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2010年5月13日 (木)

来宮配線図

伊東線の分岐駅ですが、熱海駅の一部のような機能も持っています。

まずは1935年3月。

193503

東海道線側にホームはありませんが、副本線が2本設けられています。
神戸方には入換信号機が設けられていて、下り1番線・下り本線から丹那トンネル内に引き上げた後上り本線・上り1番線に転線できるようになっているほか、下り1番線からは東京方に出発できますので、熱海駅の折返し線が独立したような感じです。
伊東線が右側通行なのは有名でしょうか。理由はよく知らないのですが。
左下の方に「来宮(信)」と書かれていますが、伊東線が開業して駅に昇格したはずですね。

続いて1951年8月。

195108

海側に側線が1本(伊東上り2番線)が増えました。

続いて1961年3月。

196103

海側の側線が微妙に変化しています。

続いて1967年3月。

196703

大きな変化はありません。

続いて1977年10月。

197710

熱海~来宮間が複々線化されて伊東線が分離されました。
伊東線の右側通行も解消されています。
東海道線側では、下り1番線から東京方に出発できるのは変わっていませんが、さらに東京方から上り1番線に進入できるようになっています。ますます折り返し線的色彩が強まりました。できれば本線の内側に副本線を抱き込みたいところですね。

最後に1986年3月。

198603

ほとんど変化はありません。

東海道線の副本線は折り返し用が主体と思われるのですが、単純に待避用として使用されることはあるのでしょうか。

配線図は一部を除きT.Mさんよりご提供いただきました。

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コメント

>管理人さん


「youtube」で、
「熱海~浜松」で、見ました。

熱海→函南 で、その構内配線は、
=
JR東日本(御中)電車の留置線 は、
熱海からの進入での、行き止まり=車止め。

その手前→「来宮駅」+周辺 は、
    複雑なポイント があり、
東海道線側からも→伊東線に 入れる構造。
(=「静鉄電車 入江岡~新清水」みたい な形。)

つまり、
15両留置=片方から入れる で、
それ以外は、乗り入れが できる=来宮+周辺。

あくまで、映像で 確認 です。

名無しさん
そうですね、電留線は神戸方が車止めになっていますね。

>管理人さん。

昔、
「国府津-小田原-真鶴-熱海 =熱海線」開業。

その後、
「熱海-函南-三島-沼津 の 開業 で、
=
国府津-小田原-熱海-沼津=東海道線」に。
-------------------------------
その後、「伊東線の 開業」があり、
その後、「伊東=伊豆急下田」が、1961年に開業。
-------------------------------
なので、「来宮駅=歴史のある駅」ですし。

 来宮の伊東線が右側運転なのは上りの安全側線を設置するスペースが無かったためです。西都城も同じ理由で右側と聞いていますが現地を確認しておりません。
 東海道の副本線2本は電留線になって西側は車止めになっているはずです。どなたか確認をお願いできませんか。

 上はC6217です。

C6217さん、情報ありがとうございます。

東海道本線の電留線、現在はyyoshikawaさんのおっしゃる通り、行き止まりになっているようです。私はむしろ、かつて下り方の本線につながっていたことに驚きました。

下記のサイトに、近年の取材による配線略図が掲載されています。
(線路のつながりだけの図で、信号等に関する記述は一切ありません)
サイト名:配線略図.net
URL:https://www.haisenryakuzu.net/

yyoshikawaさんでなく、C6217さんでした。
お二方に大変失礼いたしました。m(_ _)m

yyoshikawaさんでなく、C6217さんでした。
お二方に大変失礼いたしました。m(_ _)m

(記名漏れでした。重ね重ね申し訳ありません)

こんばんは。
熱海〜来宮の配線には独特さを感じていました。
過去の経緯を含めとても興味深く拝見しました。
必要な設備全てを熱海に設けることができなかった、実際に伊東線が分かれていくのが来宮付近であり、熱海・来宮全体で必要な設備を設けた、様々理由があるのだろうと思います。
海に山が迫る地形の中、当初の設計にも、その後の改良にも苦労があったのだと思います。

 初めの「来宮(信)は東海道線から見れば確かに信号場です。駅はあくまで伊東線内のものとして扱われたものと思います。
 1977年の伊東線複線化は在来の東海道線を伊東線に転用して、東海道線は新ルートへ移りました。これでR400の曲線が緩和されて速度制限が向上しています。
 もうひとつ、来宮信の下り方(丹那トンネル入口)は副本線の分岐撤去に伴い、主本線のR400が緩和されたものと信じていますが、まだ現場確認をしていません。
 この来宮前後の速度制限は運転の大きな制約でした。丹那トンネル内を快走していた列車が、この制限でブレーキを使用するので出口だなと気付いたものです。客車はスハ43、機関車はEF58でした。昔話ですみません。

配線と直接関係ない話ですが、事故を思い出しました。1980年代?、副本線に留置されていた185系電車が熱海駅に向けて出発したところ、丹那トンネルからEF66牽引の貨物列車が出てきて側面衝突。狭隘な地形のため復旧作業は難航したと聞きます。確かにこのあたりの地形では線路を通すのに大変な苦労があったろうと偲ばれます。

 クモイ103さま、この事故のことはよく覚えています。
 焦点は来宮の上り場内信号機が丹那トンホル内にあり、朝日のまぶしい逆光で確認が困難なこととだと報道されています。
 地形は確かに急斜面の中腹であり、熱海線建設のときR400を守るのは大変だったことでしょう。これは丹那トンネルの位置が先に決まり、それに従って現ルートが定まったと聞いています。
 さらに新幹線は万難を排してR1600を厳守していますが、それでものぞみは減速しています。今の制限は???。

皆様
来宮駅付近は厳しい地形であるが故のいろいろな制約があったのですね。在来線の丹那トンネルを通過したことは数えるほどしかなく、ほとんどは新幹線なのですが、待避線のないカーブした熱海駅のホームを減速して通過するときは、難所であることを感じさせてくれます。

 前回の事故のメモ、他の事故と勘違いしていました。トンネル出口のまぶしさだけが強烈でしたので。
 最近の航空写真では分岐器は撤去されていますが、曲線緩和は読み取れません。 
 来宮駅は丹那トンネル建設のズリ(掘削廃土)の築堤上に位置しています。もう地盤は締まって大丈夫ですよね。

かつては、丹那トンネル全体も東京南鉄道管理局管轄でしたが、トンネル内の上り場内信号機から函南方がJR東海になりトンネル内での折り返しができず、副本線は単なる行き止まり電留線になってしまったのでしょう。
よく言われている「来宮駅の配線は東海道本線と不可分」というのがよくわかる配線図ですね。

まここさん
トンネル内で折り返しが行われていたのですか。情報ありがとうございます。

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