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2011年5月11日 (水)

西明石配線図

私の中での西明石駅は、電車区があって、複々線区間の終端であり、緩行電車の運転区間の終端でもあったのですが、最近(といっても結構前になるのかもしれませんが)の緩行電車は西明石駅よりもさらに西方まで活躍の場を広げているようですね。

(1979年(昭和54年)の西明石駅はこちら、明石電車区はこちら。)

まずは1933年(昭和8年)頃。※

193300r
・1930年(昭和5年)に開設された明石操車場の時代ですね。
・明石操車場という名前は聞いたことがあったのですが、私はてっきり貨物操車場かと思っていました(汗)。客車操車場だったんですね。宮原操車場と並んで、数少ない客車操車場としての停車場ではないでしょうか。
・出入りする車両は蒸機と客車だと思うのですが、妙にこぎれいにまとまった配線ですね。駅に併設された車両基地の場合はごちゃごちゃした配線というイメージが強いのですが、車両基地部分だけ抜き出すとこんなにもシンプルになる、ということでしょうか。
・明石操車場へは当然回送列車として入ってくるわけですが、その回送列車はどこからやってくるのでしょうか。神戸?明石?
・Wikipediaによれば、明石機関区(庫?)という組織が操車場開設と同時に設けられているようです。客車施設のほうにも検修設備らしきものが見受けられ、建屋に「検車所」という文字も見ることができますので、明石検車所といった組織も存在したのでしょうか。

続いて1950年(昭和25年)4月。

195004r
・1934年(昭和9年)に明石まで電化が伸び、さらに1937年(昭和12年)に機関車・客車設備の一部が明石電車区に生まれ変わりました。但し停車場の名称としては明石操車場という名前が西明石駅開業まで引き続き使用されています。
・また、Wikipediaによれば明石機関区は1943年(昭和18年)まで存在したようです。電車区開設後も機関区は存続したんですね。
・ そして1944年(昭和19年)4月に西明石駅が開設され、同年8月には専用線貨物の取り扱いも開始されてこの図のようになりました。
・電車区の中に無理矢理ホームを設けたような状態で、ホームからは門司方に向かう列車に乗車できないという、強い不自然さを感じます。
・開設後2年くらいの間は隣接する川崎航空機の従業員専用の駅だったようですので、西明石駅誕生の背景には戦時下の応急処置的な色彩が強く感じられます。
・1946年からは一般旅客の利用も可能になりましたが、京都~姫路間及び城東線・西成線の各駅との間の発着に制限されていました。この制限が廃止されたのは1952年(昭和27年です。
・1番線は到着専用のようで、これにつながる専用線らしきものは前述の川崎航空機関連でしょうか。出発はどうするの?

続いて1958年(昭和33年)4月。

195804r
・姫路までの電化が完成した直後ですね。
・電車区が拡張されたほか、1番線から門司方に出発できるようになりました。
・専用線らしきものは姿を消しています。
・もともとが応急とはいえ、いつまでもこの状態では西明石駅から西のほうに向かう乗客にとっては著しく不便なホームの配置ですね。

続いて1966年(昭和41年)3月。

196603r

・1960年(昭和35年)に一般車扱貨物の取り扱いが開始されました。
・1961年(昭和36年)にはホーム部分が門司方に移転し、さらに1965年(昭和40年)に西明石までの複々線化が完成しました。
・ようやく西明石駅のホームから西に向かう列車に乗車できるようになったわけですね。
・但し列車線側にはホームはありません。

最後に1986年(昭和61年)4月。

198604r
・列車線側にもホームが設けられました。

かつては高槻電車区と明石電車区が京阪神緩行線の電車を引き受けていたわけですが、高槻電車区がなくなったと思ったら明石電車区まで網干の支所となってしまい、時代の流れを強烈に感じてしまいますね。

以下、未公開写真を少しばかり。

1819760330a01
この1枚のみ1976年(昭和51年)3月撮影です。

以下は1979年(昭和54年)8月撮影です。

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配線図はT.Mさん及びSYさん(※印)よりご提供いただきました。

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コメント

1986年の図では引上線1,2が6番線からしか出入りできないようですね。現在は5番線からも出入りできるように思います。
新幹線の駅ができてもあまり変化はなかったようですね。

謎めく明石機関区を含めた明石操車場からの変遷、大変興味深いです。
明石機関区としての実働期間の短さに、大型短形庫の宮原機関区と明石機関区は電化計画に関わっての設置だったのではないかと感じます。
開区より神戸発着の優等列車等を明石機関区が担当していたようですが、牽引機に関しては博多駅と鳥栖機関区、札幌駅と小樽築港機関区や岩見沢第2機関区等も同様の回送仕業が有りましたが、このようにかなり離れた距離での列車ごとの受け持ちは稀有だったのではないでしょうか。

この西明石駅を初めて利用したのは在来線からの乗換で、新幹線で東方面へ行く時に新幹線の一駅分だけ特急料金を浮かせて小さな幸せを感じていました。
最初の時は車内で何か考え事をしていて到着してから慌てて飛び降り、下車した乗客の流れに神戸方の改札口から出そうになり、新幹線への乗換時間が迫る中、また慌てふためきホームから乗換口へ走ったのを懐かしく思い出します。

15年以上前に、戦前から趣味界でご活躍されていた牧野俊介さんとお話しする機会があり、謎めく明石機関区の転車台についてお聞きしたことがありました。
「駅から歩いて行ったら、本線横の車庫の前くらいに在ったと思ったけどなぁ…」
そのお話しに、それからいつも西明石駅を出発して本線から右手の電車庫手前辺りに転車台の姿を想像していた私でした。
また、宮原の項でお話しさせていただいたように5線式のコンクリート製のような立派な短形庫を擁していたことは古い趣味誌で知っていましたので、それ以来、昔の明石機関区の様子をあれこれ思い描いていました。
今回、戦前の明石操車場の配線図を拝見して、それは大いなる勘違いだったことに気がつかされました。(恥ずかしがら最初に配線図を見た瞬間も左側が門司方面だと思っていました)
牧野さんが明石機関区に訪問された頃は西明石駅は存在せず、明石駅から歩かれてのお話しだったようで、私は明石機関区の転車台の位置を対角に思い違いをしており、今回、正しく認識出来たことに感謝いたします。

明石機関区の配置車両や運用については、いずれお話し出来ればと思いますが、明石駅の頃での私のコメントの貨物扱いの移転先は、西明石の前頃のSYさんのお話しのように西明石駅だったのですね。思考足らずでした。

あと、昭和61年以降の増線なのか上り1番線外側に側線がったような気もします。冬の季節には信州帰りで神戸か姫路辺りから向日町に折り返す月光型のシュプール号が朝のラッシュダイヤを待避していたように思うのですが、環状線の項で京橋駅の中線を勘違いしてしまい、記憶に自信喪失気味なのですが…。

西明石駅にこのような経緯があったとは全く知らず、今回の配線図を拝見して以前からの疑問が解けました。復刻時刻表を見ると、1959年までの時刻表では早朝に明石発姫路行きの電車が数本あり、逆に夜間に姫路発明石行の電車が設定されています。おそらく明石電車区の入出庫を兼ねた電車だったと思います。それが、1961年9月号を見るとそれが西明石始発・終着に変わっているのです。何故かと疑問でした。西明石駅から下りへは行けなかったのですね。
調べると1961年6月に西明石駅が下り方面へも行けるようになったということで、初めて知りました。大変興味深いです。

私も西明石は電車の行先と言うイメージが強いですね、あと播州赤穂も。
大きな電車区があるなと言う印象
実は何度も乗降しているのですがほとんど記憶にないのです
あぅ、なので何もお話しすることが無い

yukawaさん、どうも1986年の配線図は間違いではないかと思われ、引上1・2番線と本線の合流位置は1966年の図と同じでなければいけないように思います。もっともその1966年時点では5番線からは引上1・2番線には入れず、yukawaさんおっしゃる通りその後の渡り線の追加で入れるようになったわけですが。
西明石駅の歴史については、この記事を書くに当たっていろいろ調べていくうちに私自身も勉強になりました(汗)。鷹取機関区もそうですが、明石機関区も私にとっては不思議な機関区ですね。
1番線の外側の側線ですが、1986年の図はちょっとデフォルメされていますが実際には1966年の図のように引上線がホーム中ほどぐらいの位置まで伸びています。おそらくこの引上線のことではないかと思います。
西行きの快速電車の行先といえば、西明石、姫路、網干、上郡、播州赤穂、備前片上ですね、私にとっては。唯一、備前片上行きだけが岡山県に足を踏み入れていましたね。

こんばんは。
西明石駅の連動関係で面白いのは1986年で既に見られますが
11R(6番出発)がYG/Y/Rと特殊な3現示に、
更に現行では14LF2(門−3番場内)がYG/Y/YY/Rの4現示に
なっています。
他にも兵庫駅や草津駅でもYG/Y/Rの出発信号機が見受けられます。

 伊26さんがご指摘の信号機は、進路に分岐(制限60)があり通過列車のある主本線なので、運転士への注意としてG条件のときYG現示となるように変更されたと聞いています。
 この分岐ではブルトレ「さくら」が速度オーバーによる脱線事故を起こしています。事故とこの設定とどちらが先だったか記憶にありません。
 YG化による新たな速度低下はないので簡単に施行できたのでしょう。
 他の線区にもあるのでしたら大阪局の独断ではなさそうですね。

C6217さん、回答ありがとうございます。
大阪局以外の駅でこの特殊な現示を行う
とは聞いたことがありませんね。
最近の車両はGPSで警告したりATS-Pで
減速させることができてより保安度が高まっていますね。

伊26さん、C6217さん、分岐器による速度制限を信号現示に反映させるというのは珍しいのでしょうね。

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