2012年2月11日の笠寺駅の様子です。
(過去の記事と合わせてご覧ください。)
今回は東京寄りの部分です。

・寺部道路橋から東京方を望みます。上り本線付近です。

・その先のほうです。

・下り中線、下り本線付近です。下り本線は一直線です。

・下り1~3番線付近です。

・その先のほうです。右へ別れていくのが名古屋臨海鉄道線です。
・分岐器の残骸のようなものが見えますが、一応安全側線らしいです(安全側線というよりは脱線器でしょうか)。

・振り返って神戸方です。下り6~8番線付近です。

・下り1番線、下り本線付近です。かつてはこの2つの線路の間にも線路が敷かれていたんですね。何となく痕跡がわかります。

・上り本線付近です。すぐ右側を新幹線が通ります。

・名古屋臨海鉄道線が別れるあたりです。

・振り返って東港方です。

・名古屋臨海鉄道線の場内信号機です。主本線は下り2番線です。
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5番目の写真
脱線転轍機のヤードの向こうは
かつて大同特殊鋼、三井化学、ニチハンの各社専用線がありました
三井化学の工場側線群をとおり、奥の大同特殊鋼はもう名鉄常滑線の近くにある工場でそこから折返して円を描きながら再び三井化学の工場の反対側の側線群に繋がっていました
ニチハンへの線路は単独で工場に直結しています
もう現在は線路敷の確認は難しい状態かもしれません
投稿: ヒデヨシ | 2012年4月 6日 (金) 09時46分
昔の空中写真を見てみましたが、かなり規模の大きい専用線ですね。授受線だけが未だに残っているのがかえって悲しい気が・・・。
投稿: f54560zg | 2012年4月10日 (火) 22時49分
ニチハンの専用線は写真の4枚目の一番右側に写されている短い側線〔信号研修と記載が在りましが〕ニチハンの倉庫がありワムハチなら3両ほどのホ-ムが現存していましたが健康ランドに変わり撤去されています。
大同側線は今でも所々に線路が残っています。三井東圧時代は弓なりにはなっておらずストレイトで工場に入れましたが輸送の末期になると大同特殊鋼を経由に変わりました。また専用線自体は住友セメントのみ輸送になり三井東圧及び大同特殊鋼は線路のみ残り平成15年前後まで工場の入り口までは健在でした。
投稿: つるたま | 2012年6月27日 (水) 20時21分
つるたまさん、コメントありがとうございます。そして情報ありがとうございます。
ただちょっと混乱してしまいましたのでお伺いします。
・「ニチハン」とは、現在も南区元塩町5丁目に存在する「ニチハボード加工」のことでしょうか? もしそうであれば「信号研修線」とはちょっと位置が離れているように思うのですが・・・。
・その「信号研修線」、1967年の配線図には「電修」と書かれており、どうも昔から専用線としては使用されていないような気がします。
投稿: f54560zg | 2012年7月 1日 (日) 20時55分
コメント遅れて申し訳ありません。
〔ニチハボ-ド加工〕に付きましては腐りかけの木の板にニチハと読める看板がありましたが。そうすると社宅かも知れないです。1967年の当時には電修になっておりますが黒貨車の入線を一度見た記憶が有りますがその時はレンガの倉庫でしたので。
すでに45年前の記憶なので曖昧な点で管理人さんにご迷惑を御掛けて大変失礼しました。
投稿: つるたま | 2012年7月 2日 (月) 20時11分
つるたまさん、いえいえ、迷惑なんてとんでもない。今後も地元ならではのコメントお待ちしています。
投稿: f54560zg | 2012年7月 5日 (木) 23時18分