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2011年4月13日 (水)

芦屋配線図

今回は西ノ宮駅の隣、芦屋駅です。

(1978年(昭和53年)頃の芦屋駅の様子はこちら。)

まずは1950年(昭和25年)4月。

195004
・貨物用の副本線が設けられていますが、基本的には島式ホームの両側に外側線と内側線が配置されています。
・従って内側線の電車同士の待避はできません。
・外側線←→内側線の渡り線が設けられていますが、ここ芦屋駅の場合はそれがシーサスクロッシングという形態であることが特徴的です。
・渡り線の配置にもいろいろなパターンがあるようで、その使い分けが興味深いですね。
・連動装置は第一種電気機ですので転てつ器は機械式でしょうか。
・そのためだと思うのですが、このクラスの駅でも信号扱所を2か所設けなければならないわけですから大変ですね。

続いて1960年(昭和35年)頃。

196000
・連動装置は継電化されたようで、信号扱所も1か所に統合されました。
・1950年時点では1番線及び6番線からは外側線にしか出発できませんでしたが、この時点ではいずれも内側線に出発できるようになっています。
・但し配線図上の記号は進路予告器みたいですね。

続いて1966年(昭和41年)3月。

196603
・大きく変わりました。
・貨物用の副本線だった1番線・6番線がそれぞれ上り・下りの本線となり、2番線と5番線が旅客用の副本線になりました。
・この結果内側線の電車同士の待避が可能になりました。
・下り外側線から4・5番線、上り外側線から2・3番線への進入も可能ですが、この場合いずれも内側線の電車との競合が発生します。

最後に1986年(昭和61年)4月。

198604
・下り外側線から5番線、上り外側線から2番線への渡り線が増設され、この場合は内側線の電車との競合が解消されました。
・ほぼ理想的な姿になったのではないでしょうか。

配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。

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コメント

岡山~吹田間の2080貨物列車を見に歩き、山陽電車の人丸前のホームに標準時の子午線上からの天文台をバックにと思い、平日は山陽電車に重なり、更に米原行の764Tの221系快速が重なり、貨物列車が遅れてたらと思い、目的は赤い交直両用のEF510である。が、EF510を岡山まで運行する意味があるのか?
岡山~吹田間をノンストップで走っているのか?神戸市内に入ると、貨物列車方が速い。が、コンテナ輸送のボギー貨車だからであって、国鉄時代の2軸貨車だったら、電車の方が速かっただろう。電気機関車はともかく、75㎞/hの貨車ではついて行けなかった。今の新快速のスピードでは、西明石~神戸まで列車に退避線がないだけに、同じ線路は無理かもしれない。
国鉄時代より、電車は速くなって停車駅は増えた。当時は並行している私鉄は配慮があって、新快速が高槻、芦屋に停まらなかったり、快速が西宮、茨木に停まらなかった。事も関係していた。因みに茨木は、大阪万博から停まる様になった。が、今JRにはそれはない。

コンテナ貨物と快速電車の競争は手に汗握りますね。

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