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2012年1月 1日 (日)

富士配線図

若干順序を変更しまして、今回はお正月にふさわしい富士駅のご紹介です。

まずは1967年(昭和42年)1月。

196701r
・東海道線の標準的なパターンですが、専用線がいっぱいあって大きい駅ですね。
・本線は東海道線関係が海側から下り2番線・下り1番線・下り本線・上り本線・上り1番線の5本、身延線関係が身延1番線・身延本線です。
・東京方から進入できるのは下り1番線と下り本線だけで、下り2番線への進入はできません。
・東京方へは上り本線、上り1番線のほか下り本線、下り1番線からも進出できます。
・神戸方からは上り本線、上り1番線に加えて身延1番線にも進入ができます。
・神戸方への進出が可能なのは下り2番線、下り1番線、下り本線、上り1番線、身延1番線です。
・身延線に沿って東京方に庫1番線~庫10番線と書かれた線路があります。これがおそらくは富士身延鉄道の車両基地を引き継いだ富士電車区ではないかと思っているのですが、一方で神戸方にも「入庫」「出庫」と書かれたいかにも車両基地への入出区線らしき線路がありますのでちょっと自信がありません。

続いて1978年(昭和53年)3月。

197803r
・1969年(昭和44年)9月、身延線の線路の付け替えが行われました。今までとは電車の出発方向が反対になるという、非常に珍しい変更工事ですね。電車も方転が行われたという記事を読んだ記憶もあるのですが・・・。
・ほぼ同じ頃に身延線用電車は沼津機関区に移管され、富士電車区には車両の配置がなくなりました。
・身延線は行き止まりのホームとなり、庫1番線~庫10番線のあったあたりには数多くの下り仕訳線群が新たに設けられました。これを見ると、やはり庫1番線~庫10番線がもともとの富士身延鉄道の電車区で、1967年の配線図では身延線の付け替えの準備工事として電車区を神戸方に移設した状態が描かれているのではないかな、と思います。
・本線関係では新たに上り2番線・上り3番線が設けられました。
・東京方の進入・進出については変化はありませんが、神戸方からは上り本線・上り1番線・上り2番線・身延1番線・身延本線、神戸方へは下り2番線・下り1番線・下り本線・上り1番線・上り2番線・身延1番線・身延本線、甲府方からは上り本線・上り1番線・上り2番線・身延1番線・身延本線、甲府方へは下り1番線・下り本線・上り1番線・上り2番線・上り3番線・身延1番線・身延本線からそれぞれ進入・進出が可能になっています。東海道線と身延線相互の直通がかなり意識されたものになっていますが、身延線の付け替え自体が宗教臨の直通運転改善を主目的としたもののようですので当然といえば当然ですね。
・東京方に対しては下り1番線及び下り本線、神戸方に対しては上り1番線で折り返しが可能なのですが、富士駅が始発・終着となる東海道線列車はごくごくわずかです。時刻表1972年(昭和47年)4月号では14:32着の東京発327M(多分80系)と5:37発の東京行き322Mのみ、時刻表1975年(昭和50年)3月号及び1978年(昭和53年)10月号では322Mの片道1本だけです。

続いて1989年(平成元年)2月。

198902r
・専用線が一部廃止されていますが全体としては大きな変化はありません。

最後に2003年(平成15年)4月。

200304r
・さらに専用線が一部廃止されています。日本製紙専用線が描かれていないのですが、Wikipediaを見る限りまだ現役のようです。
・下り2番線及び上り3番線は側線に格下げされてしまいました。
・甲府方から下り1番線に進入するルートが新たに設けられています。

「富士駅」という駅名は何とも素晴らしいと思うのですが、貨物駅以外で現在でもこれだけの貨物側線群を有しているのはそれにもまして素晴らしいですね。お隣の吉原駅と合わせて貨物ファンの方の聖地なのではないでしょうか。

最後に富士駅付近の富士山です。

P1040716

配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。

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コメント

 富士での身延線の付け替えは、創価臨がらみ、と言うのは有名な話です。富士身延鉄道時代の名残で、東海道線からの転線が複雑な入れ替えを必要としていたため、付け替えた、と言うことになっています。
 が、いろいろムニャムニャなことがあって、創価臨は廃止。富士宮駅は臨時ホームや臨時改札口を撤去、西富士宮との間の留置線も撤去、可哀相な話、創価団体専門に営業していたバス会社は社長さんごと世の中から撤去、という複雑な影響が残りました。

日本製紙専用線は今でもワム車が工場前に留置されていていますし。定期的に車両も変わっているので現役だと思います。
現在山側の仕訳線等が一部撤去され改良工事も行われています。

何時も更新を楽しみにしています。
最近は、原、東田子の浦、吉原、富士と地元に身近な駅で興味津津です。
今回の「富士駅付近の富士山」と書かれた踏切
私が小さい頃は開かずの踏切で有名な蓼原踏切です、踏切を操作する職員が常駐、2両のDD13が
忙しく仕訳入れ換えをしていましたのを何時も眺めてました、国鉄マンの友人から聞いた話ですと
昭和40年代は発送貨車だけでも一日数百両
まるで貨車が湧いてくるようで忙しかったと言ってました。駅からの専用線の規模も大きく、もらった線路
図には旭化成、大昭和製紙富士工場内の描かれており、複雑な線路配線に驚きます。

bad.Ⅳh-95さん、興津・鷲津の記事でtercelさんやHP10SHさんからいただいたコメントから考えても、当時の国鉄はかなり創価臨に気を使っていたことがうかがえますね。それがなくなってJRは楽になったのかも。バス会社さんは大変でしたが。
旅客線経由さん、次回は富士駅の様子をご紹介する予定です。
富士の住人さん、旭化成・東芝・大昭和製紙の専用線はかなりの規模だったようですね。全盛の頃の様子が興味深いです。

S会さんの話題は一先ず置いといて、私が知っている範囲での信仰と関連のある駅について語らさせてもらいます。

一.出雲大社駅
わざと終着駅に
二.天理駅
団体専用のプラットホーム
三.金光
上記と同様です。

以上です。

原宿(臨時ホーム)も追加を希望します。

おっと!
確かにうかつでした。
今上陛下に申し訳ありません。

原宿駅はなん十回通過したか数えきれませんが、忘れていました。

本当に申し訳ありませんでした。

TOさん、それもありますし、もう一つ、普段は使われない明治神宮初詣客用のホームもあります。

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