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2010年5月25日 (火)

川口配線図

(1984年以降の配線図はこちら)

まずは1958年3月。

195803

厳密な定義にはならないのですが、たとえば方向別の複々線などで客貨が分離されている場合、通常は貨物扱いの設備は貨物列車が走る線路側に設けられます。
しかし、例外的に電車線・旅客線等の側にも貨物扱い設備が設けられた駅があります。
私の知っている限りでは、金町川崎平塚西湘貨物・鴨宮安善、武蔵白石浜川崎(大船王子が微妙)、それとこの川口です。

これらの駅においては、電車線・旅客線側の貨物扱い設備との間で貨車の授受作業を行なう場合は当然のことながら何らかの形で電車線・旅客線を横切る入換作業を行なわなくてはなりません。
金町、安善、武蔵白石、浜川崎は平面交差で電車線を横切り、平塚も当初は平面交差で列車線を横切っていましたが後に本線化・立体化されました。西湘貨物・鴨宮は当初から立体交差で、川崎は終始東海道貨物線とは接続されることなく南武線という別ルート経由でした。

この時点での川口は平面交差により旅客線を横切る形態になっています。しかも田端方と大宮方の両方に交差が設けられていますので、ちょっと大胆に見えます。
配線図に若干「?」というところはありますが、貨物の中線に停止したのち入換で旅客線をゆっくりと横断していたんでしょうね。
貨物線側のよくわからない側線はなんでしょうか。

続いて1969年3月。

196903

京浜東北線が分離され、さすがに4線を平面交差で横切るのは無理ということで、貨物線群に至る線路は立体化のうえ本線化されました。
但し貨物線群に進入できるのは大宮方からだけですので、列車運転上は若干特殊な取扱いになります。43-10貨物時刻表によれば、下りの場合は田端操→蕨→川口→大宮操、上りの場合は大宮操→川口→蕨→田端操という、壮大なスイッチバックのような運転が行なわれていたようです。

続いて1972年2月。

197202

特に変化はありません。

最後に1980年3月。

198003

やはり変化はありません。

子供の頃、年に2回ほどの帰省の度にこの場所を通ったのですが、子供ながらにもこの高架橋を奇異に感じたのを覚えています。線路設計者にしてみれば、苦労した結果なんだと思います。

その後1986年11月に貨物取扱いが廃止されてしまいましたが、この高架橋、多分今でもそのままなのではないでしょうか(線路は撤去されたかもしれませんが)。

配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。

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コメント

ビール工場が現役だった頃の配線図は初めて見ました、貴重なものをありがとうございます。
貨物線⇔電車線側の高架の渡り線は今でも往時のまま残っております。
電化柱も撤去され、本線関係の分岐は横取り化され、それ以外の分岐はダルマにされましたけれども、保線基地として重要な役目を果たしているようです。
(流石に海側の線路群はだいぶスリム化されたようですが)

名無し信通区さん、わざわざ高架橋を取り壊すようなことはなかろうと思っていましたが、保守基地としてまだ活用されているとは意外でした。
赤羽の渡り線の件といい、情報ありがとうございます。
記事の通り、このあたりは子供の頃帰省の時に何度も通ったところなのですが、私の中ではその時点で時が止まってしまったかのようなんです・・・・。

旅客線をまたぐ(横切る?)貨物線特集いいですねぇ(笑)。
私もコレくらいしか該当駅は思い浮かばないかなぁ・・・
川口の高架亘り線に保守車両が通らないか、いつも下を通る度に見張ってますよ!(笑)

LUNさんの川口高架線乗車レポートをお待ちしています。

 11月13日感違いして大宮の鉄博へ行きました企画展東京駅100年開催されて居ると思い込んで出掛けましたが企画展は11月21日からとの事勇足でした大宮へ行く時は湘南新宿ラインを利用しており此の日も乗車川口駅の少し大宮方に貨物線と東北本線間に複線片渡りが存在しております嘗て赤羽北側にあった複線片渡り高架化後川口に移設したのでしょうか赤羽と同じく旅客線から貨物線に進入状態の渡り線です

yyoshikawaさん、ひょっとして電車に乗る時は窓の外の景色にかぶりつきでしょうか。

用途が謎で「無駄に贅沢」と通るたびに思ったものですが、そういう歴史があったんですね。
そういえば、川口は有効利用されているようですが、平塚はレールさえ撤去されているように見えます。使われなくなった高架渡り線は放置されることが多いのでしょうか?

 確かにこういう建造物は鉄筋コンクリートで建造されます 使用停止後解体撤去する為には土木用重機を使用せねば成りません川口にしても平塚にしても浜川崎にしても品川にしても用地の関係で重機による解体は難しいので其の侭残される可能性が高いのです 其れに比べ築堤は土をくずせば済むので廃止後跡形も残ら無い 唯トンネルや橋梁部のピアや橋脚はコンクリートや煉瓦で建設されて居るので残る場合が多いです
 川口や平塚は線路敷地内に建設されて居る為解体出来ないのでしょう 品川は再開発の関係で広範囲に線路が撤去され重機が自由に入れる様になり解体されました

verdandiさん、yyoshikawaさん、今後は川口や平塚の高架橋が京浜急行線の高架橋以上の歴史を刻んでくれることを期待します。

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