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2010年3月21日 (日)

新鶴見操車場配線図 追加

品川同様、過去の記事の後にT.Mさんよりそれ以前の年代のものをご提供いただきましたので、それらをまとめて再度記事にします。

まずは1935年3月。

1935031

1935032

1935033

新鶴見操車場はこれより6年ほど前に開業していますが、まだハンプができておらず、発展途上の段階です。なかなか珍しい配線図ですね。

次に1957年3月。

1957031

1957032

1957033

品川方の丸子信号場、JTBの停車場変遷大辞典によれば1950年5月20日開業、同年8月11日より専用線貨物の取り扱いを開始、1957年7月17日廃止となっています。つまりこの4ヶ月後には廃止となったわけです。
下り線にのみ接続する線路が分岐するだけのこの信号場、いったいどのような運転が行なわれていたのでしょうか。
新鶴見操車場は完全な姿となり、品川の機能の移管が完了したようです。

配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。

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コメント

単なるファンが、図を集めても時期はバラバラ、時として部分図や素描に近い略図であったりするのですが、時期が特定でき、その時期の資料が漏れなく広範に『揃っている』というのは、驚嘆至極です。我々の、たまたま雑誌で見付け得た図や工学書の模式図とは全く違い、或る意味現実の精確な描写で、しかも改良や変遷をたどりうることが可能で、よって論を待たず超一級の資料であり、管理局内でこもり内部資料を調べているような錯覚を覚えます。最近盛岡工事局関係を調べていると、管理局解体に伴い、県立図書館等に資料が散逸したとか、という話でした。それに比べて、です。ともかく偉大です。

ホントにすごいです、誇張ではなく。
しかもご紹介しているのは、T.Mさんの所蔵される資料のごく一部ですから・・・・。

1935年配線図未だ本線抱き込み式になっておらず本線と上り入出庫線の平面交差 後何処の機関区見られぬ機関庫のトラバーサー 不完全な操車ヤード等 既に南武鉄道の連絡線は繋がっている 後とは違う配線に興味がそそります 当時品鶴線は未だ電化されておらずD50が品川から貨物列車を牽引山手貨物は9600が貨物列車牽引して居りました 新鶴見から沼津迄はEF10が牽引していた時代ですね

yyshikawaさん、機関庫のトラバーサーには気づきませんでした。暫定的な設備のようですが、そもそもトラバーサーを「暫定的」に使用するということが有り得るの?って感じですね。

新鶴見機関区のトラバーサーはイカロス出版発行管内機関区構内配線図1964年(昭和39年)には規模は縮小されてますが未だ存在しており其の後撤去されたのでしょう 尾久機関区にも同様のトラバーサーが1957年頃迄存在してました其の後はやはり撤去された様です
更にさかのぼると満鉄(南満州鉄道)の蘇家屯機関区には庫内にトラバーサーが有り機関庫内で機関車が横移動していた 高木宏之氏著満州鉄道発達史P74に写真が掲載されてます 満鉄蘇家屯は交通の要衝であり10線の巨大な機関庫が有り其の中にトラバーサーが設置されていたのです

国内で機関区のトラバーサーは数え切れるほどしかなかった筈なのに、これは詳細な資料をほとんど見かけない機関車用三角線級の未知の分野なのかも知れません。
すぐに思い浮かぶ場所でも、ここ新鶴見に、尾久、宮原くらいでしょうか。(他に短期間でも機関車用変遷台は存在したのでしょうか?)
yyoshikawaさんの言われる満鉄の庫内のトラバーサーは圧巻ですね。機関区好きにとっては海外に多く見られる円形車庫の発見に匹敵するようなお話です。
ちょっと話は脱線しますが、満鉄の機関区関係の資料は意外と豊富で、戦前の国鉄機関区よりも透明感を感じます。
ただ、樺太や台湾、そして泰緬鉄道などの供出車両が活躍した地域よりも、軌道の要素からか、なにか枠外な感は否めず、アフリカ、南米、印度などの海外の機関区枠に感じてしまいます。
また、機関車用トラバーサーに関して独国では(場所は失念しましたが)日本では有り得ないような、トラバーサーとターンテーブルを組み合わせた装置(変遷転車台かな?)があり、技術力の高さを思い知らされます。
なかなか的確にお伝え出来ませんでしたが、他項含め、いつも様々な考察の機会を与えていただいている yyoshikawaさんのコメントに感謝いたします。

yyoshikawaさん、E10さん
そうですよね、機関区と遷車台というのはめったに見かけない組み合わせだと思うのですが、実例が存在する以上、なぜ生まれて、そしてなぜ普及しなかったのかが気になりますね。電機はどうやって乗っていたんでしょう。

E10様 私のコメントで考察を深めていただき申し訳有りません長年趣味で蓄積していた色々な事を新しい人に伝えられればと思い色々コメントしてる次第です
国鉄(鐡道省)と満鐵(南満州鐵道)両者を比べると越道省は国の役所 満鐵は半官半民の私企業
官僚と民間の風土と生風の違いが表れていたのではと思います 当時の情勢から鐡道省は機密扱いになる比率が高った比べ満鐵は企業であり尚且つ設立時よりアメリカ式の規格及び制度を取り入れて居た為比較的オープンだったのでしょう
トラバーサーとターンテーブルを組み合わせた設備に付いてですが実物は確認出来ませんがドイツの模型会社のミニトリックスでしたかトラバーサーにターンテーブルを組み合わせたのを販売していました実物が有るから模型も有るのが欧州の模型事情です
欧州では電気機関車をターンテーブルで方向転換したり蒸気用扇形庫を車庫として利用しておりターンテーブルを中心に放射状に架線を張り対応してます 嘗て流線形電気機関車EF55は構造状片流線でしたので東京と沼津で方向転換しており其の為一線だけ架線を張ってました
路面電車の車庫には用地の関係でトラバーサーが付き物でした 架線は張らており移動時ビューゲルたパンタを下げて移動していましたがトラバーサーの動力用電源用架線は如何だったかは思いだせません 都電錦糸掘車庫で写真撮影して有るので後日確認してみます

追伸
都電車庫のトラバーサーではトラバーサー動力用電源はトラバーサーピットに溝を掘り溝の底に電源用レールを引き其処から集電して可動していた
新鶴見機関区のトラバーサーも其の様な構造であったのではと思います

yyoshikawaさん、解りやすい解説ありがとうございます。
半官半民、鉄道省、なるほどなるほどです。
ミニトリックス。実はバブル崩壊後の頃、神戸市内の模型店で偶然見かけ、清水の舞台から飛び降りるつもりで当時の月給の三分の一程を注ぎ込み購入しました。ただ、模型店の店主が、輸入品だったからでしょうか当時の為替レートで計算して販売していただき、約二割安で購入出来たことを懐かしく思い出しました。
架線付きの転車台は、おっしゃる通り EF55型開発の要因で出現したのだと思いますが、他所では何箇所存在したのでしょうか、興味深いですね。
転車台のカテゴリーで追加項目出来そうな話題かもしれません。f54560zgさんの着目に期待です。

私もyyoshikawaさんのように様々な事を語り継げればと思いますが、機関区関係の情報は鉄道趣味界でもニッチな分野で、f54560zgさんのblog内でも何度も発言させていただいているのですが、如何せん極めて情報や研究が至っていない分野でして、もし若手の研究者がいらっしゃるならば少しでも情報を伝えられればとの老婆心からか拙いコメントを繰り返させていただいていますが、ほとんどの内容は支離滅裂で理解不能な発言ばかり、赤面至極、猛省の日々の繰り返しを過ごしております。

yyoshikawaさん、E10さん
検索するとそれらしい写真を見ることができますね。庫内にトラバーサー・・・、何ともすごいですね。
yyoshikawaさんやE10さんのコメントは本当に貴重です。コメントをお読みいただいた方から新たにコメントを頂けるとありがたい限りです。

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