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2011年7月22日 (金)

関ケ原配線図

関ケ原付近の各駅を個別にご紹介したいと思います。
最初は関ケ原駅です。

まずは1960年(昭和35年)頃。

196000
・細かな側線関係を除けば現在の関ケ原駅とほぼ変わりありません。
・上り閉そく信号機が設けられていますので垂井線には上り列車が運転されていたと思われるのですが、垂井本線及び下り1番線の上り出発信号機が記載されていません。
・多分記載漏れではないかと思うのですが・・・。

続いて1967年(昭和42年)1月。

196701
・やっぱり垂井本線及び下り1番線の上り出発信号機が記載されていません。
・本当に上り出発信号機はなかった?・・・、いやいや、まさか、ですよね。

続いて1968年(昭和43年)2月。

196802
・垂井本線からの上り出発信号機が初登場です。
・しかし、下り1番線の上り出発信号機は見当たらず、その代わりに列車停止標識が記載されているのが何とも妙です。

続いて1972年(昭和47年)1月。

197201
・下り1番線の上り出発信号機が設けられて、ようやく納得できる姿になりましたね。

続いて1975年(昭和50年)1月。

197501
・貨物営業は1973年に廃止されてしまいました。

続いて1985年(昭和60年)3月。

198503
・垂井線側の貨物側線が若干整理されましたが、上り線側はほとんど変化ありません。

続いて1992年(平成4年)1月。

199201
・ほとんど変化はありません。

続いて1997年(平成9年)3月。

199703
・またまた悩ましい配線図の登場です。
・東海道線下り線から下り1番線に入るルートがなくなっているんです。
・最初は誤記かと思ったのですが、場内信号機も2R(C)しか記載されておらず、そんな単純なものではなさそうにも見えます。
・でも垂井線の場内信号機の1RAと1RBの位置が逆ですし、出発信号機5L・6Lと渡り線53イ~53ロの位置関係もおかしいなど、全体的に「?」と感じる部分が多い図であることも確かですね。
・もしこの図が正しいとすれば、関ケ原折り返しの列車は必ず垂井線経由でなくてはなりません。実際どうだったのでしょうか。

最後に2006年(平成18年)4月。

200604
・東海道線下り線から下り1番線に入るルートが復活していますので、1997年の図がますます「?」ですね。
・本当に一時的に撤去されたのか、それともやっぱり単なる誤記だったのか、ナゾです。
・仮に一時的に撤去されたのが事実であったとしても、なぜ撤去され、そしてまた短期間のうちになぜ復活したのかもナゾです。
・要するに1997年の配線図が単純な誤記であれば一番スッキリするわけなのですが。

配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。

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コメント

無理に垂井線を上りで使わなくて
東海道線海側の神戸方に引上げ線を設けて
そこから東海道上り本線に列車を仕立てればいいような気がしますが
本線上で始発とするにはダイヤが乱れているときには難しいかもしれません

駅の両側に山肌が迫り
山間部のローカル駅となんら変わらない立地なので
早期に貨物営業が無くなったのは想像できますね
今でもさほど民家はありませんが当時はもっと閑散としていたのでしょう

1997年3月現在の配線で、東海道線下り線から下り1番線に入るルートが無い事に、正直ビックリしております。

でもよくよく思い出してみれば、1997年とは断定できませんが、下り本線から下り1番への分岐から数十メートル程の間、南側(つまり垂井線側)の擁壁で何やら工事をしていたような記憶です。
いや本当に擁壁工事なのか、足場をそこに置いての線路工事だったのか。
そのために下り本線から下り1番への線路は、一時的に使用休止だったかもしれませんね。

2000年頃に垂井本線と下り1番線のホームにおいて、通常の列車が停止する範囲で、ホーム面を電車に合わせて嵩上げ工事がなされる一方、神戸方の普段は列車が停車しない、低いホーム(76cmか?)の部分が撤去される工事がなされております。
撤去前は、低いホームが下り出発信号機近くまで長く続いていました。

ヒデヨシさん、おっしゃる通り垂井線を下り専用にしようと思えばいろいろ手はあるように思います。
ただ、それをしないのは、垂井線に上り列車を走らせることのデメリットがさほど大きくないのかもしれませんね。
kisomitakeさん、下り1番線の件はちょっと興味があるのですが、調べるのが難しそうです。
配線図を見ると垂井線のホームのほうが東海道線のホームより神戸方に飛び出しているように描かれているのですが、実際見ると東海道線のホームのほうが飛び出していましたので不思議に思っていました。そういう経過があったのですね、ありがとうございます。

>東海道線下り線から下り1番線に入るルートが無い

東海道本線モーダルシフト事業に関して下り1番線の有効長を伸ばすために、本線からの分岐ポイントを東京方に移設する工事をしていたからではありませんか?

rush3さん、情報ありがとうございます。「藤枝、幸田など7駅の待避線延長・改良」の一つでしょうか。確かに現在の関ケ原駅を見る限り、下り1番線の分岐器はホームから見えないくらい遠くにありますね。でも552mでも足りないってのはスゴイですね。

コキ26両編成だと延現車が67両なので少し足りなかったんでしょう。JR西日本管内で輸送障害が発生したときに米原以西に貨物列車を入れないための抑止駅確保目的ですかね。
でも自社の列車を抑止するための設備を自費で負担して整備しなければならないというのも情けないような気がします。
鉄道貨物輸送が重要視されていないことの表れでしょうか。

そうですか、定期的に関ケ原駅下り1番線に1300t列車を停車させるため、というわけではないんですね。
震災もそうでしたが、異常時の想定というのはいろいろと大変ですね。

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