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2010年3月20日 (土)

品川配線図 追加

品川駅の配線図につきましては、1961年3月以降のものを過去記事にしていますが、その後T.Mさんよりそれ以前の年代のものをご提供いただきましたので、それらをまとめて再度記事にします。

まずは1935年3月。

1935031

1935032

田町電車庫という文字は見えますが、この時代このあたりはほとんどがまだ貨物操車場なんですね。品鶴線はすでに開業していますが、新鶴見の操車場が本格稼動し始めて品川の機能を新鶴見に移し、空いた場所に東京駅の客操機能を移転させるのはもう少し後のようです。
山手線は内回りのホームと外回りのホームが直列的な配置になっており、山手線外回りと京浜線上り(北行)が同じホームの両側に並ぶなど、今とは配置が異なっています。
それにしても2つの転車台が目を引きます。

続いて1951年8月。

195108

もう完全に客操に変わっています。ほとんど痕跡が残っていないくらい大幅に変わっています。まさに一大プロジェクトだったんでしょうね。
品川機関区あたりにも転車台があったようです(1961年3月の配線図には記載されていませんが)。
山手線ホームと京浜線ホームの状況は1935年当時と変わっていませんが、1961年3月では現在のスタイルに変わっています。

最後に1957年3月。

1957031

1957032

1957033

電車線などが省略されていますが、その分線路の数が減って見やすい図になっています。

配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。

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コメント

史的に仔細を充分縦覧できていない者が、品川駅について気の利いたことを記すのはなかなか難しいものです。まず、東海道線からであろうが東北線からであろうが、貨物については、上り到着貨物は悉くハンプにかけられる構造を強調すべきなのでしょう。高輪(?)ハンプと呼称付けられていたとは驚きです。そして仕訳線・入換え線を経て初めて下り出発線に送られるという形で、並立している上り到着線から直に下りとして折返し出発しうる設計を採用しても良いと思えるのですが、列車に差別化がさしてなかったと言うべきか、増加していく貨車に対応すべく、過渡期と言うべきか、考えるに貨物組成の実験場だったのかもしれません。ついで、旅客ホームに並行している貨物中継ホームが存在していたとは、です。小荷物線用として設置された横浜羽沢駅を想起したり、近所にあるトラックのローラーコンベアー式の集配施設の様子を思い起こしたりです。仕訳の様は人海戦術で、手荷物であろうが貨車であろうが今も昔も変わらないのでしょう。また品川電車庫をみてぼんやり新宿駅青梅口にあった電車庫分庫への想像が浮かんだり、東側海側の貨物施設の変遷を整理し得ないなと思ったり、加えて新たに加わった新幹線の施設自体も変容を遂げ、まだまだ知らない歴史上の事実、断片がこの品川駅には新橋・汐留駅より予想を越えて詰まっているような。そんな言葉でしか集約できない駅です。

貨物操車場としての品川の場合は、神戸方・新宿方の発着に比べれば汐留方の発着はごくわずかだったでしょうから、上下のアンバランスが大きい操車場だったんですね。
それにしても私の記憶の中の品川はあくまで客車操車場でして、貨物操車場としての品川はちょっと想像ができません・・・・。

 品川操車場建設の折元々用地は海中でしたので埋め立てにより用地を作りました 埋め立てに使用した土砂は品川区の権現台の所を切り崩して運び出していた 此の時東海道本線沿いに  
 762mmのトロッコ線路を引いてコッぺル蒸気機関車が土砂を積んだトロッコを引いて運んでいたそうです 機関車の蔵は目黒川の所に有ったと私の父が以前話した居ました 土砂を取った後地は新橋に有った新橋工場の移転先用地に成りました現在の大井工場です 東海道本線下り列車で大井町駅の直前に海側だけ崖が有るのは昔の切通しの名残です大井工場の反対側もやはり崖です
ので昔丘が有った名残です

追伸
品川操車場埋め立て工事の土砂運びを行っていたナローのコッぺルの内一両は後頸城鉄道の2号機であると臼井さんの蒸気機関車の系譜に書かれておりました

y yoshikawaさん、トロッコの機関車基地がどこにあったのかをご存知なんて、ひょっとしてお父様もかなりの鉄道好きだったのでしょうか。

 1935年構内配線図は他の時代の配線図では省略された田町駅と大井町駅が記載されており興味が湧きます 田町駅は引き上げ線が二線存在していた事 田町田端間は山手線京浜線の列車が交互に運行してましたので折り返しの引き上げ線は二本必要だったのでしょう昭和30年代始め山手京浜分離後一線のみの折り返し線に変更されて今日の姿となった 大井町駅は後と違い此の時代は品川側の引き上げ線の存在が意外に思いました其れと日清戦争の折引かれた山手東海道間短絡線が間だ生きていた事です唯京浜線に接続されており当時本来の短絡線としての役目は終わっていた其の後短絡線と京浜線との亘線は無くなり折り返し線も無くなり品川方に亘線を設けた 尚大井町駅北行線外側に荷物ホームがアトレーに建て替えられる前頃まで有りました

yyoshikawaさん、今の棒線駅状態しか知らない私にとっては大井町駅はあまり興味が湧かなかったのですが、過去にさかのぼると興味深い駅ですね。

すみません、上記コメントは私です。

 いよいよ山手線に新しい駅が誕生するそうです山手だけなのか京浜東北線もか 駅名どんな名前が付くのかまあ唯の棒線駅ですが
 いよいよ田町電車区のノコギリ屋根の電車庫もそろそろ解体工事がはじまりそうです 写真に撮りにくい場所ですそれと京浜急行線(あの京急とは違います)用高架も消え去るのでしょう何時も見慣れた名物が消えるのは寂しいものです

 いよいよ田町電車区検車庫及び京浜急行線高架防御壁に囲まれ解体準備が始まりました
 品川web写真館という品川区が区民から集めた色々な写真を紹介しておるサイトです此の中に1961年1月21日撮影の品鶴線御殿山踏切と云う表題の写真が有りました当時未だ新幹線工事前の頃御殿山から品川女子高校の脇に降りる今でも有る小道ですが 当時山手線京浜東北線東海道本線とは橋で越えて品鶴線とは踏切で越えてました 此の少し後品鶴線のトラス橋を撤去して新幹線を引く為移転用地を生み出して行く時此の踏切は無くし新しい橋を渡し全部の線路を越える様に作り直しました 丁度新幹線が第一京浜国道下トンネルから顔を出し東海道本線を跨ぐ直前に潜る幅の狭い橋が件の橋です この先直ぐ目黒川信号所が有ります 新幹線が出来る前は川の品川寄りで品鶴線と山手貨物線が分岐してました勿論信号所の建物も有りました 今は川を渡った先で分岐する様変更されました 以上

yyoshikawa様、ご指摘の京浜急行線のスロープには、導入部というか登り始めのエリアが若干削られたような形で、そこにフェンスで囲まれた小エリアがありました。結局あの空間は何だったのかわからず仕舞いのまま、また一つ歴史の生き証人が退場していきます。寂しいことですね。

 田町電車区鋸屋根検車庫も愈々外壁が剥がされ鉄骨だけになり始めました 品川駅7番8番線臨時ホーム東京方此れまでは直線でしたが最近海側へ少しカーブ状態に変更されました 品川駅改良計画図では現在の7番8番ホームが東海道本線上りホームに逐次京浜東北線山手線の順に海側に移設の様です 田町検車庫と京浜急行線(京急線では有りません)高架解体後跡地に東海道本線上り新線を敷設し移設空いた部分に京浜東北線と山手線用線路を敷設と新駅建設後両線を移設其の後高輪側跡地を再開発用地とする模様です 以上

 いよいよ田町電車区鋸屋根の検車庫風前の灯です北側外壁が壊され骨組だけ南側は既に解体済み東京機関区既に無く 何時もそこに有った物が次々無くなり 唯単に再開発と云う名目で高層ビルだけ建てる無意味な都市改造が果たして正しいのか疑問が残ります

yyoshikawaさん、なんともさびしい限りですね。

 8月半ば遂に田町電車区の名物鋸屋根の検車庫消滅 残すは京浜急行線用高架(あの京急では無い)のみとなりましたあとは広大な原っぱが広がっています 何れは高層ビルが乱立するのでしょう

 京浜急行線(京急線では有りません)高架橋愈々解体の為外側に防護壁を作り始めましたマタマタ品川駅の名所が消えます 上り東海道本線6番線が旧8番線に移るそうです 近じか様子を見に行く予定です

 今日久々に品川駅構内探訪してみました現在前コメントの7番8番ホームはまだ工事中で立ち入りは出来ませんでしたので隣の9番10番線ホームは工事完了しており出入り自由でしたので下りてみましたするとビックリ異常なほどホームの幅が広い特に北側(新橋側)は広い 東京駅3番4番ホームも可也広いが其れ以上広い 多分ですが9番線は元の儘の位置で10番線側は旧品川客車区の二本の引き上げ線跡を全部埋めてホームを拡張した様ですだとすれば異常なホーム幅もなっとくいく所です 
 

 

yyoshikawaさん、品川駅レポートありがとうございます。私が直近で品川駅のホームに降り立ったのは2012年9月ですね(ただ通過しただけならその後もあるのですが)。その時は9・10番ホームが立入禁止でした。どんどん変化していく品川駅、これからもレポートよろしくお願いします。

 当たり前な話ですが品川駅は品川区には有りません港区に有ります 更に品川駅の南なのに京急には北品川と云う駅が存在します何故 其れは
鉄道開業時に迄遡登る 横浜より線路建設工事をする折旧街道筋の東海道を避けた川崎宿品川宿の住民が反対したとよく言われておりますが実際は土地買収するのに人口密度の多い所を避け少し外れた所に線路を敷設した 東海道一番の宿場町品川宿を外し少し西側の八ッ山に切通しを開き線路を引いた西側は大名屋敷やお台場作りで土砂等を採取した跡等を利用した 本来の品川宿に駅を開設するとしたら宿場に近い目黒川の鉄橋付近に設地するべきを比較的用地が取りやすい当時海辺の現在位置に駅を作り本当なら高輪か大木戸か札の辻とすべきを有名な品川宿から駅名を頂戴した本当なら品川宿の北なのだから北品川と命名しておけば今日の混乱は起きなかったのにと思います 京急は川崎から線路を延伸してきて品川宿の北に北品川駅を設けました 1872年5月横浜品川間仮開業の折仮駅舎は八ッ山橋の脇に設けられていた様ですぎりぎり品川区でした

 品川駅上り東海道本線6番線先達て工事用障壁で塞がれましたが遂に線路撤去されてしまいました此の先5番線の移転更に山手京浜東北に架かるのでしょう

yyoshikawaさん、日々少しづつ変化しているようですね。

 今朝方気付きましたが東海道本線上り5番線行き先表示が黒塗りされておりました
 愈々上野東京ライン始動直前状態となり行先表示も新しい行き先となるための準備の為表示黒塗りにしておるのです

yyoshikawaさん、いよいよ秒読み段階ですね。

 9 10番線ホーム常磐線品川乗り入れの準備の一ツにホーム中程にグリーン車用スイカ自動登録器が備えられ3月14日を迎えようとしております
 9 10番線の出入りは南行は通常の東海道下り線ルートを通り品川へ 折り返しの北行は新しい電留線脇のルートを経由して上野方面へ向かう模様です

yyoshikawaさん、情報ありがとうございます。

 縦貫線運行再開に伴うニュースとして此れまでは混結されなかった231系と233系の混結が見られます 此の間迄は基本編成10両と付属編成5両は同一形式での運用でしたが今回のダイヤ改正で231系233系混結される様になったのでしょうか
 京急は以前よりチョッパー制御車とインバーター制御車の混結編成は当たり前に行われていました
 

yyoshikawaさん、
>231系と233系の混結
>チョッパー制御車とインバーター制御車の混結
???
スミマセン、???です(汗)

 未来へのレポートと云うホームページに品川駅改良と云うコーナーが有り中に今回の改良工事に架かる前工事途中の配線図が掲載されておりますご参考にしてください

yyoshikawaさん、情報ありがとうございます。
ちょっと勉強させてもらいます(汗)。

 品川駅及び周辺再開発に伴い構内が整理され建築物等が解体されると此れまで其処に存在していたが気付かなかった物が見えてくるものです
 品川駅北端京浜急行高架線立ち上り部の直ぐ側に桜の木が場所に似合わず一本植えてあります 田町電車区職員が潤いを求めて植えた物なのでしょうか 今後配線変更工事の進展の如何によっては切り倒し等も有り得る 田町電車区の生き証人の処遇や如何に・・・
 

yyoshikawaさん、おそらく職員さんの心を癒してくれた木でしょうね。

 以前大森のコメントで書きましたが2012年に鉄道開通140年記念で品川歴史館において特別展品川事始陸蒸気が品川を走るを開催其の折図録が発行されました 当然図録ですので展示物等の紹介が記載されておりました 今日久々に蔵書の山から発見改めて見る 最終ページに1937年度品川駅配線図(青図焼)が掲載されております1935年版の2年後の配線図です両者の違いは然程でもないが八ッ山橋から高架で品川電車区上を通過品川へ京浜電鉄が乗り入れております機関庫のターンテーブルはまだ二ッ存在しております

 追記配線図の話しから少し外れますが京浜電鉄が高輪駅から品川駅に変更したのは1933年の事其の折軌間を其れ迄の1372mmより1435mmに再改軌しました(日本で最初に標準軌を採用したのは関西私鉄ではなく京浜電鉄の前身大師電軌でした其の後東京市電に乗り入れる為に関東路面電車標準軌間の1372mmに改軌其の後湘南電鉄との直通の為再度改軌したと云う経緯が有りました 1937年版品川配線図に記載されて居る京浜電鉄品川駅は現在位置と同じですが当時は4番線迄有り鉄道省品川よりの二線は将来東京地下鉄(現東京メトロ銀座線)直通の為相対ホーム他の二線は兩面扱いの頭端ホーム 二線ずつダブルクロスで北品川よりで平面交差しておる丁度現在の東京駅南側の配線と同じ配線でした 因みに現在の京急品川は3番線までですが上屋柱は3番線が有ったころのまま残ってます相対ホーム線は戦後浅草線乗り入れ時に漸く本来の使用目的に適う様になりました

yyoshikawaさん、「改軌」って、考えただけでもぞっとするような気がしますが、それを2回も(しかも結局は元に戻っている)行うのってさぞかし大変な事業だったんでしょうね。

 当時は今と違い木製枕木犬釘レールも軽量の時代 予め犬釘を63mm外側に仮に打ち込んで置く 改軌の日在来の犬釘を抜きレールを移動させ犬釘を打ちなおすだけでした 区間を決めて順次改軌したはずです 戦後京成がやはり改軌した時は区間を決めて順次改軌で対応しました(新京成は1067mm-1372mm-1435mm三回改軌)近鉄名古屋線は伊勢湾台風で打撃を受け運休中に一気に全線改軌と大阪名古屋間特急直通運転の快挙も当時鉄道ピクトリアル誌に話題になりました

yyoshikawaさん、地上側も大変ですが、車両側も大変だったのでは・・・。

 戦前の話しですので總車両数がまだ少ない時代
当時湘南電鉄は当初より1435㎜京濱電鉄は1372㎜湘南電鉄は名車デ1形後の230形京濱電鉄も同型車を新造湘南電鉄線側に預ける京濱電鉄では特に古い車両は子会社の海岸電軌へ移管状態の良い車両のみ残して改軌したので戦後の京成の改軌や近鉄の改軌に比べ大掛かりでは無かったのではと思います
 配線図の話しから逸れましたがご容赦下さい

 追伸
 京急の品川高架線分部は当初より軌間1435㎜で敷設 改軌完成迄は北品川より国道上を高輪迄乗り入れ 北品川迄は東京市電が乗り入れ短区間の相互乗り入れていた 京濱電鉄としては銀座辺り迄乗り入れたかったのでしょう
 後年京濱地下鐵道計画で品川新橋間建設東京地下鐡道(後営団銀座線)と連絡相互乗り入れの予定であったが東横電鐡の社長五島慶太の横やりで実現出来なかった因みに湘南デ1形のスぺックは東京地下鐡道乗り入れを見越しての寸法でした 東横電鐡は湘南電鐡を買収するつもりでいた
其の為東横線を改軌する予定で改軌対応のモハ1000形を製造 結局東横線の改軌は実現せず戦後モハ1000形はデハ3500形に改番しても廃車迄電車では珍しい長軸車でした
 湘南との相互乗り入れに挫折した東横電鐡社長五島慶太は東京高速鐡道を設立渋谷より新橋迄建設東京地下鐡を買収京濱電鉄の延伸計画をつぶしました 湘南電鐡買収に失敗した敵を討った
 メトロ銀座線の新橋に幻の新橋駅が有るのは此の時の一件が絡んでおるのでした 又配線図と関係無い話で申し訳有りません
 
 

yyoshikawaさん、「幻の新橋駅」の件、初めて知りました。
yyoshikawaさんらしいコメントありがとうございます。

 旧田町電車区検車庫線路部分数日前掘り返されて仕舞ましたコンクリートブロックの残骸のみ現在現場に置かれています 京浜急行高架橋台基礎部はまだ地中に残っております

亀レス失礼します。
信号機関係はあまり詳しくないのでこちらのブログで勉強させていただくことが多く、1957年3月の図を見ながら東京方からの回送列車の進入・進出ルートがどうなっているのか頭をひねっていますが、いまいちよくわかりません。
例えば電車は4.350kmの1Bで分岐して電車到着線へ入るのでしょうが、札の辻各線へどのように入るのかなど、非常に気になる点が多いです。

以前吹田操の解説記事を拝見しましたが、非常に分かりやすくて助かりました。
もし可能でしたら、品川についても進入・進出ルートの記事を載せていただけないでしょうか。
ご検討よろしくお願いします。

 確か札の辻群線は田町電車区の所割でなく品川客車区の所割の筈です ですので札の辻群線
には東京機関区からの機関車回送線が連絡してます
田町電車区は車町群線北町群線
品川客車区は海岸群線月見群線高輪群線白金洗浄群線
と云う感じです 電車到着線から直接東町群線へ移動 又は入出庫線経由北町引き上げ線入線後バックで北町郡線又は札の辻群線と云うルートでしょう 電車は客車と違い自力で動けるので比較的構内配線は単純です
客車は電車に比べ自力では動けぬ必ず機関車が必要入庫時牽引機を外し入れ替え機が連がり構内を移動洗浄群線留置となる
電車気動車客車ヤード等は留置線通路線引き上げ線洗浄線等其れ等を読み取ると如何云うルートで車両が動くか配線図を見乍ら考えるのは楽しいものですね

 1935年配線図隅に田町駅が記載されてますが当時未だ田町田端間は山手京浜共用時代一部の電車は田町田端折り返しでダイヤ調整してしていた関係で折り返し用中線二本なのですね
 戦後田町田端間方向別複々線化後は中線一ッになりました
 田町の中線は現役で使われています品川の山手留置線から回送出庫後田町中線に引き上げて外回り田町発運用とか京浜東北線や横浜線の蒲田所属車の大井工場出場時に使用されてます
 大井入場は品川京浜東北中線経由京浜北行線と山手外廻り線との背向渡り線経由で回送されます

 6月30日のコメントを入力していてふと気付いた事がが有るのです 其れは他の貨車操車場旅客車操車場と品川客車区田町電車区とが明らかに違う 貨車操車場時代より群線に洒落た名称を付けていた事です 他の操車場では東西南北や唯単に仕訳留置としかで表していますが 品川は八ッ山 北町 札の辻 伊皿子 海岸 車道 月見
白金 高輪等 港区の地名(品川近傍)を各群線に付けている事です 操車場を設計した技術者が洒落者だったのか其れとも日本最大の旅客車操車場だから他と差別化を図り地名を群線名にしたのでしょうか 然し残念な事に品川再開発で全て消滅してしまいました 今後此の様な洒落た名称を付ける様なヤードは現れ無いでしょう
 

mc115さん、品川につきましては到着は電車到着線へのルートと月見群線へのルートの2つであり、これは列車としてのルートですので信号機からこれを判断することが可能です。しかしながらそこから先の移動は入換によるもので、入換標識等からその移動ルートを判断するのはちょっと無理です。従って単純に線路のつながりのみから想像せざるを得ず、私が想像するならばyyoshikawaさんと同じになりますね。mc115さんもいろいろと想像してみて下さい(汗)。
yyoshikawaさん、ホントに風流な名前が付けられていましたよね。これがなくなるのは何ともさびしいです。

現在品川駅山手線電留線への入出庫車はダブルクロスと引き上げ線利用で内廻り線関係はスムーズに出来ますが外廻り線には直接入出庫する事は出来ません 一応駅北側に中線は有りますが元々配給列車や回送列車用の為有効長は短いので中線折り返しは出来ません(隣の京浜東北線の中線は10編成折り返し出来る有効長が有ります)
出庫車はストレートにダブルクロスを渡り内廻り線へ出て田町迄回送田町から旅客扱いするか引き上げ線に一旦入線して折り返し品川駅1番線に回送後品川始発で運行
外廻りへは田町迄回送中線折り返し田町発運用に付く
入庫車は内廻りのみで旅客下車後ダブルクロスを渡り引き上げ線入線後折り返し入庫外回りは大崎若しくは池袋止まり後各庫に入庫 別な内廻り運用で品川へ来て入庫するのでしょう
話しは変わりますがほとんど剥がされた旧田町電車区の遺品がまだ遺ってます上り東海道本線脇側の車道群線のコンクリート製車止め二つ組と使われなくなった架線柱が二本未だ遺ってます車止めは車1車 2の表示も残されており電車車窓からも見物する事が出来ます 見るのは今の内です
上り東海道本線の移設山手京浜東北線新駅建設工事に掛かる頃撤去されるのでしょう
山手と京浜東北の立体交差は何処いら辺に作られるのかも楽しみですね

yyoshikawaさん、品川駅に隣接した電留線って今後も使って行くんでしょうか。おっしゃる通り入出庫に手間がかかりますし、「昔の名残」的な感じが強いものですから。

7月4日頃から山手線用1・2番線ホームホーム扉工事開始されました今朝内廻り線側ホーム擁壁工事完了後外廻り工事を継続する予定です山手と京浜東北ホームは現状のまゝの状態で今後も使用するのでしょう 近々上り東海道本線現在使用中の5番線を閉鎖6番線に移行後線路移設工事に取り掛かるのでしょう

yyoshikawaさん、山手線ホームにもホームドア設置ですか。情報ありがとうございます。

追記 山手線ホームドア工事外回り側もドア擁壁の工事が略完了他のホームドア設置駅同様 暫くの間基礎部のコンクリートが固まる迄養生其の後ドア取り付け工事に掛るのです 
東海道本線上り5番6番線の工事情況を述べます6番線線路敷設は済み今日保線工事用クレーン車両(カブトムシマーク)が入線していました 組立済のポイントを所定の設置場所に運ぶ等に使うクレーンです
後は川崎側の半分完成しておる6番7番分岐の完成を持って5番線閉鎖ホーム新橋寄り末端部切り替え工事及び新線に移行工事に掛ると云う工程なのでしょう 東海道本線の上り線の海側移設後山手及び京浜東北線移設工事に掛るのでしょう

yyoshikawaさん、レポート(?)ありがとうございます。線路の切り替えが順調に進んでいるようですね。

来る11月19日~20日に掛けて東海道本線上り線付け替え工事が開始します
19日10時20分~14時20分頃先ず常磐線運休上野折り返し特急ひたち号ときわ号は上野発着
14時20分頃から上野東京ライン運休東海道本線は品川折り返し東北本線(宇都宮線)高崎線東京折り返し 特急スーパービュー踊り子8号踊り子106 108 114号は品川止まり下りサンライズ瀬戸号出雲豪は品川発須賀線最終品川行は大崎行に変更
20日初電~6時20分迄須賀線品川始発4時30分発東京4時55分発は大崎始発4時31分5時06分発変更東海道本線一部列車は品鶴線経由となります湘南新宿ライン山手京浜東北線は通常運行となり他社振替や代行バス運行は当然ながら無しです

yyoshikawaさん、結構大きなイベントですね。現地を見に行かれたらまた様子を教えてくださいね。

11月9日東海道本線上り5番6番線を仕切っていた仮囲いの南側3分の2が徹去され眺めが良くなりました
6番7番線はレールや架線ホーム表面も新しくなりました 配線変更一周間前の状況はこんな感じです
 

yyoshikawaさん、レポートありがとうございます。

品川駅移設工事着々と進んでおる様です 今朝早朝レール運搬工臨貨物列車(空車回送)が8番若しくは9番線に停車してました 
品川折り返しの常磐快速水戸行きに乗車車窓より工事情況を見ました再開発に伴う東西横断連絡地下道路工事もすすんでおる様です新駅は東西横断路に作られる予定です其の先に京浜東北線乗り越し線用基礎と思われる物が点々と新上り線沿いに構築されてます東海道本線上り線が移設された後山手京浜両線移設工事が開始されるのでしょう

11月19日愈々品川駅東海道本線上り線配線変更工事が開始されました
常磐線品川乗り入れ列車は朝から終日運休理由は後程
14時20分迄は東海道本線(上野東京ライン)は通常通りの運行上り最終列車は14時20分品川発1592E宇都宮線直通古河行きでした ホームには鉄ちゃん達がうようよしてました
私は5番線川崎寄りで到着を待ちました到着列車を写してから5番線ルートに別れを告げるべく乗車東京駅へ向かいました下り線と上り線が合流する手前の空地に配線変更本部のテントが数張り用意され多くの工事関係者がおりました
東京から横須賀線で品川へ戻り情況の確認をしました5番線ホームは立ち入り禁止になり階段にはテープが張られ状況説明の張り紙が貼られてました 普段常磐線が使用して居る9番10番線は11番線と共に東海道本線折り返し用に使用されてました 普段めったに231系や233系が入線する事は無いので変な感じです
東海道本線上り線変更は北側を大々的に配線変更する為か其方の方が作業員は多い様です其れに比べ南側は分岐一器の接置組立だけの為か作業員はそんなに大勢では無い様です 
閉鎖した5番6番線ホーム上では仮囲い設置の準備が始まっておりました 
明日6時30分頃からは上り線は6番線が主本線7番線が副本線と云う使用状態になり現在より海寄りルートとなります
続いて5番線北端の直線ホーム部分の解体工事に取りかかり其れが終わると山手京浜東北の海寄り移設工事の開始と新駅開設工事に掛るのでしょう

yyoshikawaさん、レポートありがとうございます。
いよいよ東海道上り線の移設という大きな変化ですね。

11月20日6時30分より東海道上り本線は6番線に変更され5番線は使用停止になりました
11月21日早朝通勤を兼ね移設状況を隣接しておる京浜東北線ホームより見学しました二日前迄頻繁に列車が通っていたので未だレール上端部は光ってました6番線の北端カーブにかかる辺りから5番線側は仮囲いが設置されてました今回は5番線を閉鎖してる為仮囲い内側を見る事が出来ます(此れ迄は6番線と7番線同時工事の為見る事は出来ませんでした)跨線橋の番線表示では5番線は消されても当然ですが7番線も表示が出てません
此れ迄どおり8番線が上り副本線として使用されます
仕事の帰りに品川より東海道本線上り1856M最後部に乗車工事情況を見てみました但し殆どの区間は8番ルート常磐ルートと重複するので目新しさは少ないです一部区間は新規敷設線に移行されてます 構内北側札の辻橋下辺りはS字区間が直線化されてました 旧上り本線は両端はプツンと切られ当分列車が進入する事は無く感慨深く思います

yyoshikawaさん、昨日まで使われていた線路が今日からは使われなくなる、というのは何とも複雑な気持ちになりますね。

今朝5番線ホーム工事仮囲いが南方向に少し伸びました
6番線北端部状況を報告します 新6番線はホーム北端から海側へシフト 真直ぐに向かっていた旧6番跡はホーム部分のコンクリートを崩し中身が丸出しになっておる 古い時代に作られたホームでは周りの部分はコンクリート又は石材でで囲い中に土砂を入れ突き固めホーム上部はタイルを貼るか又はアスファルト等を流し込み造られてます
今日造られるホームは鉄筋コンクリートラーメン構造が主体となり此の様な手の込んだ造り方をする事は無くなりました

yyoshikawaさん、ホームの構造をあまり気にしたことはありませんでしたが、そう言われると確かに都会では中に土砂を入れた方式のホームが作られることはなくなったのかもしれませんね。

品川駅5番線閉鎖工事情況その後について
5 6番線ホーム工事用仮囲いは5日の日にホーム全体に亘設置されました ホーム上屋の蛍光灯も5番線側は全て消灯されました 
此れからはホーム北端部の解体工事及びホーム上面の舗装工事線路敷設為直しの順で進まれるのであろうと思います

yyoshikawaさん、ありがとうございます。今後もよろしくお願いします。

品川駅工事経過情報 
旧東海道上り線は現在駅南方より撤去が始まりました撤去後新たに60kレールと新タイプPC枕木に引き替え工事を行うのでしょう

yyoshikawaさん、ありがとうございます。変化を身近で感じられるのがうらやましいです。

品川駅旧東海道本線上り5番線南端部はホーム辺り迄線路撤去が進んでます残存部も1.5~2m位の間隔でガスバーナーでレールを切断しており今後順次撤去されてゆくのでしょう
駅南端からの線路撤去には其れ也に理由が有るのです 上り本線北端京浜東北線立体交差脇に保線用横取り側線が未だ有り保線DLが一輌取り残されおるのも一つの理由なのでしょうか
然し上り線は両端とも切られておる状態で此の保線DL如何やって本線に戻すのか此れからの楽しみです

yyoshikawaさん、変化の途中では「これはいったいどうなるの?」と思うようなこともあって興味が尽きませんね。

12月23日の時点で品川駅東海道本線旧上り5番線はホーム半分迄線路撤去が進んでいます 此のままのペースだとあと数日でホーム部分が完全撤去されそうです

今日の段階で東海道本線旧上り本線撤去状況ですが略撤去されホーム北端に僅か掛る辺りまで終了してます 其の先は現状では当面完全撤去は行わない模様です

yyoshikawaさん、時々刻々と変化する様子、いつもありがとうございます。

品川駅東海道本線旧上り5番線線路が外されましたが今朝方見ると新橋方かコンパネ(板)が置かれてました建設重機を搬入する為道床の養生に置かれた様ですユンボ等で旧道床の撤去工事に掛るのでしょう
此れ迄は仮囲いの内側が直接観察出来ない状態でしたが東海道本線旧5番線は京浜東北南行線ホームから観察出来る為今後の展開が楽しみです

yyoshikawaさん、邪魔者がなくて好都合ですね。今後の観察、期待してます。

今朝確認した所京浜東北南行線と旧東海道本線上り5番線の間に鉄パイプで柵を組立始めましたと云う事は此の後仮囲いで見えない様にする模様です
現在旧5番線はホーム部分の道床を全て取り除きコンパネ板を置いた状態です

yyoshikawaさん、また邪魔者が出現ですね(笑)。

品川駅5番線工事情況について
現在京浜東北南行線(4番線)と5番線との間に鉄パイプ製柵が作られ始めた事を先回述べました
現場状況からだと仮囲い板を使わない様ですと云うのも仮囲い板を張ると支えの筋交いが必要です
ホーム上の場合は筋交いが設置出来る用地がありますので仮囲いは出来ますが線路間では用地が狭窄しておるので筋交い設置が不可能ですので保護柵だけの可能性が有り今後が楽しみです
TVニュースで新駅建設の鍬入れ式が執り行われたと言ってました 場所は地下工事が行わて居る所の様です

yyoshikawaさん、情報ありがとうございます。
変化がありましたらまたコメントお願いします。

品川駅継続状況 東海道本線旧5番線ホーム北端部は最近撤去工事が始まりホーム上面部分は既に撤去が進んでおります
懸念材料であった仮囲いは設置されずパイプ材とラス網で済ます見たいです
上り東海道本線車窓から新駅及び山手京浜の立体交差部工事情況を報告致します
新駅部分はホームの基礎がぼちぼち作られ始めてます 立体交差部は既に基礎は出来上がっております現在の立体交差部とほぼ同じ場所で海寄り東海道本線新上り線の直ぐ脇に作られます

yyoshikawaさん、立体交差工事も着々と進んでいりようですね。

品川駅工事進捗状況について東海道本線上り5番6番線工事はホーム北端部の直線側は略撤去が済み
ました 引き続きホームコンクリート擁壁の解体とホーム上面のタイル剥がし及び擁壁内の土砂の徹去工事を徐々に進行中です
鉄去土砂は線路鉄去後の跡に小型ダンプがバックで入って来て小型ユンボが土砂やコンクリート及びタイル等積み込んで搬出しております
保線用横取り側線に残された保線モーターカーは旧東海道上り線と京浜東北南行線間にまだ横取り分岐が有りいずれは移動する事でしょう

yyoshikawaさん、現地を見に行きたいなぁ・・・。

3月17日現在の品川駅と周辺の状況を報告致します
東海道本線上り5番線ホーム部線路」は完全に撤去されてコンパネが置かれておる事は以前に述べました 5番線ホームは北側跨線橋から新橋寄りの部分は既に消滅 北側跨線橋階段基礎部分も5番線側は階段際迄土砂が徹去され階段部基礎を木材で補強 跨線橋階段直下迄土砂撤去が進んでおります 
京浜東北北行線乗り越し交差部は現在の乗り越し交差部と略同じ位置東側に基礎部分は完成何れは上部構造物工事に移るのでしょう 

山手線も京浜線もせっかく線路を移設するんだから、品川を出てすぐに線路をねじって新駅は方向別配置にするということは難しかったんでしょうかねぇ

確かにそうです 現在未だ用地に余裕が有るのですから品川を出て直に立体交差させた方が利用者には利便がいいのですが
品川駅と新駅との駅間距離が短いから立体交差を建設するのがめんどくさいとJRが考えておるのか
大崎の入出庫線と山手貨物線の立体交差や代々木新宿間の山手線と総武緩行線との立体交差秋葉原御茶ノ水水道橋間の連続立体交差等鐵道省時代には冒険していたのにJRになってから冒険をしなくってしまっておるのか?
立体交差の距離が稼げぬのなら片方を彫り込んで片方を嵩上すればそんなに急な勾配でなくて距離も短く済むのではと思うのですが

yyoshikawaさん、名無しさん、そうですね、せっかく新しく線路を敷くのであれば新駅は方向別配置にしてほしかったですね。

品川駅東海道本線上り5番線工事進捗報告
現在北側跨線橋階段橋脚基礎部を残して其れより新橋寄りホーム跡は全撤去完了 現在5番線側ホーム上面のタイルを撤去アスファルト舗装化の準備中です 作業上支障となる工事用仮囲い支えの筋交いはホーム床面からでなくホーム上屋から鉄パイプを斜めに下ろし支える様変更されております

yyoshikawaさん、上りホームの大部分が消えてしまいましたか。着々と進んでいるようですね。

京浜東北と山手の新しい立体交差部の工事情況を御報告致します
現在の立体交差の東側東海道本線移設線脇に工事用足場が立ち上がり始めてます近々東海道本線に乗車して新駅及び新立体交差部工事情況を見てみようと思います
其の折又報告致します

yyoshikawaさん、情報ありがとうございます。
続報お待ちしています。

昨日のコメントで近日見に行くと申しましたが今日午前仕事帰りに見に行ました
東海道本線上野東京ラインでは混みますので品川折り返しの常磐線ならば座席に座れるのでそちらに乗車工事情況を見ました
山手京浜東北新駅はホーム基礎が出来つつ有ります橋上駅舎基礎もかなり出来てきております
位置関係は山側のNTNの看板を乗せたビルの辺りです
余談ですが何れ線路が全て移設され跡地を再開発する折現在の国道15号と再開発部の道路とのアクセスが如何なるか?
山手京浜東北の新規立体交差部工事は南側が円筒形の橋脚が出来つつ有ります当然ながら勾配に沿って段々高くなる様作られてます立体交差部辺りは足場を組み鉄筋工事をしております
然も立体交差工事部分の京浜東北南行線線路敷設が始まっております

yyoshikawaさん、新駅のホーム基礎、橋上駅舎の基礎、立体交差部の円筒形の橋脚など、目に見える変化が楽しそうですね。

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