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2011年12月11日 (日)

平井信号場 2011/10/8

線路を共用している飯田線と名鉄線の分岐点です。国鉄(~JR)線と民鉄線が分岐する信号場というのは珍しいですね。

もっとも国鉄としての平井信号場は1963年(昭和38年)の小坂井駅への統合により廃止されていますが、名鉄では現在も信号場として取り扱われているようです。

1r
概略はこんな感じです。
かつての折尾駅を「ダブルスリップ」的な配置とするならば、この平井信号場は雄大な「シーサスクロッシング」といった感じですね。

雄大なためどこを撮った写真なのかわかりづらいので、撮影場所を示します。

R

まず1番。

01p1040154
・飯田下り線と名鉄下り線を分岐する分岐器が踏切のすぐ脇にあります。

振り返ったのが2番。

02p1040155
・右が飯田線、左が名鉄線です。

右を向いたのが3番。

03p1040159
・飯田下り線と名鉄下り線の踏切の向こうに名鉄上り線のガード(水色)、さらにその向こうに飯田上り線(赤と白のシマシマ)が見えます。
・ところでこの道路、幅が狭い割に大型トラックが結構ひっきりなしに通ります。歩くにはかなり勇気が必要です。

反対方向を向いたのが4番。

04p1040160
・ちょっとわかりづらいですが、踏切の先には東海道線のガードがあります。すなわちこの道路を北東から南西に向かうと、ガード、ガード、踏切、ガードの順で線路を横切っていきます。

今度は5番。

05p1040168
・飯田上り線と名鉄上り線の合流点は築堤上のため道路からは見えません。これは飯田上り線の出発信号機です。

続いて6番。

06p1040167
・飯田下り線の踏切の先に名鉄上り線のガードがあります。

踏切から左方向を見たのが7番。

07p1040162
・飯田下り線の上を名鉄上り線が越えていきます。

振り返ったのが8番。

08p1040163
・飯田下り線が右にカーブしていきます。右側には飯田上り線の架線だけが見えます。

6番のガードの向こうを見たのが9番。

09p1040166
・名鉄上り線のガードの向こうには名鉄下り線の踏切があります。

このガードをくぐって踏切から見たのが10番。

10p1040164
・地平の名鉄下り線と築堤上の名鉄上り線です。

以上のようにこのあたりは踏切やガードがたくさんあります。初めてこの付近に足を踏み入れるとまず間違いなく混乱しますね(笑)。

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コメント

>名鉄では現在も信号場として取り扱われているようです。
未だに枇杷島分岐点が運賃計算の都合で生きている名鉄ですから。

むかし、名古屋市内に住んでいた頃、実家から下宿先に帰るとき、調度平井信号所で名古屋方面の列車と豊橋方面の列車がすれ違うダイヤになっていましたが、程良く離れた築堤の上を駈けていく対向列車の灯りが綺麗だったのを覚えています。

このあたりがbad.Ⅳh-95さんのホームグラウンドなんですね。当時は国鉄ではなく名鉄利用が一般的だったのでしょうか。

名鉄のイベントで手に入れたダイヤグラムが手元にありますが、ダイヤグラムには「小坂井」と明記してありますね。(現行の1個前のダイヤ)
ちなみに、名鉄のダイヤグラムですが、この小坂井-豊橋間は、JR飯田線の列車も記載されています。

>ホームタウン
 まあ、もっと深い名鉄ファンも多いことでしようから、威張れませんが…。その頃は名鉄堀田の近くで下宿していました。
 でも、進路予告灯の付いた下り場内信号機を過ぎたあたりから眺めるP6編成は乗務員ステップ灯のオレンジ色と室内灯の白が相まって、綺麗でした。
 見たことがないんですが、沼ノ端駅で室蘭本線から千歳線が分岐するジャンクションは、複線化前、左方に分岐していくはずの千歳線が一端右手に離れ、かなり走ったところで大きくカーブしてきた千歳線が室蘭本線を跨ぎ越すという、大陸的な配置だったそうですね。
>名鉄利用
 大学時代は東海道線を使うことが多かった気がしますが、就職してからは名鉄利用に変わりましたね。

まさに模型のレイアウトのような配線です

ここは現在小坂井駅構内という位置づけで良いのでしょうか?
管理もJRでやっているのでしょうか?
気になるのは名古屋鉄道本線から小坂井駅への分岐線路跡でしょうか
この地点の緑多い環境からすると線路敷がまだ残っていて確認できたらよいですね

わくさん、ということは名鉄でも平井信号場という名称は消滅してしまったのかもしれませんね。
bad.Ⅳh-95さんはどちらかと言えば国鉄派ではなくて名鉄派なのでしょうか。私は主に関東で生活していたものですから名鉄にはほとんど縁がなく、初めて乗ったのはおそらく就職後取引先への出張の時だと思います。名鉄ファンって、かなり熱心な(マニアックな)方が多いような気がしますね。
ヒデヨシさん、扱いとしては小坂井駅の構内のようですし、管理もJRっぽい(あやふやですみません)ですね。小坂井支線の痕跡は小坂井駅付近ではちょっと見当たりませんでした。伊奈駅付近には何か残っているかもしれませんが。

>小坂井支線
wikiにも載っていますが、伊奈駅の東側にはかなりくっきり残っています。引上線と留置線の一本づつが名残のようです。また、架線柱も四線分の幅広のモノが続いています。
ただ、デルタ線を形成していたとおぼしき地形は、グーグルマップで航空写真に残っているだけのようです。
>名鉄派
というか、乗換が楽だった、と言うだけで。名鉄堀田に住んでいたので、静岡から戻ってくる時は豊橋から(当時は)高速に乗って神宮前、一駅戻って堀田、というわけで。まだ金山じゃなく、金山橋だったじだいですから。

「高速」!!
名鉄にはあまりなじみのない私ですが、高速という列車種別は記憶がありますね。きっとインパクトがあったんだと思います。
ところで堀田駅って名鉄では珍しい新幹線タイプの駅ですよね。

列車種別は鉄ヲタでない人には理解しがたいでしょうね。新快速と特別快速と快速と、どれが速いか、なんていう意味のない論議をしているのを見ると、苦笑してしまいます。
>新幹線タイプ
堀田、二ツ杁、岐南の三駅がそうですね。地平時代の堀田は二面四線だったようです。
ただ、このタイプの待避駅は緩急接続に適さないので、ダイヤを組むときにはネックになり易いようで。
珍しいというと、鳴海は内側本線の二面四線でしたが、高架化したあとは折り返しの便もあって外側本線になりました。

私がよく利用した路線では地平時代の京急の鮫洲が新幹線タイプでした。普通列車が長時間ホームに停まり、その脇を優等列車が通過していくんです。このタイプの駅は結構腹立たしい気分になりますね(笑)。

平井信号所から豊橋までの線路の扱い。
名古屋鉄道の伊奈→豊橋とJR飯田線の小坂井→豊橋は平井信号所からの区間は名古屋鉄道の管理になっています。だから豊川放水路の鉄橋が離れているのは国鉄時代から続いています。名古屋鉄道の伊奈と豊橋の間は普通列車が走って降りませんので船町と下地はJRの列車しか止まりませんので名古屋鉄道の伊奈方面から船町に行く場合は豊橋駅を経由しないといけないです。

つるたまさん、一応は競争関係にあるJRと名鉄が施設を共用しているというのは珍しいですですよね。いろいろと面倒なことが多そうな気がしますが・・・。

 名鉄小坂井支線は当初豊川稲荷参拝列車を直通させる為建設された そして関西急行線(現近畿日本鉄道)名古屋駅と名鉄名古屋駅が連絡線で繋がっており(何方も地下駅です)一時期伊勢神宮から熱田神宮豊川稲荷をめぐる直通電車等も運転されて居りました三社直通列車でした其の後名鉄は豊川線を建設し小坂井支線は廃止されました 御承知の如く後伊勢湾台風で近鉄名古屋線は壊滅的被害に合い急遽標準軌に改軌名阪直通運転を開始其れに伴い地下連絡線は廃止されました

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