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2012年9月 8日 (土)

藤枝配線図

まずは1960年(昭和35年)頃。

196000
・焼津駅と同様、東海道線の典型的なパターンです。
・東京方の渡り線21イ・ロと上下1番線の分岐位置の関係で、下り線と上り線の有効長の差が大きくなっています。
・上り1番線からの神戸方で分岐する側線がちょっと変わっていますね。専用線?

だいぶ飛びますが、1989年(平成元年)2月。

198902
・1986年(昭和61年)に貨物扱いが廃止されたため、貨物側線等が整理されてしまいました。

最後に2003年(平成15年)4月。

200304
・ほとんど変化はありません。
・上り1番線から分岐する側線は撤去されることなく生き残りましたね。

配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。

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コメント

 上り1番の側線、もう少し先には志太米穀というお米や動物用飼料を扱う会社があるので、もしかしたら、そこ関係かも知れません。
 あと、下り2番については、昭和60年以前までは今はマンションになっているあたりに赤阪鐵工所の藤枝事業所があって、ソースが不明瞭なのですが、専用ホームがあったとか、です。

1960年の図の上り3番線あたりが赤阪鐵工所関係かもしれませんね。

>赤阪鉄工
と思うところですが、赤阪鉄工は焼津寄り、駅本屋から見ると南東側に立地していました。

おおっと、そうでしたか。失礼しました。

はじめまして。
30年ほど前まで藤枝に住んでおり、藤枝駅を常用しておりました。
■上1神戸側側線
・ご指摘のとおり、志太米穀の倉庫への専用線があり、ワムワラと、重油か何かのタンクがあったと記憶しております。
■駅南側の専用ホーム
・駅南にあった製紙会社の荷物用だったかと。
■駅西方面の専用線
・昭和50年代に、下1をそのまま本線に平行して、西に500mほど延長したところまで、ガス会社への専用線があり、アント君が活躍しておりました。
■その他
・やはり昭和50年代、藤枝駅北側の貨物ヤードで、EF18が巨体をくねくねさせながら貨物の入れ替え作業をしていたのを見ておりました。作業の合間に、機関車に乗せてもらう機会があり、機関車内部の説明や、電気系統の説明を図面を見せてくれながら教えてもらった事があります。

XRBajaさん、EF18の運転台ですか、なんともうらやましい限りで・・・。昔は大らかでよかったですね。

藤枝と云えば嘗て上り貨物ホーム脇から延々と御前崎を経由袋井迄一時期日本最長のナローゲージの静岡鉄道駿遠線が出ていました当初藤枝方と袋井方は別々の鉄道会社で戦時統合で両社は静岡鉄道の傘下に入り中間部を新しく建設両線を繋ぎ日本最長の軽便線になったが結局は直通する列車は少なく早い時代に廃止されてしまい元々の路線だけが残るも時代の推移には免れず袋井方残存線が先ず廃止続いて藤枝方も先ず大手方面の線が廃止其の後大井川以西が廃止最期は残存部分も廃止されました
これ以前は岩手軽便鉄道が最長でした
貨物扱いをしていた頃は藤枝構内で貨物の詰め替え用側線も存在してました

yyoshikawaさん、60km以上のナロー鉄道はなんとも壮大でしたね。

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