« 大阪環状線配線図 1958年 | トップページ | 大阪環状線配線図 1979年 »

2011年3月 6日 (日)

大阪環状線配線図 1961年

今回は1961年(昭和36年)4月の大阪環状線です。

1961041
・大阪からのスタートです。
・高架の大阪駅を出ると33‰の勾配を下って地平の福島駅に降りていく様子が見て取れます。
・大阪~福島間は単線で、この区間が複線化されるのはこれから3年後の1964年(昭和39年)です。
大阪駅の記事の1966年(昭和41年)3月の項でも書きましたが、2番線は東海道線下り列車の発着と、これとは対向となる環状線外回りの発着ができるようです。
・環状線の発着は、外回りの場内信号機58RA及び後述の内回りの場内信号機102RAから判断して基本的には内回りが0番線、外回りが1番線だと思うのですが、1番線は京橋方面に折り返す電車も使いそうです。ですので1番線がふさがっている時のために外回りが2番線を使用できるようにしたのかな、と思っているのですが、いずれにせよ2番線はちょっと変わった使い方ですね。

1961042
・野田~西九条間も地平で、そのまま進むと桜島線になります。
・新しく開通した線路は高架線ですので、在来の地平線とはつながっていません。
・高架線が部分的に単線になっているのに興味が惹かれますね。
・野田~西九条間が高架化されて晴れて環状運転が実施されるようになったのは1964年(昭和39年)です。

1961043
・境川信号場から先はもともと貨物線として存在していた線路ですが、電車を通すためにかなり改良が行われたんでしょうね。
・この時点では芦原橋駅は未開業で、開業は1966年(昭和41年)です。

1961044
・今宮で関西線といったん合流し、天王寺で別れます。
・この時点では新今宮駅は未開業で、開業は1964年です。
・今宮~天王寺間の複々線化は1968年(昭和43年)です。

1961045
・各駅とも場内信号機は設けられているものの出発信号機はなく、出発相当の閉そく信号機である点が面白いですね。

1961046
・森ノ宮電車区が開設されています。
・この直前に猫間信号場は廃止されているようですが、まだ線路は残っていますね。

1961047
・一周まわって大阪駅に戻ってきました。
・内回り電車は0・1番線に進入が可能で、外回り電車は1・2番線から出発が可能です。

以上のように、1961年(昭和36年)に地図上では環状の路線が形成され、大阪環状線とういう名称がつけられたわけですが、線路配線上は西九条駅で線路が繋がっていないため電車の環状運転はまだできない状態でした。
その一方で、線路名称としては分離された桜島線ですが、西九条での折り返しができない構造になっていますので列車運転上は環状線に直通していたものと思われます。
環状線が環状運転できず、桜島線がすべて環状線に直通していたとなると、電車の線名や行先表示がちょっとややこしかったのではないかと思ってしまいます。

1964年(昭和39年)に大阪~福島間の複線化、大阪~西九条間の高架化が完成した時点が真の意味での大阪環状線の成立ということになりそうですね。

配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
バックナンバーはこちらからどうぞ。

« 大阪環状線配線図 1958年 | トップページ | 大阪環状線配線図 1979年 »

コメント

当時は「高架の西九条ー弁天町ー天王寺ー京橋ー大阪ー地平の西九条ー桜島」という逆のの字運転をしていたそうです。電車の行き先表示ですが、「鉄道ピクトリアル2009年6月号」に写真があり、101系の方向幕は「西九条ー桜島」、旧型電車のサボは縦書きで「西九条 (小さく)大阪 桜島」となっています。その他天王寺ー京橋ー大阪等の区間運転などもあったようで、日本交通公社時刻表1961年9月号では『西九条ー天王寺ー大阪ー西九条ー桜島(大阪環状線・桜島線)』と表記され、運転間隔は西九条ー天王寺間 7-15分、天王寺ー大阪間 3-15分、大阪ー桜島間 7-15分となっています。
またこの時点で存在していた西九条と弁天町の間の僅かな単線区間は、全線高架になり環状運転が実現した1964年3月から一年を経た1965年3月に桜島線を挟む形で内回り線が完成した時に複線になったそうです。(「関西の鉄道1」1978年6月より)
それから「湊町 1976/3/28」で、SYさんが触れられていた『今宮駅付近に高架用の柱が建ち並んでいた』についても「関西の鉄道1」によると『1968年2月に今宮ー天王寺間が複々線になり関西本線今宮駅の配線変更が行われた。それと今宮駅東方に環状線内回り線となるはずの高架が出現したが、結局使用されずに今も放置されている』との記述がありました。

スミノエさん、ありがとうございます。
電車の方向幕には「大阪環状線」とか「桜島線」とかの線名表示はなかったんですね。
「の」の字運転って、乗客案内もややこしそうですね。

私が通っていた高校が今宮~新今宮の環状線沿いに在り、内回り線の今宮駅を出たあたりに高架の下ってくる部分の“側壁”だけが残っているのが見えてました。
現在では今宮駅の大幅な改造により無くなっています。

当時はナゼこんな物が在るのか分らず色々想像を働かせましたがずっと謎のままでした。

今更ですが、スミノエさんの投稿を読んでやっと謎が解けました。
ありがとうございます。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/506157/51038832

この記事へのトラックバック一覧です: 大阪環状線配線図 1961年:

« 大阪環状線配線図 1958年 | トップページ | 大阪環状線配線図 1979年 »

過去の記事

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ