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2011年6月 8日 (水)

宝殿配線図

E10さんからクギを刺されてしまいましたので、渋々(・・・ウソです)今回は宝殿駅です。

宝殿駅の特徴は専用線なのですが、その特徴を十分には表現しきれていない点は申し訳なく思います。

まずは1958年(昭和33年)4月。

195804
・点線で描かれている神戸方の専用線は日本毛織印南工場に至る専用線です。
・門司方に2番線から1番線への渡り線があります。妙な位置にありますので、最初は誤記かと思ったのですが、「架線が張ってありますマーク」がしっかり描かれていますのでこれで正しいようです。
・貨物用にホームのない4番線が設けられているあたりがいかにも幹線の駅らしいですね。

続いて1966年(昭和41年)3月。

196603
・日本毛織の専用線が描かれていますが、Wikipediaによれば1960年(昭和35年)頃に廃止されているようですので、線路が残っていたとしても使用されてはいなかったのではないかと思います。
・先ほどの妙な位置の渡り線がなくなったほか、4番線の隣の行き止まりの側線が1本減っています。

続いて1969年(昭和44年)4月。※※

196904
・再度Wikipediaによれば、1966年(昭和41年)、門司方に住友セメントの専用線が設けられたらしいのですが、この図には記載されていません。
・逆に日本毛織の専用線は相変わらず描かれています。
・1966年の図と1969年の図を見比べていただければお分かりの通り、この2つの図は全く一緒ですね。古い図をメンテせずにそのまま流用したものと思われます。

続いて1986年(昭和61年)4月。

198604
・門司方に住友セメントの専用線が現れました。
・分岐のしかたに特徴があり、下り本線から直接分岐する配線になっています。
・日本毛織の専用線はしぶとく描かれ続けています。
・なお、専用線以外の一般車扱貨物の営業は1980年(昭和55年)に廃止されています。

続いて1992年(平成4年)4月。※※

199204
・ようやく日本毛織の専用線が姿を消しました。
・車扱貨物営業が廃止されたためだと思われますが、1番線及び4番線の隣の貨物側線が撤去されています。

最後に1999年(平成12年)10月。

199910
・再度Wikipediaによれば、住友セメントの専用線は1997年(平成10年)に廃止となったようで、配線図からも姿を消しています。
・代わって日本毛織の専用線が復活しています(笑)。単なるミスかもしれませんし、ひょっとしたら保守施設なのかもしれません。

ところで日本毛織の専用線ですが、いろいろと面白いことがありそうですので少し整理してみます。

このあたりの全体図は以下のようです。

Photo

・加古川~宝殿間には日本毛織の工場が2つ(加古川工場と印南工場)存在しています。
・この2つの工場、距離的には近いのですが、間を流れる加古川という大きな川で分断されています。
・加古川の記事のすみもとさんのコメントの通り、加古川駅からは加古川工場への専用線が分岐していました。
・そして今回の記事の通り、宝殿駅からは印南工場への専用線が分岐していました。
・隣り合う駅から同じ会社の専用線が向かい合う方向に設けられているというのは珍しいですね。

そしてこの国土交通省国土画像情報の空中写真(1974年(昭和49年))。

Photo_3

・左上の印南工場と右下の加古川工場と両者の間を流れる加古川。
・よく見ると国鉄線の少し下流に橋脚の跡らしきものが点々と。
・どうもこの両工場を結ぶ鉄路が国鉄線と並行して加古川を鉄橋で越えていたらしいのです。
・私は最初は加古川駅からの専用線と宝殿駅からの専用線がそれぞれ工場の中を通り抜けて鉄橋で結ばれていたのかと思っていたのですが、どうもそうではないらしいようです。
・詳しくはこちらのサイトをご覧いただくのがよろしいかと思います。

http://reopyon301.at.webry.info/200601/article_1.html

http://reopyon301.at.webry.info/200601/article_2.html

下の記事の2枚目の写真、個人的には結構衝撃でした。

この日本毛織の専用線については、正直なところこの記事を書くにあたっていろいろ調べている中で初めて知りました。

加古川駅と宝殿駅、加古川で分断されてはいるものの、専用線を介して密接なつながりがあったんですね。

配線図はT.Mさん及びKASAさん(※※印)よりご提供いただきました。

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コメント

日本毛織(地元では「ニッケ」で通用するのですが)の専用線について、大変興味深い情報をありがとうございました。
加古川-宝殿間には、山陽本線に並行して配線跡らしき痕跡があるので、私も長年、何か分からずじまいでしたので、漸く謎が解けました。
ところで、先輩方から聴いた話では、昔、宝殿からニッケの構内に機関車で入換作業に入ると、女工さんたちがよく手を振ってくれて、機関士は人気の的だったそうです。ここではあまり書けない内輪の話もいろいろあったりしました。
最後に、現在では住本セメント関係の専用線もなく(セメント工場自体なくなりました)なり、貨物扱いはなくなりましたね。
現在は神戸方に保線用の横取り線くらいはあるかもしれませんが、ニッケ専用線の点線の部分には線路は存在しないはずです。

機関士さん、うらやましい・・・。
住友セメントの専用線は比較的新しいものだったようですね。それゆえ1997年まで使用されたのかもしれませんが。
「住本セメント」とは、いかにもすみもとさんらしいですね(失礼しました)。

リンク先の構内移動用トロが面白いですね
大きな川を渡るのでその橋が大掛かりなのにおどろかせられます。
一種のケーブルカーのような装置なのですね
宝殿駅は割と質素な作りだなあ
専用線の点線は専用線廃止後もしばらくは線路が構内のみそのまま残っていた可能性がありますね
駅の規模から言って留置車両を置いたりとかは無かったと思いますが。

私の宝殿駅の印象は意外にも EF65のトップナンバーです。
国鉄時代、民営化前の同機が退役寸前に住セメ側線で入換仕業をしていた姿を通り掛かりに車窓から偶然目撃しました。
標準型電気機関車の頂点に立つ型式のファーストナンバーに位置するEF651は、やはり特別な存在感を示していました。
後年、宮原の庫に眠っているEF651の姿を目撃してから15年程が過ぎ、梅小路の安住の地に、その姿を現してくれるのが待ち遠しく感じます。
住友セメントの側線には、スイッチャーと称される小型内燃機が居て、近年、その姿を記録したDVDが地元の有志より輩出されました。
局地的な配分で、専用線マニアの方々に取っては超一級クラスの資料なのは確かな事実で、驚くべきは、そのDLを女性機関士が操っていた事でしょう。
再販が待たれる貴重な資料ではないでしょうか。
さて、ニッケの専用線ですが、皆さん異口同音の言葉を発っせられたことでしょう、加古川を介して両工場を結んでいた軌道がトロッコタイプだったとは、これで長年に渡るかなりの疑問が解けたのではないでしょうか。
宝殿駅からニッケ工場煉瓦壁の側面を伝う様に加古川の土手へと延びる廃線跡が、加古川の川面に残る橋脚跡への微妙なズレと、国鉄加古川鉄橋から見えるニッケ加古川工場側への鉄橋から引込線の入り方が異様で、国鉄加古川鉄橋から見た ニッケ加古川橋梁跡の不可思議は長年の懸案事項だったはずです。
長年に渡り、ニッケ加古川鉄橋に古典SLが渡る姿を妄想していた我が身ですが、今回の記事は鉄橋趣味人生においての最大級の新発見で遭ったことは間違いありません。
記事内にも示されている橋梁基礎跡ですが、私も印象深く記憶に残っています。
連なる基礎跡が長らく存在感を示していましたが、洪水の度にいつの間にかその数を減らして行き、近年の異常気象と呼ばれるゲリラ豪雨により、その姿を没してしまったと感じていたのですが、記事内の紹介サイトによると、加古川鉄橋付け替えによる工事で整理されたようです。
いずれにしても、山陽本線加古川鉄橋通過時の楽しみであった日本毛織加古川橋梁の橋脚基礎跡が消失してしまった事は、廃線跡マニアを筆頭にレールファンとしては大変残念な事象であったのは間違いない事なのでしょう。

今回も皆さんの御尽力による貴重な記事の掲載に感謝しております。

宝殿の日本毛織専用線跡、期待していました。そして期待以上のレポートでありがとうございます。
私は昭和44年から48年にかけて三宮~姫路間をよく利用していましたので鮮明な記憶があります。
当時は宝殿駅構内に線路こそ切られていたものの、図面通りの配線が残っており、そのまま山陽本線に沿うように加古川に向かって線路が残っていました。さすがに工場横まではなく、途中で農道のようなものになりましたが、それでも廃線敷きとして明確にありました。
加古川の橋脚跡もくっきりと見えていて毎回うきうきしてみていましたが、やはり時間が経ってしまったのですね。加古川駅が高架化されたので見づらくなりましたので現況はまったく確認できなくなりましたが、おかげさまでよく分かりました。皆さんありがとうございます。

いつも楽しく読まさせていただいています。今回はさすがにリンク先まで見入ってしまいました。以下の写真の中にニッケ印南工場のトロッコのレール跡がありました。http://www5a.biglobe.ne.jp/~frt/kenchiku/HK04.htm
加古川の橋は地面のロープが動力だったとすれば一部のスキー場の緩勾配のリフトでみられた滑走型のものを連想しました。国立国会図書館に日本毛織りの社史があるようなのでトロッコに触れられていれば興味深いです。
日本毛織と言えばかつて総武線沿いにあった中山工場(現ニッケコルトンプラザ)にも下総中山駅から専用線が延びていたことでしょう。工場が閉鎖される時には会社では女工さんの最後の一人まで次の仕事を探しまわった、という話を聞いたことがありました。今とはかなり時代の様相が違っていたようです。トピずれ申し訳ありませんでした。

日本毛織の2工場間を結ぶトロッコについては私も大変興味を持ちましたが、多くの方が関心を持っていらっしゃることにもちょっと驚きました。
私はあくまでこれについて書かれている記事をご紹介しただけの話であり、またこのような記事を容易に知ることのできる今の世の中の便利さに感謝しています。

こんばんは,はじめてコメントさせていただきます.
地元民として,毎日利用していますが,ニッケ工場側線は今まで見たことがないだけに新鮮でした.住友セメントのほうは10年強前まで稼働していただけに,写真を残していなかったことが悔やまれます.

4番線北側は,自転車置き場として整備されてますあ,用水路部分を見てみると,側線が通っていた跡が残っていました.

またお邪魔します.

ラジマニさん、コメントありがとうございます。
写真を撮っておけばよかったという後悔、私もいっぱいあります(汗)。
またお越し下さいませ。

こんばんは、はじめまして。
ニッケ専用線のリンク先の主のレオちゃんと申します。
長らくブログを放置していましたが、紹介していただきありがとうございます。
こちらのブログの存在は知っていましたが、
たまたま今日見たところ宝殿駅についてアップされていたので、うれしく思いました、。

宝殿駅の配線図、大変興味深く拝見いたしました。
宝殿駅のニッケ専用線ホームは、
現在駅南側のマンションとなってしまいましたが、
このマンションが建設される平成13年ごろまで
倉庫とともに残存していました。
山陽線から専用線への渡り線の水路ガーター橋は、4年ほど前に確認しましたので、
いまでも桁が残存していると思います。
私は昭和47年生まれのため、
現役時の記憶はございませんが、
社専用機もあったようなので、
写真を撮影されている方も必ずいると思います。
ぜひWEBで紹介していただきたいものです。
当時の山陽線からの車窓風景などの動画も見たいですね。
ちなみにニッケ社史内に専用線の記載や写真は見当たりませんでしたが、印南工場内はトロッコ線が多数配線されていたようです。

また、兵庫県下には意外なほど廃線跡が存在しますが、比較的都市近郊にしては知られていないものが多いようです。
個人的にはブログ主さんに御着駅も紹介していただきたいです。
御着にもほとんど知られていない専用線が存在しました。しかも南の白浜町まで至る相当大規模なものです。ちなみに遺構は驚くほど残っていません。

私も知っている情報を今後アップしたいと思います。
下記の記事も私が作製しました。
http://nazokidou.exblog.jp/
今後ひとつに整理したいと思いますので、
その節はよろしくお願いいたします。

レオちゃんさん、初めまして。
すみません、何のご挨拶もなしに一方的にリンクをさせていただきまして、失礼とご迷惑にお詫びいたします。
地元の方ならではの綿密な調査、素晴らしいですね。今後を楽しみにさせていただきます。

 “レオちゃん”さんのブログを拝し、夜久野の隧道は確かちょっとした火山(正確にはスコリア丘:噴火に伴って火山岩屑が積もったもの)を掘ったはずだが、トロッコの廃線も残っている以上、そこそこの資源があって、それを確かに搬出したと見受けられます。火山の岩屑から果てぇ何がとれるのか?
 そこで共立出版の『近畿地方』を見ると、ろう石を産出していたようです。
 因みに上郡駅から船坂トンネルを抜けた三石駅周辺もろう石の一大産地だったはずです(十代前半の記憶ですが)。同駅の周囲が何かしら白っぽい…宝殿駅とは関係の無いことを記しました。

f54560zg さん
コメントありがとうございます。
リンクの件、全く構わないですよ(笑)
むしろありがたいです。

ところで、急にやる気が出たので、
戦時中に山陽本線御着駅から出ていた
白濱鉄道について、
私のブログにアップしました。
本当に知られていない鉄道のようです。
よろしければご覧ください。

SYさんこんばんは
かつては日本各地にこのようなトロッコがあったんでしょうね。
三石駅周辺も、石材運搬のトロッコ軌道があったようです。
専用線も好きですが、トロッコ軌道も大好きなので、
ぜひ現役時を見たかったです。

何度もすいません。
URL記入を忘れていました。
http://blogs.yahoo.co.jp/reoreoreo6760801/28180149.html
どなたかこの鉄道について詳しい方がおられましたら、ぜひ教えていただきたいです。

レオちゃんさん、すばらしいですね。綿密な資料調査に脱帽です。おそらく実地調査も相当徹底的に行われるのではないでしょうか。
これほどいろいろな情報が容易に手に入る世の中でも未だに秘密のベールに包まれた鉄路の探索、これは力が入りますね。今後に期待です。

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