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2010年10月28日 (木)

西浜松配線図

西浜松駅は浜松駅の隣の貨物駅です。
浜松駅の機能が段階的に移植されてきた駅ですね。

まずは1972年(昭和47年)4月。

R197204
・浜松駅の貨物扱いを分離するかたちで西浜松駅が開業してから約1年が経った頃です。
・上下本線が中央を貫通し、その外側にそれぞれ3本づつの着発線が設けられています。
・本線が中央を貫通していますので、上下間での授受等の際には当然本線を横断しなければならないわけですが、オドロキなのは地平面上で本線を横断する線路がないってことなんです。つまり地平面上では上下線が完全に分離されているんです。これは珍しい。
・上下線を接続する唯一の線路が地下通路なわけですが、言ってみれば上下線は「長~い渡り線」1本だけでつながっている、ということですね。これってどうなんでしょう? 結構「順番待ち」とか発生しそうな気が・・・。
・また、たとえば下り貨物列車を引いてきた機関車が浜松機関区に帰る場合、4回ぐらい行ったり来たりを繰り返さないと上り着発線にはたどり着けないようです。ちょっと大変そう。
・左上に自動車基地、その下に貨物積卸施設があります。両者は隣接しているように描かれていますが、実際にはこの間を新幹線が通っています。
・下りに比べて上りの仕訳線が少ないですね。

続いて 1975年(昭和50年)1月。

197501
・中央上部にセメントの専用線が設けられました。
・また、中央下部、専売公社の専用線の途中から分岐するレールセンターへの線路も設けられています。
・このあたりも1975年の国土交通省国土画像情報カラー空中写真と比べながら見ると面白いですね。後述しますが、機関区や客貨車区、上りの仕訳線群、倉庫団地専用線には新しそうに見える線路が敷かれていますがまだ稼動はしていないようです。電留線と工場入出場線はまだ線路が敷かれていません。

続いて1983年(昭和58年)4月。

R198304
・浜松駅の高架化に支障する施設がどっと押し寄せてきました。
・中央やや左の下部に浜松機関区、その左に電留線、下り仕訳線の左側は客貨車区でししょうか。上りの仕訳線も整備され、自動車基地の通路線の途中から分岐する倉庫団地への専用線も設けられています。
・浜松工場への入出場線も西浜松からの分岐になりました。
・前述の空中写真から判断すれば、電留線と工場入出場線が最も遅い時期に引っ越してきたことになるようですね。

続いて1992年(平成4年)1月。

R199201
・自動車基地及び倉庫団地専用線が廃止されています。倉庫団地専用線は短命だったようですね。

続いて1997年(平成9年)3月。

R199703_2
・側線がだいぶ整理されたようですが、記載が省略されている部分もあるようですのでちょっと注意が必要です。
・下り側の貨物引上線が東京方で行き止まりになっていますが、実際にはこの先に貨物積卸設備があります。撤去されたわけではありません。
・同様に浜松工場入出場線やレールセンター/日本たばこ専用線の部分も行き止まりになっていますが、実際には先に通じています。
・本当に撤去されたのは上下の仕訳線群と客貨車区ですね。ただし下りの仕訳線は実際にはもう少し残っている線路がありそうですが。

最後に2006年(平成18年)4月。

R200604
・大きくは変わっていませんが、上り4番線が副本線になって列車の発着ができるようになっています。
・貨物積卸設備等が省略されているのは同様です。

浜松駅からの諸施設の移転でにわかに活気づいた西浜松駅ですが、それから間もない貨物輸送の変革により輝かしい時間はさほど長くはなかったように思います。
それでも電車基地として、浜松工場の玄関口として、そして何より浜松地区の貨物拠点として、まだまだ重要な役割を果たしていることに変わりはありませんが。

配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。

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コメント

上下間の貨車の受渡しや機関車の構内移動用であるだろう地下通路線ですが、列車密度の高さ等を考慮して、お金をかけても本線を支障しない立体交差にしたのでしょうね。

地下通路線の上り側出口は(上10)から(西浜松通路線)に繋がっており、ここを引き上げ線にして、折り返しながら上下間を行ったり来たりするのでしょうね。
この(西浜松通路線)ですが、引き上げに使うだけならば適当なところで車止で終端にしてもよさそうに思われますが、実際には隣駅の高塚駅まで達して、同駅の構内側線と接続されています。この線路の使われ方が気になっています。

競合を避けるための地下通路線は当時としては大英断だったと思いますね。
ただ現状では、地上に渡り線を設けて、西浜松で解結を行う上り貨物列車は下り線を横切って海側に着発させたほうが効率的なような気もします。
高塚までの「第3の線路」、おっしゃる通り、どのように使われているんでしょうね?気になるところです。レールはそこそこ光っていますので、ナゾの物体が通っているようなのですが・・・。

西浜松は昼間最低2回は通った駅ですが、全く記憶にない駅です。
上下線を接続する線が地平面上にないなんて、こんな不思議な配線になっていると知っていたらよく見ていたのに、と思うと残念でなりません。
ブルートレイもなくなった今、東京出張のついでに見ることもできませんが、いつか機会が訪れる日を楽しみに待ちます。

名古屋や大阪へはそれなりの回数の訪問をしているのですが、静岡・浜松等はホントに新幹線で素通りでしたね。地平時代の浜松に行ってみたかった・・・。

とても興味深いですね。面白いです。ぜひ行ってみてみたいです。
高塚のなぞの線路…。平成初期の古いダイヤを引っ張ってみると、浜松工場の入出場列車と思われる、臨回電と臨試電が高塚着発っぽいです。もしかしたら、工場入出場列車が使っているのかもしれません。国鉄時代からそうなのか、JRになってからなのかはわかりませんが…。西浜松着発だと、上下線間の移動がややこしいのは明白ですし、もしかしたら推測ですが西浜松の副本線や側線などの線路がJR貨物の所有になっていて工場入出場車両が通るとややこしいとかあるのかもしれません。すると線路がつながっていて無難なのは、浜松か高塚。浜松着発は普通ローカルなどで副本線は使っている、そして工場入場となると入換列車が本線を支障する。その点、高塚着発だと第三の線路を利用できるので本線をほとんど支障しないで入場できる。っていうのがあるかもしれません。推測の域を抜けませんが。

しかし、浜松工場も在来線は国鉄型のみで、しかも新幹線工場としてのリニューアルが打ち出されているので、今後在来線の検査を行わなくなるかもしれませんね。そうなるまえに、第三の線路の使い道をこの目で見ておきたい物です。

以前のことはわかりませんが、現時点での状況を見る限り、工場入出場車は浜松駅経由ではないかと思われます。
高塚方面から浜松工場に向かう場合、ルートとしては通路線1区か上り入換1番線を経由する必要がありますが、通路線1区は西浜松 2010/10/16 その4 の記事の写真のような放置状態、また上り入換1番線は現在では途中で分断されているようで(上記記事の上から11枚目の写真)、いずれのルートとも使用できないように見えます。
にもかかわらず第三の線路は光っている・・・。はて?

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