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2012年5月22日 (火)

高島貨物線配線図 1961/3

以前リクエストをいただいた高島貨物線の配線図です。今まで普通は一停車場を一記事として各年代の変遷をご紹介していましたが、高島貨物線の場合はどこが停車場の境界なのかよくわからないところもあって(汗)、一年代を一記事としてご紹介していきます。今回は1961年(昭和36年)3月です。

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・鶴見を出てから最初の停車場、入江駅です。
・新興駅への支線が分岐しています。新興着発線でスイッチバックする運転形態でしょうか。
・信号機の配置を見る限り鶴見方からは下り本線にしか進入できないのがちょっと不思議です。

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・浦島第二橋を渡ると一瞬線路が上下本線だけに収束しますが、すぐまた線路がゴチャゴチャしだします。
・このあたり、この時点では東高島駅の構内のようですが、かつては千若信号場だったところではないかと思います。ここから瑞穂駅への支線が分岐しています。

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・ちょっと進むと東高島駅の本体部分です。
・左下方向に進む「旧浜線」と書かれた線路がありますが、おそらくはかつて東神奈川駅に通じていた線路の名残では?
・横浜市場駅に至る支線が分岐していますが、これは新興駅や瑞穂駅への支線とは違って入換扱いの運転ですね。

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・さらに進むと高島駅です。いやはや、大きい駅ですね。
・横浜機関区が設けられており、転車台や扇形庫が描かれています。
・東横浜貨車区の高島支区も設けられていましたが、図には「東横浜検車区高島支区」と書かれていますので当時はまだ検車区という名前だったのかもしれません。
・表高島駅への支線が分岐していますが、横浜市場支線と同じく入換扱いのようです。

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・高島駅を出ると京浜東北線(この時点では桜木町までしか開通していませんので正式には東海道線)に寄り添いますが、線路は繋がることなく東横浜駅に至ります。
・東横浜貨車区(検車区?)が設けられています。

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・さらに進んで横浜港駅です。山下埠頭駅はまだ開業していませんのでここが終点です。
・結局鶴見駅から横浜港駅まで、完全に複線でしたね。

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・続いては支線関係です。まずは入江駅から分岐する支線の先の新興駅です。
・ただただ「スゴイ」としか言いようがありませんね。専用線の嵐です。

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・続いては東高島駅(旧千若信号場)から分岐する支線の先の瑞穂駅です。

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・続いては東高島駅から分岐する支線の先の横浜市場駅です。

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・最後に高島駅から分岐した先の表高島駅です。
・波高島という駅も存在するのですが、これは身延線の駅でして高島貨物線とは一切関係がアリマセン(失礼しました)。

取り急ぎ1961年を一気にご紹介しましたが、これ以前の歴史的な変遷も見ておく必要がありそうですね。

配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。

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コメント

以前高島線のリクエストをさせていただいたものです。
こんなに丁寧に紹介していただいてただただ感謝です。

東高島駅から延びる旧浜線は、そうです、東神奈川駅につながっていました。東神奈川ー東高島間、廃止後は植物油会社の専用線の一部として利用されていました。

以降の年代も楽しみにしています。

これはもう、芸術作品ですね!逆に言えば、専用線が引きこまれていない施設を数えるほうが早いくらいですかね。

興味深いのは横浜線支線だった線路の扱いですね。
確か東神奈川から海神奈川に向かう途中で分岐して、そのまま並列して高島まで繋がっていたものを、東高島が出来た後に東高島-高島は高島線複線化の為に短縮したという記事を見たことがあるので、てっきり高島線に転用されているかと思ったら3線で高島まで延びているのですから。

よこはまみなと駅さん、遅くなってしまい申し訳ありません。今後数回にわたってご紹介していきます。
つちろんさん、本当にそうですね。今では到底考えられないくらい活気が感じられますね。
名無しさん、高島線の複線化についてはいろいろ探してみたのですが見つかりませんで、すなわち鶴見~高島間は最初から複線だったのでは?

昭和30年代、鶴見区生麦に住んでいました。昭和30年代前半は、京急生麦駅の山側から京急と第一京浜国道を渡る部分の高島線は単線だった記憶があります。昭和36年の配線図を見ると、京急と第一京浜国道を渡る部分は複線になってます。すると、このときはもう鶴見から全部複線の筈ですから、単線だったのは昭和33年頃までかもしれません。

昔の生麦育ちさん、情報ありがとうございます。
ただ、鶴見配線図の記事http://senrohaisenzu.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-a697.html
で掲げた昭和15年、昭和26年、昭和32年の配線図を見ますといずれも高島線は複線で描かれています。当初は東海道貨物のメインルートであったことも考えると最初から複線だったのではないかと思っているのですが・・・。

度々彼方此方にコメント記して申し訳ありません
構内配線は割と興味が有り暇が有る時は現地へ行き配線調査と写真撮影等を行って居ました 当時は構内配線図は実物誌で偶に載る位で入手等不可能でした 横浜港の臨港線群は以前より興味を覚えて居ました時間が有れば訪れて写真撮影や配線調査等して居ましたが何しろ規模が大きく全てを把握は出来ぬまま 其の内貨物合理化等で廃止されたりして全貌は結局解りませんでした
 ネット検索してた折偶然 懐かしい駅風景 線路配線図と共にを見つけ色々な時代の構内配線図等が添付されてて場所によっては自分が昔行った事が有る駅やヤードが有るとついついコメントしてしまうのです 申し訳ありません

y yoshikawaさん、今後もコメントお待ちしています。また、機会があればy yoshikawaさんのコレクションを拝見したいですね。

 最近偶然見つけた横浜線の昔と云うHPに1918年海神奈川駅及び海神奈川東高島分岐と云う配線図が掲載されて居りました 当時東神奈川より海側へ向って伸びて居りました 東高島分岐から東高島へ向うと浜線と記載されて居る引き上げ線に接続されていた 海神奈川は東高島分岐から其の侭海へ向かい高島貨物線と平面交差(配線図から察するに何方も複線同士の平面交差の様です 東神奈川から東高島への貨物線は途中京浜急行とは立体交差して居ましたが横浜市電とは平面交差でした当時この平面交差貨物線の方は無音で渡って行くが市電の方はガタンゴトンと音がしていた 市電の線路をフランジ分だけ少し上げてクロス部の構造を簡略化していたそうです

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