mm
 ・幻の22mハネ:14,750mm
ちなみにその後登場した2エンジン気動車の台車中心間距離は、
 ・キハ51:14,300mm
 ・キハ55:14,300mm→後期車14,400mm
 ・キハ52:14,400mm
これらよりちょっとだけ長い「14,750mm」という値が微妙ですね。

クモイ103さま、
デテクターバーの標準長が12.5m、当時のTR47の軸距が2.45mで、22mハネの
ボギー中心間14.75-2.45=12.3<12.5mとなり、僅か20cmの余裕ながら計算上はOKという結果になります。その辺りを見越してボギー中心間長を決めたと考えるのは邪推でしょうか(笑) 現在の軸距2.1mならアウトとなって、デテクターバー長を伸ばさなくてはなりません。
キハ50は軸距2.0mのDT19なので車輪間距離が13.7m、バー長は1m以上も足りない事になります。最大長21.3mを最初に採用したのはキハ55からと記憶していますが、初期車はホームとの接触を警戒して連結面にもRがつけられていました。曲線での偏奇は怖いですね。

キハ65さま
ぎりぎりセーフの台車間距離だったのですね。それなら「邪推」どころか真実の可能性も十分考えられますね。

「第一種連動装置の転轍器竝に可動轍叉に設備しある轍査桿取外し使用の場合に於ける取扱方制定の件」(昭和十三年四月八日 新鉄達甲第八四号) 
という、長い標題の規定があります。
漢字制限のため、現在では「てっさ」が仮名書きになってしまいますが、元は異なる漢字を当てていたわけです。異なる部品の、すなわち原語では異なる用語であったわけですから当然ですが。
クロッシングは、レールが交叉する部分だから轍叉(叉は、音叉にも使いますね)と書き、
デテクターバーは、転轍器を転換して良いか、照査する、さお状のものなので、轍査桿と書くことにしたのでしょう。
音が同じでなければ、仮名書きでも混乱しないわけですが。

NZさん
「へえ~」と唸ってしまいました。トリビアと言ってもいいのでしょうか…日本語は奥が深いですね。
このお話し、有難くどこかで蘊蓄に使わせて頂きます。

確かに「へえ~」ですね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: てっさかん(デテクターバー):

« 土樽 2014/11/15 | トップページ | 誘導信号機 »

過去の記事

2021年5月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ