« 誘導信号機 補足 | トップページ | 鉄道文化映画集 「鐵道信號」 その2 »

2015年1月25日 (日)

鉄道文化映画集 「鐵道信號」 その1

京都配線図の記事及びてっさかん(デテクターバー)の記事で、京都洛西人さんからご紹介いただいた「鐵道信號」という古い鉄道映画。どうも1940年(昭和15年)頃に製作されたものらしいです。

改めて見直すといろいろ面白いところがありましたので、気づいたことをシーンごとにコメントしてみたいと思います。

今回はその前編です。

https://www.youtube.com/watch?v=7_Vwn-0SChc

●0:35頃~
蒸気機関車の走行シーンです。こういうものを見ると、ついつい「ここはどこ? 機関車は何?」などと考えてしまいます。

●1:37頃~
双信閉そく器が登場します。
複線区間における閉そく方式としては、結局のところこの双信閉そく式と自動閉そく式の2つしか存在しなかったのでしょうか。

●4:25頃~
機関士・機関助手による信号喚呼が行われています。「遠方オーライ」とか、「場内オーライ」などと言っていますね。ということは、この当時は「出発進行」という言葉は存在しなかったということになるんでしょうね。

●10:03頃~
どこかの駅です。京都洛西人さんのコメントでは「芦屋駅らしい」とのことなのですが、おそらくこの当時、芦屋駅付近はすでに複々線化(1926年)・電化(1934年)されていたのではないかと思うんです。個人的には草津駅あたりがあやしいのではないかと思ったのですが、後述の2008列車の通過時刻から考えると京都より西の駅でないとつじつまが合わないんですよね、悩ましいことに。まあ、この2008列車自体、映画製作上の架空の列車かもしれませんし。

●10:20頃~
てっさかんの登場です。

●10:47頃~
転てつてこの取り扱いをよく見てみますと、
1)「14番定位」→てっさかんが動作するが先端軌条は動作しない。
2)「13番定位」→先端軌条が動作するがてっさかんは動作しない。
3)「14番反位」→てっさかんが動作するが先端軌条は動作しない。
となっています。
これらより以下のことがわかります。
①先日の手動の転てつ器 その3の記事で書きましたように、この駅での転てつ器の転換は複式のようで、「13番」のてこは動作用、「14番」のてこは鎖錠用と思われます。すなわち、上記1)で先端軌条を解錠し、2)で転換、そして3)で鎖錠しているように思います。
また鎖錠用のてこの定位/反位は、先端軌条が解錠されている状態が定位のようですね。
②やはり先日のてっさかん(デテクターバー)の記事で書きましたように、てっさかんは転てつてこと連動していることがわかります。ただしこの映画のような複式の場合は、動作用のてこではなく鎖錠用のてこと連動しているんですね。

●11:23頃
2008列車はこの駅を7時25分(?)に通過するようです。

●14:24頃~
もしこれが2008列車であるとするならば、2008列車の牽引機はC57あたりのようですね。

その2に続きます。

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
バックナンバーはこちらからどうぞ。

« 誘導信号機 補足 | トップページ | 鉄道文化映画集 「鐵道信號」 その2 »

コメント

双信閉塞器ってのもよく分かりませんが、少なくとも1閉塞区間に1列車、という大原則を守れる「絡繰り仕掛け」ではあるようですね。
以前紹介しました「The Signal-Box」とか独文のサイトにも双信式のような絡繰り仕掛けの閉塞器が出てるんですが、・・・ホント、よく分かりません。
あと、言われるとおり、デテクターバーは転轍器上に車両が残っていないか、の確認と一緒に進路の設定が完了しているかの確認にも使えそうですね。

bad.Ⅳh-95さん、あくまで追突さえ防止できればよいので、あまり高度な「絡繰り仕掛け」ではなさそうですね。保安度よりも、「せっかくの複線なのに駅間に1列車しか入れられない非効率」が短命にさせたのでしょうか。

 双信閉塞は東海道・山陽を始めとする複線区間に広く使用されていました。最後に残っていた篠ノ井~長野が自動化されたのは1960年頃です。
 両駅の連絡で列車の進入許可を出す(信号機を進行とする)操作を行うので安全度は?です。鎖錠があったのかどうか不明です。
 閉塞操作のとき正面に腕木が左右にある信号機のような表示盤が見えます。
 列車が進入して進入操作を行うと表示盤の腕木が停止表示を示します。相手駅に到着すると相手が到着扱いを行って表示のロックが解けて再び進入の信号表示が可能です。
 問題は閉塞機に鎖錠を設けても操作は係員が列車を確認して行うためミスを避けられないことです。
 駅間が長いときは途中に信号場を設けます。ここには場内と遠方の信号機があるのみです。もちろん腕木式です。
 複線になったとき、タブレットに変えてこの方式を採用したものでしょう。現在でも代用方式として同じシステムといえる電話連絡による通信式が残っています(ごく最近のことは不詳ですが)。

 オーライは英語時代の名残ですね。山陽本線で聞いた話では、1942年まで「出発進行」は「スターティングオーライ」だったそうです。広島地区で1962年にオーライを使用していたのを確認しています。


 補足します。

 説明の2′40″で、駅中心から駅中心までを閉塞区間と述べていますがこれは明らかに誤りです。
 駅構内は閉塞区間に入りませんので場内信号機が境界となります。
 ただし自動閉塞では駅構内も同じ信号システムで制御するので閉塞区間として取り扱われます。

何気なく(Up主にも無断で)紹介した動画を取り上げて頂き恐縮です。
そうですよねぇ。芦屋なら当時すでに電化、複々線されてますよねぇ。動画のコメントに芦屋ってあったのを覚えていたのでそう書いてしまいました。その2の始めの方に電化、複々線の高架が出て来ますからその辺りになるのでしょうか? あと、京都駅のシーンは今は亡き交通科学博物館の連動装置の展示室で流れていましたね。

C6217さん、タブレットのような物証を持たないわけですから、列車側も「きちんと取り扱いしてくれているんだろうな?」と不安になるかもしれませんね。「オーライ」についてはその後戦局への突入により使用が禁止されたのでしょうか。
京都洛西人さん、「連動装置の展示室」なんてものがあったのですか。勉強になりそうですね。

自分のメルマガネタに再び「鉄道信号」を見ていて、
改めて気づいたことをつらつらと。
8′23″に出てくる信号機、どうも山科手前の築堤上、現在の上り第一閉塞機のあたりのように思えるなぁ....(いや、そう思うだけ)

9′36″踏切の遮断竿が写っていますが、踏切の道路が見えません。しかも9′45″にははっきりと近江富士(三上山)の姿が。この位置関係からすると、この踏切は東海道線と鋭角交差の中山道踏切と推測できます。http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=220106
の写真上部、草津駅から草津線が分かれてその少し北にある踏切です。
ちなみに現在は踏切は廃止され、ほぼ同じ位置を草津線上りが高架で本線上りをまたいでいますので、映像とかなり印象が違います。

さて、10’03”あたりから出てくる草津駅ですが、現在の草津駅の3番線(下り外側線)が中線でC57123が退避しています。このときの草津川天井川トンネルは現存していますが、駅構内が大きくなって周囲が建てものだらけになったので、映像のような広々とした光景は今はありません。
通過列車がC53でないので、米原C57の牽く北陸線急行かな、と想像してみたり。撮影している場所はこの頃田圃ですが、今はおそらく草津駅7番線のあるあたりかな。ホームが西側に増設されて構内が西に広くなっています。

わだらんさん、一瞬の映像で場所が特定できるのはさすがですね。
天井川のトンネルが現存してくれているのはうれしいです。草津駅の象徴のようなものと思っていますので。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/506157/61026474

この記事へのトラックバック一覧です: 鉄道文化映画集 「鐵道信號」 その1:

« 誘導信号機 補足 | トップページ | 鉄道文化映画集 「鐵道信號」 その2 »

過去の記事

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ