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2011年6月12日 (日)

高砂線配線図

ちょっと後戻りして、今回は加古川から分岐する高砂線です。

過去の記事も合わせてご覧ください。

まずは1955年(昭和30年)1月。

195501r
1)野口駅
・別府鉄道野口線が接続しており、播州・播丹鉄道時代には野口線から旅客列車が加古川まで乗り入れしていたようです。
・その後播丹鉄道国有化の際に旅客列車の乗り入れが廃止され、ついで資材供出のため野口線が休止されてしまい、戦後営業再開されたものの国鉄線と線路がつながることはなかったようです。
・野口駅を経由して貨物の授受がされていたかどうかが不明ですが、停車場変遷大事典には野口駅は開業当初から旅客のみを扱う駅として記載されています。
・線路は本線1本のみですが、ホームは2本描かれていますね。

2)尾上駅
・交換設備があります。
・但し野口駅とは逆にホームが1本しか描かれていません。旅客列車同士の交換はできないってこと?
・上り場内信号機から判断すると、列車交換が行われないときは上下とも本屋側の線路を使用するのではないかと思われます。
・1959年(昭和34年)までは貨物営業が行われていました。

3)高砂駅
・高砂港への支線のほか、三菱製紙及び亀甲(=キッコーマン)の専用線が接続しています。
・記載はされていませんが、亀甲方面には1946年(昭和21年)に鷹取工機部高砂分工場が設けられています。
・亀甲方面は入換信号機による構内運転ですが、高砂港方面は誘導による入換のようです。

4)高砂港
・開業当初は旅客営業が行われていたようですが、わずか7年後には貨物専用駅化されてしまっています。
・ホームはその名残?

続いて1959年(昭和34年)1月。

1959011r

1959012r
・野口駅に交換設備らしきものが。ただし矢印は1番線側にしか描かれていません。
・尾上駅には2番線側にもホームが描かれています。
・高砂駅の専用線の「亀甲」は「野田」という表現に変わっています。

最後に過去の記事の再掲になりますが、1979年(昭和54年)8月。

197908r
・野口駅も尾上駅もいわゆる棒線駅状態です。
・高砂駅の専用線は再度表現が変わって「キッコーマン正油」になりました。

この後高砂線には1984年(昭和59年)に大きな変化が怒涛のように押し寄せ、
・2月に貨物営業廃止、高砂~高砂港廃止
・4月に高砂工場廃止
そしてあれよあれよという間に12月には高砂線が廃止されてしまいました。

比較的都市部にあって接続する専用線も多く、なにより鉄道工場への通路となっていた高砂線の廃止は当時の私にとってはちょっとショッキングな出来事でした。

配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。

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コメント

高砂線も懐かしい線です。
山陽電気鉄道に乗車したら、キッコーマン付近から並走するのが楽しみでした。しかし実際に山陽と高砂線が並走したのはほとんどありませんでした。一度高砂工場に入場するキハ80系が片側運転台のみで快走していたのを見たことがあり、電車では見られない姿に驚いたことがありました。
 またキッコーマンの専用線が山陽電気鉄道と並走しているところでは山陽のレールを納品していたそうです。チキか何かでオンレールでレールを搬送し、並行区間で荷下ろしをし、山陽の保線用車両が受け取りに来たとのことです。
なくなってずいぶん経ちましたが、いまでも記憶に深い線路です。

尾上駅に交換設備があった事、貨物を扱っていた事は全く知りませんでした。貴重な情報、ありがとうございます。
ところで、野口駅のもう一つのホーム、気になりますね。
野口駅で別府鉄道と線路が繋がって乗り入れしていて、高砂線と別府鉄道が残っていたら面白い存在だったでしょうね。

yukawaさん、工場付近の線路では、普通では見られない組み合わせや形態の列車を見ることができて楽しいですよね。レールの納品、国鉄側は側線ですが山陽側は本線上で受け取っていたわけですね。スゴイ。
すみもとさん、加古川駅まで別府鉄道の車両が乗り入れていたらこれもスゴイですね。

管理人様、楽しく拝見させていただいておりいます。
yukawaさんの記事に反応して。
当時は、高砂駅で、キッコーマン行きの貨車の後ろに連結され、山陽電車の積み下ろし場辺りで、チキを解放し、一旦キッコーマンの工場まで貨車を運んでいました。再度、単機で戻り、積み下ろしが終了するまで、チキを繋いだ状態で止っていました。私の実家の近くに日通の車庫があり、レールの積み下ろしは、人力で行なっていましたので、レール到着日の夕方前には、多くの日通の職員さんが集まっていました。ちなみに、レールは、浪速駅から運んでいたようです。

管理人様 毎回楽しみに閲覧しております
ここで可能でしたら清水港線の駅構内配線をリクエスト致します。
さて 管理人様は以前 国鉄で駅の貨車の入れ替えをする構内係に従事していたらしいのですが
もしよろしかったら仕事でのエピーソードを掲載して下さい。
貨車の入れ替えをする国鉄の構内係は昭和50年代前半で新潟に海水浴に行った時良く見ました。昭和53年当時私は小学校3年でその時代は旅客より貨物輸送が盛んで電車の長い乗り換え時間の時拝見いたしました。仕事自体貨車に旗を持って捕まって連結をしたりする仕事は見ていて簡単で面白そうで将来国鉄で働きたいと思いました。
しかし昭和59年2月ダイヤでその夢を叶える事ができませんでした
ここで質問がありますが 国鉄の貨車の入れ替えをする構内係の仕事は楽なのですがそれとも激務なのですか教えて下さいお願いします。
もしきつい仕事でしたらどう言う所が大変だかご教示ください。 末期の国鉄は不祥事が多くて仕事が楽そうに感じましたが実際どうでした。
又今自分は物流系でフォークリフトの仕事をしていますが 自分で判断して危険だと年齢や役職を考えずにでかい声で怒鳴ったりします。それがこの仕事で日常の光景ですが 仕事の後は怒った人と仲良く飲みに行きます。

国鉄の構内係の人は物流の仕事と同じで気性が荒く良く怒鳴ったりするのか教えて下さい
宜しくお願い致します

構内係さん、清水港線は機会がありましたら・・・。
あと、私は構内係ではありません、あしからずです。多分、ヒデヨシさんのことでは?
なもんですから、ご質問にお答えできず申し訳ありません。

旧高砂市民さん、 脳裏の潜在的な記憶がyukawaさんによって呼び起こされてしまいましたね(笑)。

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