« 関ケ原付近の路線の変遷 | トップページ | 関ケ原配線図 »

2011年7月19日 (火)

垂井線

南荒尾(信)~関ケ原間の1992年(平成4年)4月の配線図です。

1992041r

1992042r

・前回の記事の通りもともとの垂井経由の路線が20~25‰の急勾配を有していたため、1944年(昭和19年)に新垂井経由の10‰緩勾配線が設けられました。
(上図は1992年(平成4年)時点のものですので、1986年(昭和61年)に廃止された新垂井駅は描かれていません。)
・これと同時に垂井経由の下り線は撤去されたようですが、2年後の1946年(昭和21年)に通称垂井線として復活しました。
・下り専用の急勾配線と下り専用の緩勾配線が距離を隔てて並行しているだけなら、珍しいことではありますが運転上は単純です。しかし垂井線の場合は垂井~関ケ原間に上り列車も走ることがさらに珍しさを増しています。

・垂井線垂井~関ケ原間に上り列車が走る理由は、
1)大垣方面から関ケ原折り返しの列車が設定されていること。
であり、かつ
2)この列車が関ケ原駅のホームで折り返すこと。
であり、かつ
3)関ケ原駅で垂井線から東海道上り線に進出するルートがないこと。
のためです。
・逆に言えば、上記3条件を解決するために垂井線垂井~関ケ原間を上り列車が走れるようにしたと考えられるわけで、個人的にはかなりユニークな発想だと思うのですが。
・関ケ原始発の上り列車が走る時だけ東海道線は垂井~関ケ原間が単線になるわけですが、運転上の支障にはならないんでしょうね。

・時刻表1978年(昭和53年)10月号では関ケ原折り返しの列車は平日の夕方に1本のみです。豊橋からの新垂井経由551Mが17:44に到着し、18:06に浜松行き1546Mとして折り返していました。
・実は、米原まで延長されるなどして現在では関ケ原折り返しの列車は設定されていないのではないかと思っていたのですが、時刻表2011年(平成23年)3月号では平日夜間に関ケ原行きが4本、平日早朝に関ケ原始発が2本と、逆に増えていたので正直驚きました。
・上下とも客扱いで関ケ原折り返しという列車はなく、上下いずれかが回送列車となるようですが。

・少し話がそれますが、時刻表1978年(昭和53年)10月号には垂井折り返しの列車も掲載されています。平日の朝、大垣始発1347Dが7:13に到着し、7:21に528M名古屋行きとして折り返します・・・・、もちろん「1347D」は「1347M」の誤植だと思いますが。
・さすがに垂井折り返しの列車は現在では姿を消したようですね。

以下、今年の6月18日撮影の写真です。

P1030747r
・東海道線上り第1閉そく及び垂井線上り第1閉そく信号機です。

P1030750r
・その裏側、垂井線下り第2閉そく信号機です。

P1030742r
・関ケ原方向に移動して、東海道線上り第3閉そく及び垂井線上り第2閉そく信号機です。
・垂井線に比べ東海道線のほうが閉そく区間が短く区切られています。

P1030748r
・東海道上り線はロングレールですが、垂井線は25mのレールです。
・垂井線のほうがジョイント音が聞けて楽しそうですね。

P1030697r
・こちらは新垂井経由の東海道下り線です。
・南荒尾(信)を過ぎて間もない415キロポスト付近で、神戸方を望みます。
・単線の両側に柱の建つ架線柱はちょっと古めかしい感じがします。

配線図はKASAさんよりご提供いただきました。

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
バックナンバーはこちらからどうぞ。

« 関ケ原付近の路線の変遷 | トップページ | 関ケ原配線図 »

コメント

初めてコメントさせていただきます。
配線や運転取扱いに関心がある者として、以前より興味深く拝見しております。

関ヶ原近辺や垂井線、月に数度乗っています。
下りの普通電車が南荒尾信号場を過ぎ垂井線に入ると、とたんに軌道状態が悪くなりますね。並行する上り本線と比べると、一目瞭然。
それでもかつてよりは良くなっており、PC枕木、ロングレールになっています。

この時期、あちこちでつる性の雑草が軌道内まで進出してます。
しかし、それは垂井線部分だけ。
草もよく知っているのか、上り線路へは出てこないですね。
列車回数が多いからですけど。

1990年代に一度こんなことがありました。
米原行きの列車で、大垣を8分ほど遅れて発車。
この列車が関ヶ原到着後、直ぐに関ヶ原駅から垂井線を名古屋方向へ向かう列車があったのですが、この日は遅れにより垂井駅での「行き違い」に変更。
そこで垂井駅での車内案内放送、
「列車行き違いのため、暫く停車します。」
車内からは「なんで~」というような空気が流れたことを覚えております。

1978年時刻表の、大垣発垂井行き1347D誤り1347M列車は、東京発大垣行き347M列車の編成がそのまま充当される列車ですね。

今まで大きな誤解をしていた事に初めて気がつきました。
下り本線を垂井線、垂井線を下り本線だと思い込んでいたのです。
お恥ずかしい限りです。
そういえば、紳垂井駅がなくなってもうそんなになるんですね。
確か、待避線があったように思うのですが・・・。

この区間は数えきれないくらい乗りましたが
新垂井、垂井とも下車したことはありません
あっ!入場券を買う程度には降りましたが近所の散策はしておりません

新垂井は現在はホームもそのまま残っていますが本線はホームから離れて走っています
垂井線の上り列車も乗ったことはないですね
それから昔、関ヶ原行きがあったのはよく覚えています

貨物列車はすべて新垂井経由ですが
優等列車の急行比叡なども新垂井経由でした
垂井に停車しない列車はすべて新垂井経由なのでしょうか?
ちょっと疑問です

ある程度前ですと、日中関ヶ原折返しが毎時1本ありましたので、よく逆走する姿は見られた物ですが……。

http://railway.jr-central.co.jp/time-schedule/srch/_pdf/data/Mar2011/tokaido_Sekigahara_B_wh_u.pdf
↑を見る限り、早朝の始発2本は2番線発になっていますので逆走するのは確定のようです。

おそらく、下りの4本も折返し大垣回送だと思われるので垂井線を走行するのではと思うのですが……。

kisomitakeさん、コメントありがとうございます。
天下の東海道本線でまさかの交換待ちですね。このような地元の方(なのでしょうか?)ならではのお話、大好きです。1347Mは347Mのアタマに1がついただけですのでひょっとしたら、と思っていましたがやっぱりそうですか。つまり、実質的には東京発垂井行き、ってことですね。
すみもとさん、ヒデヨシさん、新垂井駅についてはのちほど記事にする予定です。
もともと新垂井経由の線路は勾配緩和が目的だったわけですが、電化され、車両性能も向上すると少なくとも旅客列車については垂井線経由でもほとんど問題にならない気がしますね。6kmも余分に走るわけですから、垂井を通過する列車があってもおかしくないような気はします。
KJさん、朝の上りの回送は下り線経由でしょうか、垂井線経由でしょうか。1番線ならば垂井線ですが、2番線だとどちらとも言えないですね。「垂井に停車しない列車」なので下り線経由でしょうか。

f54560zgさん、コメレスありがとうございます。
私、地元と言えば地元かな、最寄駅は尾張一宮です。
在来線で京都もしくは神戸まで出向く事が多く、もうかれこれ20年ほど通っております。

垂井線での垂井駅は、上りは勿論の事、下り列車でも通過は出来ないと伺った事があります。
自動進路制御で通過設定が出来ない(想定していなi)らしく、下り出発信号が進路構成するまで時間がかかり、下り列車は60秒の停車時間がダイヤ上設定されています。
信号を駅扱いにすれば、通過できるかもしれませんね。

過去には、旧新垂井経由の線路が不通になった際、電車の特急(しらさぎとしなの)は、垂井線を走った事があるそうです。

kisomitakeさんのコメントを拝見して関ケ原駅の配線図を改めて見てみますと、1975年までは垂井本線への下り場内信号機は進行を現示するように記載されているのですが、1985年から1997年までは注意しか現示しないようになっています。2006年では再び進行を現示するようになっていますが。
これをそのまま信用すると、少なくとも1985年から1997年までの間は垂井線経由の場合は関ケ原駅は通過することができない、ということになるようですね。
垂井駅については垂井駅の記事の中で触れたいと思いますが、おおむねkisomitakeさんのおっしゃるとおりのようです。

昨日、名古屋まで往復しましたので、垂井線にも乗車しました。
やはり垂井線は上り本線と違って乗り心地も異なりますね。

すみもとさん、名古屋遠征の主目的は偶然行われていた試合でしょうか(笑)。
垂井線の乗り心地については皆さん同じご感想ですね。

f54560zgさま
名古屋遠征は偶然・・・じゃないです(笑)
毎年夏は青春18で名古屋方面へ出かけてますので。
新垂井経由の下り本線は、わざわざ特急しらさぎで名古屋-米原間を一度だけ乗った事があります、新垂井駅廃止後で普通列車がなかったので。
垂井線の存在は本当に不思議ですね。

すみもとさん、新垂井経由の下り本線を通るには通行料が必要なわけですね(笑)。

こんにちは。初めまして。
始めて投稿させて頂きます。
南荒尾信号場から、迂回して関ヶ原まで出る(旧)東海道本線下り線は旧国鉄の線路等級というか線路種別は1級線(特甲線)で、垂井線は4級線だったと思います。(関係ないですが、例えば山陰本線は2級線)。

違いは、列車の荷重や速度に耐えられるように、良質のレールが敷設され、さらにきめ細かな線路保守が必要であること等だったと思います。
それで、普通列車以外の優等列車(しらさぎ、しなの、ひだ等の特急)や、貨物列車は、いやでも、新垂井(駅はありませんが)廻りとなるわけです。

もし、それらが垂井線に乗り入れると、現状では、重大事故を引き起こすと思います。

どうも失礼しました。

すいません。
最後から3行前の文を訂正させてください。

(before)重大事故を引き起こす
         ↓
(after) 重大事故を引き起こすかもわかりません

どうも失礼しました。。。

篝火さん、コメントありがとうございます。
垂井線を通るには垂井線の規格に合った速度や重量が要求されるということなんですね。

その通りだと思います。

 東海道本線全通時以来東の箱根西の関ヶ原と言われ 東海道本線二大難所とされてました 常に強力な機関車を導入輸送改善を図って来ました
箱根越えは丹那トンネル開通で東海道本線から外れ御殿場線となりったが関ヶ原は其の後も勾配緩和等図られずにいた 太平洋戦争末期 逼迫していた貨物輸送対策に勾配緩和として南荒尾信号所関ヶ原間に別線を建設東海道本線下り線に
当初は貨物列車を優先的に新線廻しにし旅客列車は旧下り線経由で運行していたのではと思います 尚戦時設計のD52形蒸気機関車は東海道山陽両大幹線の重量級の1200t列車牽引用に造り出されたヘビーミカドであり関ヶ原と瀬野八対応であった 戦後輸送状況が安定してきて東海道本線下りの列車は全て緩勾配の新垂井経由に移り大垣関ヶ原間の在来線垂井駅利用者に旧下り線を利用して区間列車を運転する様にした 東海道全線電化後も関ヶ原は難所でEH10形電気機関車開発も関ヶ原対策でしたしEF66もEF200も全て関ヶ原越えの為に造りだしたハイパワーロコ達でした
 電化時垂井経由の普通列車はクモハ12形000代を使用していました 其の後は何形を使用したかは失念しました 以上

yyoshikawaさん、私の記憶の範囲では垂井経由の普通列車はクモハ40とか60でしたね。

こんにちわ

はじめして^^。

大垣・旧新垂井駅ちょうど中間点に在住のモロ地元民です。

大垣から5分地点の者です。
かって夜は寝台特急が時計代わりでした、

1番がさくら・・22時05分通過でした。
現在は寝台特急はなくなり、しなの大阪乗り入れもなくなり、時計代わりになるのは大阪乗り入れ飛騨としらさぎくらいになってしまいました><

長くなるので前置き省略失礼しまして・・・

不思議に思うのは線路規格、信号の問題などわかったのですが・・・

現在貨物も含め勾配の問題はあまりないのでしょうか?

であれば、新垂井線廃止し、垂井線のみにしても良いようの思うのですが・・

線路規格・信号は変更可能でしょう?

固定資産税や保守管理費考えると、そのほうがいいように思うのですが・・

一度JR東海に質問してみましたが、具体的回答はありませんでした。

別に不要とか廃止すべきと考えているわけではありません。

どうして維持しているのかいまだにわからない疑問です。

投稿失礼いたしました。

 時刻表を読むと下り普通列車は全部垂井線経由です。いっそのこと垂井線を東海道下り本線に戻し、現下り線を迂回下り本線とした方が案内の面でスッキリします。つまり下り線が2本の3線区間とすればよいと思います。
 以西へ直通する下り列車は関ヶ原でどの線に進入していますか?
 荒尾信号場は上り本線が下り本線を跨いでいますが、赤坂支線もついでに跨げは平面交差が無くなったのに惜しい配線だと思います。戦時中の工事なのでかまっておれなかったのでしょうか。

けんさん、はじめまして。
けんさんの疑問にはお答えできませんが、
・新垂井経由の緩勾配線は蒸機時代、しかも戦時中という特殊な背景で誕生
・その後電化や高性能車両が開発された
ことを考えると緩勾配線の必要性は低くなったようにも思えますが、
・列車のスピードも上がってきた
・そんな中ではやっぱり25‰はツライ
という気がします。つまり、
>現在貨物も含め勾配の問題はあまりないのでしょうか?
という点では「問題アリ」なのではないでしょうか。

C6217さん、そうですね、「下り線が2本の3線区間」であればスッキリしますね。

C6217さま。ご丁寧なレスありがとうございます・・。^^

少しネットで勾配の事調べてみましたが・・

一般幹線で新垂井線は急勾配の部類みたいですね。

おっしゃる通り、やはり、スピードや貨物の重量考えると、新垂井線は必要なのかもしれませんね。

そう考えるとなんか納得できました・・。^^

でも地元民として山間部でもないのに、そんな急勾配地点あるのか??とも思ったりもして・・・

たぶん関ケ原手前当たりなんでしょうけど・・

ネットによりますと一般路線での最急勾配は飯田線みたいですね・・

ここは長大高速貨物走ってないから問題なしということですかね。

電化されてますし、スピードも遅いですから・・。^^

ありがとうございました、

 関ヶ原の勾配については、1883年に開通したルートでは20‰(25‰?)で北方を通り長浜へ通じていました。
 1899年に勾配改良が行われ、関ヶ原以西は現在の10‰で柏原を経由するルートになりました。つまり峠の頂上部が改良されて、麓の垂井~関ヶ原が20‰のまま残っていたわけです。
 この区間の改良はどう考えても垂井を経由しなくなるので遅れたのでしょうか?
 貨物列車は現在のEF210クラスで1300トンを牽くには20‰は無理で、現在の10‰ルートが必要です。
 電車特急は20‰でも平気なので、「しらさぎ」は垂井線を通せば時間短縮が可能です。線路強化が伴いますが。
 また関ヶ原が峠の頂上イメージがありますが、サミットは柏原のすぐ東にあり、関ヶ原は連続勾配区間の中間になります。

けんさん、拙ブログの以下の記事
http://senrohaisenzu.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-3028.html
に垂井経由線および新垂井経由線の勾配を掲載しております。これをご覧いただければおわかりになるかと思いますが、垂井経由線は南荒尾~関ケ原間約10kmのうち前半5kmは新垂井経由線よりもむしろ勾配が緩いのですが、後半5kmは一転して20~25‰が続きます。新垂井経由線はコンスタントに10‰ですね。
C6217さんのおっしゃる通り電気機関車の性能が向上しても重量貨車を高速で運転するのには垂井線は少々厳しいようで・・・。

こんにちわ^^。

あらためてr、ありがとうございます^^。

本当に参考になりました。

新垂井線は高速長大貨物がなくならない限り、いくら合理化しようとも廃線になる可能性はほぼ0ですね。

納得です。


話は変わりますが、朝6時40分過ぎに(普通)電車らしき通過音が聞こえます。

確認したいのですが、まだできてません。

現在も一部西日本の普通か新快速が大垣まで乗り入れてるから(?)、その回送と思われますが・・
(個人の推測で未確認。)

そうならどうして客扱いしないのでしょう?

昔は新垂井線、この時間12両編成のグリーン付きの普通が走ってましたよ。

旧新垂井駅はホームは現在も健在と思いますが・・・


有効長長~~いですよ。

なんだか古き良き時代の話ですね^^(笑)。

それから挨拶遅れて申し訳ございません。

f54560zg様もご丁寧なレスありがとうございます^^。

とても参考になりました^^、

ご無沙汰しております。

>現在も一部西日本の普通か新快速が大垣まで乗り入れてるから(?)、その回送と思われますが・・

夕方に姫路から大垣行の快速が二本あり、その車両は大垣で一泊し翌朝に姫路方面の快速として運行されていましたが、今春のダイヤ改正でなくなりました。

同時に一日一往復、大阪まで乗り入れていた特急しなのも大阪乗り入れはなくなりました。

これらはJR西と東海の車両の使用料の関係で同時になくなったのでしょう。

新垂井駅が廃止されてから久しいですが、営業当時はどの程度の需要があったんでしょうね。

住本さま。ご丁寧なレスありがとうございます^^。

現在は西日本車両の普通(新・快速)乗り入れはナシですか・・。

朝起きて確認すれば済む話ですが、これがなかなか・・・。
どうでもいいといえばどうでもいいとかで・・・(笑)

新垂井健在の頃の利用状況どうでしょうねぇ・・・

垂井駅に比べれば現在もはるかに田園風景が広がります。

基本通勤通学は、大垣・岐阜・名古屋への移動と思われます・・

朝関が原に行っての乗り換えはきついでしょうね・時間のロスになりますし。

家族で車送迎可能な人がいれば垂井駅利用でしょうねぇ・・

高校生の通学は、自転車で垂井駅まで行くほうがいいようにも思います・・
ただし行きは下り坂だけど帰りは少しきついかも?


当時現在の名阪近鉄バスが垂井・新垂井連絡してましたが、本数はさほどありませんでした。
新垂井停車の列車もさほど多くなかったですよね。

勝手な個人的感覚では、廃駅直前は一日80というか100人はいかないような気がします・・

いや、80人も地元利用客はいないようにも思えたりして・・・。


失礼しました、

余計な話ですが、現在垂井駅南側には大きな駐車場があり月ぎめでお安く利用できます。

私の兄も利用してます。(名古屋までの通勤)

あと1日駐車が300円で利用できます。

これは私も年数回JRで遠出の時利用します。

美濃赤坂駅もありますが・・
ここ数年利用したことありません・・

美濃赤坂線はかっては名古屋方面からそのまま乗り入れて便利でしたが、現在はワンマンの大垣乗り換えのみです・・。

合理化ですねぇ・・。

それと普段利用しないので少し前に初めて知ったのですが・・・

垂井駅は1人24時間勤務体制になったんですね・・。

だから休憩時間で窓口閉まっている時間もあるみたいです・・。

当然電話対応などできないので、すべてコールセンター的なところにつながるんですね。

駅員の方が気の毒に思えました・・

それとKIOSKも閉店しまいました・・

けんさん、個人的には「なんで新垂井という駅を設置したの?」というのが正直なところですね。廃止されたのは、残念ではありますが当然の帰結のように思います。
すみもとさん、お久しぶりです。
JR西と東海の間には車両の使用料といったからみもあるんですね。

 垂井~関ヶ原の勾配ついて。
 この区間は20‰でしたが、現下り線を建設のとき立体交差区間の短縮のために上り線の一部が25‰に変更されました。上り列車にとって下り勾配なので運転の支障はありません。上り勾配となる垂井線は20‰のままです。
 この区間で上り線の25‰勾配標が撮影され、25‰の難所と説明されているのは誤りです。

 先の稿は既に「関ヶ原付近の路線の変遷」へ投稿していました。重複で紙面を占めて申訳ありません。
 トップの配線図で、上り出発を過ぎてから下り線を潜るまで区間に25‰があります。
 関ヶ原に停車中の上り列車で前面展望すると、前方の線路は下り勾配で視界から消えており、見えるのは空ばかり。まさに空中に飛び出す思いがしました。

C6217さん、失礼しました。私もすっかり失念していました。25%の勾配は新垂井経由の下り線増設の際に誕生したものなんですね。

いつも過去の投稿への蒸し返し、平にご容赦下さい。

1. 関ヶ原折り返しの垂井線上り列車
南荒尾信号所の配線では垂井線から東海道上りへの転線はできないですよね。であれば垂井駅で東海道上りに転線するしかありません、お客様の知らないうちに、乗っていた垂井線の上り列車がコッソリ東海道線の列車に変身しているというのも面白いですね。
2. 垂井駅の上り場内信号機
関ヶ原の配線では、東海道上りから垂井線への転線は不可能です。という事は迂回運転などに上り列車が垂井線を使う事はできません。垂井駅に進入する上り列車はやはり関ヶ原折り返しのローカル列車のみとなりますので、わざわざ垂井駅を通過できるような信号設備はあまり意味がないのかと思います。
3. 新垂井回りの東海道上り線
ハイパワー機の牽く貨物列車は、ある程度の速度を維持できれば登坂はできなくもないでしょうが、問題は何らかの理由で停止した場合に牽き出し困難となる事象のようです。完成した折尾駅高架の起点方は10‰程度の緩勾配となった結果、踏切が砲台のように高くなっています。知人の知人に聞いて頂いたら、前述のような理由でJR貨物様から勾配を立てないよう要請があったとの事でした。貨物列車の走らない線区と走る線区では縦断線形に対する配慮も相当な差があるのだと思います。

民営化されたJR各社は少しでも課税対象の財産を減らしたいのでしょうが、かくの如き理由で垂井付近の3線解消複線化は難しいと考えます。
しかし超勤に関する法規制が運輸業界にも適用された今、鉄道による貨物輸送はひとつの回答でもあり、貨物列車がこれまで以上に活躍する事を祈らないではいられません。

駄文、失礼しました。

キハ65さん
おっしゃる通り機関車けん引の貨物列車は勾配には弱いですよね。貨物列車の走らないところ、たとえば上野東京ラインでは35‰で設計されているようですし。
私も同様に鉄道貨物輸送が今後成長していくことを願っています。

上野東京ライン、35‰(34‰という説も)で建設されているのですが、高架橋の設計強度は電車用のM荷重ではなく、機関車用のEA荷重、それも最も強い電気機関車重連のEA-17活荷重で建築されています。

入線試験では、EF65PF重連が走り、勾配上での起動試験も行われています。

JR化後の設計で、なぜ過大な強度を持たせたのか、よくわかりません。

北東航21さん
情報ありがとうございます。
貨物列車は通らずとも、機関車の通過は想定しているということですね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 垂井線:

« 関ケ原付近の路線の変遷 | トップページ | 関ケ原配線図 »

過去の記事

2024年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
無料ブログはココログ