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2011年7月13日 (水)

赤穂線配線図

上郡駅の記事で寒河生れさんより西浜駅のリクエストをいただきました。
西浜駅という点では少し物足りないかもしれませんが、他の赤穂線の駅も含めてご紹介したいと思います。

まずは1955年(昭和30年)4月。

1955011

1955012

1955013
・相生~播州赤穂間はこの約3年前、播州赤穂~日生間は1か月前に開業したばかりです。
・KASAさんのコメントの通り相生駅~西相生駅間には第一那波隧道があり、第一場内信号機はその手前に建植されています。
・坂越駅には場内信号機が設けられていませんので、側線は貨物用のようです。
・播州赤穂駅の3番線はホームには面していますが本線ではありません。
・停車場変遷大事典によれば備前福河駅は開業当初から旅客のみの扱いになっているのですが、この図では貨物用らしき側線が描かれています。
・終点日生駅には転車台は設けられていません。スミノエさんのコメントの通り、姫路第一のC11が旅客に貨物に活躍していたんでしょうね。

続いて1959年(昭和34年)4月。

1959011

1959012
・1年前に日生~伊部間が延長開業しています。
・坂越駅の側線らしきものは本線になり、交換ができるようになったようです。
・播州赤穂駅の相生方の側線は東洋紡の専用線だったようです。
・備前片上駅手前で同和鉱業片上鉄道線と交差していますが、実際は備前片上駅の先での交差であり、また「柵原方」の文字の位置も逆ですね。
・伊部駅には将来本線となる線路脇に炭台が設けられています。

最後に1992年(平成4年)4月。※※

1992041

1992042

1992043
・1959年(昭和34年)以降に全通や電化など大きな変化が生じています。
・また1962年(昭和37年)に寒河駅、1963年(昭和38年)には天和駅、西片上駅がそれぞれ開業しています。
・1966年(昭和41年)に専用線発着貨物を取り扱う西浜信号場が設けられ、1987年(昭和62年)には車扱貨物を取り扱う貨物駅に変更されました。
・一見すると天和駅の構内に見える三菱電機専用線は、8Lが西浜駅の第一場内信号機ですので、西浜駅の構内に属するようです。入換で本線上を1kmぐらい走らないとたどり着けません。
・坂越駅及び備前福河駅はいわゆる棒線駅になってしまいました。

天和駅~備前福河駅間の局界のナゾは上郡駅の記事での寒河生れさんのコメントでスッキリしました。兵庫県内であるにもかかわらず「備前」を冠した駅名なのは、まさにかつては岡山県に属していたことを主張しているわけですね。

ところで播州赤穂駅の「播州」は播磨の「播」だと思います。信濃→信州、遠江→遠州など旧国名に「州」をつけた呼び方はありますが、これを冠した駅名は珍しいのではないでしょうか。「信濃○○」や「遠江○○」はあっても「信州○○」や「遠州○○」は少なくとも旧国鉄には存在しなかったのではなかと思うのですが(それほど詳しくは調べていませんのでちょっと自信がありませんが)。
なぜ「播磨赤穂」ではなくて「播州赤穂」なのか、ちょっと不思議です(でもバンシュウアコウって響きがカッコいいから好きですが)。

配線図はT.Mさん及びKASAさん(※※印)よりご提供いただきました。

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コメント

赤穂線を紹介いただき感謝です。
寒河駅の開業の日幼稚園のみんなで
旗振りにいきました。現在、東京在住ですが、
この連休も帰るつもりです。
先日、西浜を電車から見ましたが架線もなく
三菱の専用線も一部架線がなくなっていました。
このまま廃止にならないでほしいものです。
EF65、66EH10も走ったローカル線は少ないので
ぜひ貨物が復活してほしいものです。

コメントはなかなか出来ませんが毎回楽しく見させて頂いています。

「播州赤穂」(でもバンシュウアコウ)って響きがカッコいいですよね。

子供の頃は場所もどこか詳しく分からないままに「播州赤穂」に憧れていたような記憶があります。それって今思うと響きが良いから頭の中にずっと残っていたんでしょうね。

以前は113系で運転されていて、大阪での併結(上り)のある運用や、備前片上行きなんてのもありましたっけ。

播州赤穂や備前片上は今現在も遠い所って思います。

寒河生れさん、今では湖西線や長浜・敦賀から多くの新快速が乗り入れてきますし、昔はEF66やEH10も入線していたことを考えますと、赤穂線はあまりローカル線っぽくないですね。単線なのが不思議なくらい。
3060F・1801F・2601F好きさん、ハリマアコウよりもバンシュウアコウのほうが断然カッコいいですよね。

it is very interesting !!

akouryyさん、コメントありがとうございます。初めての外国の方からのコメント?(笑)。

赤穂線が全線開通したのは1962年(昭和37年)9月1日ですが、同月13日に吉永駅構内の脱線事故により山陽本線が不通になり、気動車特急「かもめ」はもちろん、多数の特急・急行列車や電車もC11やC58牽引により赤穂線経由で運転されています。151系電車の上り特急「第二つばめ」はC11重連牽引で、「鉄道ファン」1962年11月号に写真が掲載されていました。

全通後わずか13日にして山陽線のバイパスという大役を見事果たしたわけですね。それにしても151系がC11重連に引かれてというのはすごいですね。

播州赤穂駅の播州についてですが、元々長野県の飯田線に赤穂(あかほ と読みます)と言う駅がありました。それで、後から出来た赤穂線の赤穂駅が播州赤穂になりました(実はこの駅名は、国鉄以前の赤穂鉄道から使われています。確かに古い赤穂鉄道の写真を見ると、赤穂駅の平仮名表記が、右から「ばんしゅうあかほ」と書かれています)。

何故に播磨赤穂でないのかについては、忠臣蔵で播州赤穂と言う言葉が有名だったからと聞いてます。
昔は、姫路の西隣、英賀保を車内アナウンスで聞いて、赤穂と間違えて降りる観光客が結構いたそうです。

なお…飯田線の赤穂駅は、後に駒ヶ根と改称されました。
今でも駅前の地名が駒ヶ根市赤穂ですね。養命酒の住所も駒ヶ根市赤穂になっています。
また赤穂高校とかも有ります。
余談ですが、私も赤穂高校(播州赤穂の)なんですが、私の友人が某大学に入学したところ、サークルの勧誘で、赤穂高校の卒業生が新入生でいるからと部室に連れていかれたが、何人か合格していて、田舎だからみんな顔見知りなのに、会ってみたら知らないやつ。
話が合わないと思ったら駒ヶ根市の赤穂高校だったとか…。

ひさしぶりに拝見しました。
西浜の三菱専用線はDL牽引なので赤穂線との間の架線がなかったようです。YouTubeで見ましたが夜中にシキ輸送しているようです。鉄道ダイヤ情報にも時々臨時の貨物の情報が出ています。
確かに、赤穂~相生間は昼間はネットダイヤで貨物は走れないので仕方ないのでしょうが。坂越駅の空地に配線すればもっと貨物が増やせると思いますが、三菱の変圧機だけではだめでしょうね。

主題から外れてしまいますが、国鉄で~州の駅というと遠州森くらいでしょうか。二俣線も他の駅は遠江~ですが、遠鉄やかつての静鉄等私鉄では遠州~が一般的なようで。
飯山線は開業時は信州~だったものが国有化で信濃~に改称されてます。長電だと信州中野があるものの他の駅は全て信濃~。長野県は広いせいか安曇や伊那・木曽を冠したりしてますが。
逆に上野国は国鉄が群馬~、私鉄は上州~ばかり。これは上野駅の存在が大きすぎますね。

隠れ赤穂人さん、個人的には飯田線赤穂駅が駒ヶ根駅に改称された時点で播州赤穂→赤穂にならなくてよかったな、と思います(笑)。一般的には「赤穂」と言えば「兵庫県」を連想すると思いますので、部室にいた長野県の赤穂高校卒業生さんは兵庫県の方と間違われていたんでしょうね。
寒河生れさん、今時のご時世ですのでたまにでも夜中でも貨物列車が走ってくれるだけでうれしく感じてしまいます。
komakusaさん、遠州森は転換時に遠江森から遠州森に改称されていますので国鉄時代は「遠江」です。国鉄時代の他の遠江~は転換時に、遠江桜木→桜木、遠江一宮→遠江一宮(変わらず)、遠江二俣→天竜二俣と、全くバラバラの変化をしています・・・。

 坂越と備前福河の側線は貨物扱いのためで本線ではありません。したがって場内・出発もありません。
 ボイントについては、列車が携帯しているタブレットのタマを入れると手動ポイントのロックが解けて転換可能となるシステムがありました。たぶんこれだと推定します。
なお貨車が側線にいるのは目撃しています。

 相生~赤穂の開通のとき、国鉄は事務的に「播磨赤穂」を準備していました。反発したのは地元で市長を先頭に政治家も巻き込んでの運動となりました。
 結局要望を受け入れた形で「播州赤穂」と決定した経緯があるそうです。赤穂浪士が観光資源である地元として当然でしょう。
 私は国名「播磨」を冠する原則は曲げられないと思っていたのでこの変更は大事業だと思っていました。でも、本欄を読むといろんな国名の冠し方があるのですね。
 以上の駅名騒動は聞き書きです。私はもっと若いので・・・。

C6217さん、1959年の坂越駅には場内信号機が描かれているのですが、だからと言って交換可能とは限りませんね、失礼しました。
「播磨」でなく「播州」という例外である裏にはやっぱりひと騒動あったのですね。

 坂越駅のこと、私もうっかりでした。ただし交換不能の棒駅だったのは事実です。

現刊の国鉄時代44号に赤穂線迂回列車の記事が出ています。記事内には151系特急の写真は残されていないとありますが、スミノエさんの情報と合わせて、当時の様子が知りえる大変貴重な記事となっています。(記事の次項には驚きの芸備線迂回列車の記事も)

E10さん、情報ありがとうございます。
それにしても芸備線迂回列車って・・・。

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