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2011年8月13日 (土)

南荒尾信号場配線図

美濃赤坂線開業により南荒尾信号場が誕生したわけですが、その後垂井線の分岐点にもなりました。2つの支線が分岐する信号場というのも珍しいのではないでしょうか。

まずは1960年(昭和35年)頃。

196000
・結論から言って、線路配線的には現在と変わりありません。
・信号扱所が描かれていますので、この当時は職員さんが配置されていて信号機や転てつ器を操作していたものと思われます。

続いて1966年(昭和41年)3月。

196603
・変化はありません。
・東京方の下り第一閉そく信号機には進路予告機が設けられていたんですね。

続いて1967年(昭和42年)1月。

196701
・信号機の番号が変わりましたので、継電化されたのではないかと思います。
・信号扱所も記載されていませんので、この時点では大垣からの遠隔操作になっていたのではないでしょうか。

続いて1968年(昭和43年)2月。

196802
・今まで記載されていませんでした美濃赤坂線の場内信号機が初登場です。

続いて1975年(昭和50年)1月。

197501
・下り第一閉そく信号機の進路予告機の表示方が記載されています。フル活用ですね。

続いて1997年(平成9年)3月。

199703
・東海道上り線が勢い余って垂井線まで飛び越えています(笑)。

最後に2006年4(平成18年)月。

200604
・冒頭に書きました通り、線路配線的には46年間全く変化なしでした。

配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。

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コメント

大垣駅の神戸方は
東海道上下線、垂井線、美濃赤坂支線、大垣電車区関連、旧近鉄養老線(貨物授受あり)、西濃鉄道線とかなり複雑な線路配置で興味がそそられるところです
昔から思っているのですが継電化等で遠隔操作になるとその転轍機への注油、清掃等はどれくらいの頻度でやっていたのでしょうね
転轍機の擦板は雨が降ると必ず油が流れてなくなってしまいます1週間に2回ほどは面倒見ないといけないと思うのですがどうだったのでしょうか?

関係ありませんが今回の南荒尾信号所、荒尾駅と共に私的には小学生まで住んでいた熊本県
鹿児島本線荒尾駅、南荒尾駅の方が連想されます

ヒデヨシさん、そうですね、このあたり色々な路線が入り込んでいますね。大垣駅は後ほどご紹介したいと思います。
転てつ器の保守に関しては全くわかりません、すみません(汗)。CTCとなるともっと大規模になりますね。
歴史的にはこちらの荒尾・南荒尾のほうが先輩格のようですが、無人駅と信号場ですので、どちらかといえば鹿児島本線のほうがメジャーでしょうか。

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