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2011年4月21日 (木)

東灘配線図

最初に東灘の変遷を示します。
・1904年(明治37年) 灘信号聯絡所として開設。その後灘信号所に改称。
・1907年(明治40年) 灘聯絡所に改称。神戸港貨物線開業。
・1910年(明治43年) 灘駅に改称。貨物取り扱い開始。
・1917年(大正6年)  東灘駅に改称。旅客駅としての灘駅の開業に伴う措置。
・1972年(昭和47年) 東灘操車場に改称。貨物取り扱いを廃止。
・1981年(昭和56年) 東灘信号場に改称。操車場機能廃止。

(1979年(昭和54年)の東灘操車場の様子はこちら。)

では配線図です。
まずは1950年(昭和25年)4月。

195004r
・不思議な配線です。神戸港貨物線の取り付け方が何とも変わったカタチですね。
・神戸港方からは南連絡線、北連絡線のどちらにも進入でき、逆にどちらからも神戸港方に進出できます。
・よくわからないのが北連絡線から神戸港方に出発するパターンですね。この配線で、どうやって神戸港方に機関車を連結した列車を組成するのでしょうか。
・上りの第二出発信号機4の存在も不思議です。
・上り3番線から外側線に出発する場合、第一出発信号機3B~第二出発信号機4を通過するわけですが、ちょっと間隔が短すぎるのでは?・・・と言う以前に、配線図に記載された信号機の建植キロ程は両者同一ですね。どういうことでしょうか。
・また上り1番線から出発する場合においてはルートが2つあり、2Bはそのまま外側線へ、3Aは12Tに進出するようになっています。12Tからは前述の第二出発信号機4により結局外側線に進出しますので、同じ外側線に進出するのに2Bと3A~(12T)~4という2つのルートがあるのが「?」ですね。

続いて1960年(昭和35年)頃。

196000r
・神戸方に渡り線が設けられ、4番線→内側線、内側線→上り1・3番線というルートが新たに設けられています。
・上り出発信号機5には「第二出発信号機」と記載されていますが、これは北連絡線から東京方に進出するための信号機のように思えるのですが・・・。

続いて1966年(昭和41年)3月。

196603r
・下り1・3番線及び上り1・3番線間に描かれていたホームのような長方形が姿を消しました。

最後に1986年(昭和61年)4月。

198604r

・いろいろ変化があります。
・大きなところでは、南連絡線から神戸方に進出できるようになったことと、東京方上り線側に出発1・2番線が設けられたことでしょうか。
・43-10時点での神戸港線の貨物列車を見てみますと、下りは15本でうち12本が東灘始発、残りが品川、吹田操、彦根からの直通です。上りも15本中12本が東灘行き、残りが新鶴見と吹田操への直通です。
・これに対し1985年(昭和60年)ではがらっと運行形態が変わり、大半の列車は東京方→東灘→神戸港(スイッチバック)→東灘(スイッチバック)→神戸方、または神戸方→東灘(スイッチバック)→神戸港(スイッチバック)→東灘→東京方という直通列車になっています。
・上記の南連絡線→神戸方への進出ルート並びに出発1・2番線の新設はいずれもこの運転形態に対応したものと思わます。
・神戸港から神戸方に向かう列車は南連絡線に到着後機回しを行い、17RW1または17RW2で神戸方に出発するものと思われます。
・また、神戸方→神戸港方へのスイッチバックは若干複雑そうで、上り貨待1または2番線に到着→牽引機が入換で出発1または2番線に移動→機回し→8Rまたは9Rで神戸港方に出発、といった感じかなと思います。
・趣味的には大変面白いですが、輸送効率的にはちょっと苦しいですね。

2003年(平成15年)には神戸港貨物線が廃止され、このような運転がなくなると同時に東灘信号場には分岐という機能がなくなってしまったわけですが、待避機能のみを持つ信号場として現在も存続しているようです。

以下、未公開写真を少し。

1619790831a04

1619790831a18

1619790831a15
以上3点は1979年(昭和54年)8月です。

配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。

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コメント

大変豊富な記事をいつも参考にさせていただいています。
今回の記事と直接関係ないのですが、少し質問させて下さい。

模型レイアウトを作っています。
設定は1960年代の非電化地方私鉄です。

お聞きしたいのは転てつテコの位置です。
2線しかない交換駅で、本線から構内への分岐部で
現場扱いの転てつテコは、分岐の定位側・反位側の
どちらにつけるというのは何か規定があるのでしょうか。
また、地方私鉄では信号(腕木)と現場扱いテコに
鎖錠装置は必要ないという理解をしているのですが、
こでは正しいのでしょうか。

ぶしつけな質問で申し訳ありませんが、
よろしくお願いいたします。

京阪神間で車中から転車台が見れる場所は、この東灘と鷹取、向日町がありました。
でも、何れもハイスピードでぶっ飛ばしている車中からでは、ほんの数秒間の眺めで、転車台を見れる嬉しさの中にも、もう少し見ていたい気持ちを感じながらの通過だったように思います。

機関区巡りをしていた頃に名古屋駅前の趣味店で、もう表紙も逸れてしまった昭和28年の時刻表を数百円の格安で入手しました。
バブル前の成せる技だったのでしょう。
その時刻表で、姫路駅と三ノ宮駅を結ぶ客車列車が数時間置きに発着しているに気が付きました。
今考えると、その列車が三ノ宮から回送されて、ここ東灘で折り返し、牽引機は東灘機関支区の転車台で転向していたのではないかとに思います。
牽引機は姫路第一機関区の C11だったのでしょうか、それとも姫路第二機関区の C59が投入されていたのでしょうか興味深いところで、当時の山陽電鉄との競争だった表れなのでしょう。

戦後の復興期と共に東灘機関区支区も活況を呈して行き、8620が主力となり少数派制式SL B50も配置され、10両規模で港町神戸の入換仕業などに従事していたようですが、電化の西進や DD13投入前の昭和30年代当初の頃の最盛期には、8620が12両、B50が2両に、重量編成用でしょうか、D50も2両の配置を迎えています。
この東灘機関支区に配置されたSLに、釣鐘式の様な警笛が装備され、アメリカ西部開拓時代のSLのように、港神戸の港湾地区をカランカランと鐘を鳴らしながら走っていたのはSLマニアの間で有名な話です。
やはり、貿易会社等の事務所近辺での大きな汽笛音はそぐわなかったのでしょう。
前出の東灘の項での ssym0412さんや SYさんのコメントにあるように、国鉄時代の終わり項から、かつての月光型車両の編成中のアクセントとして重要な車両達が東灘操車場の南外れの側線に何両も留置されているのを、その脇を通り過ぎる車中から複雑な思いで見ていました。
同様の車両達が民営化前から苗穂工場脇に暫く何両も留置されているのを渡道の度に興味深く見ていたのですが、それもいつの間にか消えてしまっていました。
北は青森駅から南は西鹿児島駅までの主要幹線で大活躍し、寝台の一部居住性の悪さは有ったものの、その車両に乗車するのが一種のステイタスな時代が間違いなく存在したのでしょう。
月光型としての寝台列車に乗車出来なかったのは鉄道ファンとしては残念でしたが、国鉄時代に盛岡から青森までの特急「はつかり」に乗車出来たことと、急行列車「きたぐに」としての残照に、今は少し心穏やかにいられます。
余談ですが、このコメントを書きながら昔の甘酸っぱい記憶が甦ってきました。
まだ大人になる前の項、同期生との叶わぬ恋に大阪駅からさ迷うように電車に乗り、失意のまま姫路駅に降り立ち、乗換えで姫新線最終列車を待つため西1番ホームに立たずんでいたら、山陽本線の九州行き下り寝台特急列車が発車して行き、その長い編成の先頭車両は月光型車両のトップナンバークハネ581-1でした‥‥。

初瀬春日さん、コメントありがとうございます。
難しい質問ですね(汗)。
●現場扱いの転てつテコは、分岐の定位側・反位側のどちらにつけるというような規定があるのか。
○規定があるかどうかについては、申し訳ありませんが知りません。ただ、実際にはどうなのか、という点では、
・福知山線宝塚
http://senrohaisenzu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2008/12/04/19800228a07.jpg
・福知山線三田
http://senrohaisenzu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2008/08/14/19790823sanda05.jpg
というように、現場の状況に合わせて特に統一しているようには思えない気がします。
●地方私鉄では信号(腕木)と現場扱いテコに
鎖錠装置は必要ないか
○これもよくわからないのですが、もし信号機が設けられているのであれば鎖錠装置も設けられているのではないのかな、と思います。
私が見た数少ない実例では、別府鉄道土山と加悦鉄道丹後山田には場内信号機は設けられているものの出発信号機は設けられいませんが、場内信号機と関係転てつ器の間には鎖錠装置が設けられていました。転てつ器を鎖錠せずに出発させることを許可しているのであれば、転てつ器を鎖錠せずに進入させてもよいような気もしますが・・・。

解答どうもありがとうございました。
資料写真を見れば見るほどわからなくなってきたものですから。
やはりいろんな例外がありそうですね。
かなり納得できました。

模型をいろんな人に見せた時に、間違いを指摘されることがよくあって、理論的な裏付けが欲しいのですす・・・・

唐突な質問申し訳ありませんでした。

初瀬春日さん、まともなご返事ができず申し訳ありません。
E10さん、昭和28年といえば三ノ宮駅はすでに高架化され、京阪神地区は電車が走ってはいるものの電気機関車はまだ走っていない頃でしょうか。三ノ宮は当然棒線駅状態だったと思うのですが、東灘も折り返しを行うにはちょっと不向きな配線のように感じます。かといって東灘以東で折り返しに適した駅を探していると大阪まで行ってしまいますね(笑)。
姫新線最終列車の人となったE10さん、その後はどうなったのでしょうか・・・。

もう今は転車台の在った場所は小さな公園となってしまいましたが、この東灘の転車台は六甲道駅と灘駅の中間辺りにあって、どちらの駅からも遠く、転車台が本線から見えているのに訪問は後回しになっていました。
東灘操車場内の転車台の位置は六甲道駅からのほうが行きやすい気がして、そこそこの距離を歩いて東灘機関支区の転車台にたどり着きました。
現地に着いての東灘機関支区の転車台の印象は、昔はハチロクなどが入換で活躍していたイメージと異なり威風堂々としたもので、引上線の有効長を稼ぐために構内最端の位置に転車台が授けられたのかとも感じさされました。
転車台の写真撮影に夢中になっていたら、カタンカタンとジョイント音を響かせながら EF65に牽かれた貨物列車が近づいてきてブレーキ音をたてながら止まりました。
東海道本線から神戸港に向かうのか、神戸港から東海道本線へ向かうのかは分かりませんでしたが、昔ならばSLが転車台で転向して編成を引上げて行ったのでしょうか、どんなかたちであれ転車台の近くに車両が来ると嬉しいものです。
開放的な3線式の木造庫がいい雰囲気を醸し出しています。
無煙化後は姫路第一機関区の DD13が出張してきて地道な活躍をしていたようですが、それまでのSLは、長年に渡り港神戸の街に慣れ親しんだハチロクが昭和30年代の終わりと共に姿を消したようです。

急行「みまさか」がいいですね。
グリーン車を連結した6両編成がローカル急行としての意地を見せ付けているようです。
写されたf54560zgさんのフレームにさりげなく箱状の施設機器が写り込んでいます。こちらも線路好きのf54560zgさんのさりげない意地を見せ付けているように感じます。
中国山地に分け入るキハ58型急行列車は魅力的で、「みまさか」の他に「但馬」「砂丘」「しんじ」「たいしゃく」そして、夜行列車も擁した「ちどり」。
写真の「みまさか1号」は中国勝山行きで、最終の「みまさか3号」は姫新線の終端駅の新見行きで納得なのですが、不可解なのは「みまさか2号」の月田行きです。
中国勝山駅から5㌔ほどの次の駅なのですが、当時は子供心にどうして月田行きなのか不思議でたまりませんでした。
当時の姫新線には、中国勝山駅前後の月田駅や富原駅、久世駅に発着列車が設定されており、中国勝山駅を中心とした街の繁栄ぶりが窺え、その昔には中国勝山から倉吉線と結ぶ計画が有ったのにも頷けます。
つい最近まで全国を駆け巡っていたように感じる キハ58型もいつのまにか終焉を迎えて、今では車内の香りやエンジン音などと共にその姿を記憶の中に留めながら、慣れ親しんだ急行型キハ58を懐かしく感じて過ごしています。

こんにちは~
この東灘駅の配線は私なりに考えても不思議な配線となっています。
まず神戸港から来た貨物列車の到着線が無いことです。
北連絡線がそれだったとして、早速引き上げて
留置線に上下方向別に仕分ける
配線を見ると本線横断の機能が無いので
おそらくは下り神戸方向の貨車に連結して推進で神戸港側へと本線の下をくぐり持って行ったと考えられますね。
その後南連絡線で貨車を切り離した後機回りで反対側につけてから南側の側線で仕訳入換
こんな感じでしょうか?
柳線が多いのが作業性を悪くしている気がします

E10さんの「箱状の施設機器」については兵庫の記事で。
月田行き、不思議ですね。私は中国勝山行きも不思議です。何で新見行きじゃないの?って。
非電化区間の急行といえばキハ58・28ばかりでウンザリするくらいでしたが、今となってはあの車内放送のチャイムとともに懐かしい記憶です。
ヒデヨシさん、不思議ですよね。
私の想像は、神戸港方面から東灘に向かう貨物列車は、列車ごとに東海道線下り方面行きだけ、もしくは上り方面行きだけで組成するようにしていたのではないかと。下り方面行きだけで組成された貨物列車はは南連絡線に到着させ、上り方面行きは北連絡線に到着させるわけです。
東灘で上下間の授受はちょっと無理な気がしますね。

E10さん、キハ58気動車すっかりなくなってしまいましたね。私は特に当てもなく、廃止数年前の急行「みよし」に1度だけ乗りましたがそれが最初で最後になってしまいました。車内の匂い、エンジン音、何から何までノスタルジックで、「これかあ~」と感動したのを覚えています。話がそれましたが、中国山地のローカル線も、区間によっては草生した線路がいい味出してますね。

実は春先の九州行の帰りに三次機関区跡に立ち寄りました。その時の様子などはいずれお話し出来ればと思いますが、小倉を朝に発ち下関から山陰本線に入り江津から三江線へ。
途中の潮駅近くの一軒宿を利用し翌朝から三次駅へ向かい、そして未踏区間だった備後落合-備中神代間へ。
山陰西部は キハ40系でしたが他は キハ120系で、中国山地の旅も軽いフットワークになりましたが如何せん乗継連絡や本数が…。
もし今、中国山地にキハ58系が走っていてあの雰囲気が体感出来るのなら3時間待ちでも苦にならないのですが…。

最近の神戸関連の記事に、東灘から港湾地区へと詳しい記事が進んで行くとは予測しておらず、神戸港駅、湊川駅と、この東灘駅を介して全国との物流貨物が行き来していた事を改めて認識させられました。

E10さん、行き当たりばったりで申し訳ありません。
港関係が少し続く予定です。

お久しぶりです。
今は東海道本線を名古屋から東の方で、そちらへは中々行く機会が無く、ご無沙汰しております。

さて、東灘信号場と西隣の灘駅。
灘駅は信号扱いの無い停留場ですが、間もなく停車場に変わります。
昨年秋に異常時の運転確保として、吹田、尼崎、灘の各駅に折返し用分岐器を入れるとの発表がありました。

灘駅は、隣接し仮称まや駅に変わる東灘信号場への工事かと思っていたところ、駅ホームの三ノ宮方に内側線を片渡り二組の分岐器が設置され、下りの内側・外側それぞれに出発信号機、上り内側2番線→三ノ宮方への出発信号機が設置されています。
この出発信号機は3月8日の段階では使用開始前で、横を向いていたり、「×」がかけられたりしていました。

確認したのは灘駅の下り方出発信号機だけで、下りの場内信号機は、東灘信号場出発信号機と兼用になるのでしょうか?
間の距離から場内信号機を入れると、信号区間短くなってしまいます。
上りの場内信号機も設置されたか、或いはやがて設置されるでしょう。


東灘信号場ですが、2005年前後のいつ頃だったかな?灘駅上内側の2番線から東灘下り内側の5番線への分岐器が設置されました。
ただレールがサビサビで、異常時でも使っていないのでは。
神戸港への支線が廃止され、幾つかの線路は撤去。
今は使える線路は、2~7番線の6線だけですっきりしてしまいました。

kisomitakeさん、お久しぶりです。
ということは、灘駅では内側線上り→下りの折り返しが可能になるということですね。
吹田はどうなんでしょう。京都方に吹田折り返し電車用のY型の引上線があったはずなのですが。

渡り線使用開始後で異常時においての灘駅での折返しですが、2番線(上り内側線)→下り内側線の折り返しの他、三ノ宮方から内側上り線→3番線(下り内側線)到着が可能になる線路配置の模様です。

それと昨秋の新聞記事では、異常時は折返しによってでも運行確保するとの趣旨ですので、快速電車も灘駅で折り返すこともあるのでしょう。ただ快速は12両編成もありますので、灘駅の有効長に収まるのかどうか。
ホームは絶対に足りませんので、三ノ宮~灘間は回送とするでしょう。

吹田駅は、駅ホームの東淀川方に両渡り線が新設されていました。
岸辺方のY線は、普通電車の7両分しか有効長が無かったと思います。(8両は入れたのか?)
こちらも駅ホームでの折返しができる他、新聞記事では快速電車は新大阪~吹田間回送となるとのことでした。

kisomitakeさん、そうですね、吹田のY線はそれほど長くはありませんね。それにしても「想定外の事態」とならないよう、万全の態勢が求められているのでしょうか。

2016年3月改正では当信号場が摩耶駅に格上げされ、非常時の折り返し設備が設置されているとのことです。
片側のホームは快速電車の折り返し対応で12両対応となっているそうです。

325Mさん、駅を設けるにはちょっと駅間距離が短いように思っていたのですが、本当に作っちゃったんですね(汗)。

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