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2013年2月 3日 (日)

矢板配線図

氏家駅、宝積寺駅に続いて東北線の矢板駅です。

まずは1958年(昭和33年)3月。

195803_2
・単線ではありますが中線が設けられており、氏家駅とは好対照の配線ですね。
・左上部の点線は東武矢板線で、1959年(昭和34年)6月に廃止されてしまう運命です。
・左下方に延びる点線は専売公社の専用線です。

続いて1972年(昭和47年)2月。

197202_2
・電化・複線化がされました。ただし転てつ器は現場扱いです。
・専売公社の専用線の途中からスイッチバックする形で新たに設けられているのは秩父セメントの専用線です。

最後に1980年(昭和55年)3月。

198003_2
・秩父セメントの専用線が描かれていませんが、この時点ではまだ廃止はされていません。
・氏家駅や宝積寺駅同様線路表示式の入換標識が設けられていますが、線路名称は昔ながらの「下本」や「中」のままですね。

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コメント

私が専売公社(JT)専用線を訪れたのは'83頃、98年の二回です。むろんチチブセメント(太平洋セメント)の側線は存在しました。'83頃の時点においてはチチブ線には引上線も存在していたと記憶しています。シンプルながら印象的な光景だったので、記憶を頼りこれを再現すべく、セクションレイアウトを試みたこともあります。結局は中途半端な形で終わりましたが。
(でも空中写真でチチブ線と並行する形で北側に短い側線の存在は確認できるのですが、引上線はありません。当時の実家にはカメラがありませんでしたので撮影は適いませんでした。)

オーイナル野焼きさn、そうですね、確かに1975年の空中写真で北側の側線が確認できますね。何でしょう?

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