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2010年2月 2日 (火)

弁天橋・浅野・海芝浦支線配線図

鶴見線その3は弁天橋~浅野、海芝浦支線及び川口支線です。

まずは1961年7月。

196107

浜川崎からの電車複線+貨物単線の3線は浅野駅ホームを過ぎたところで海芝浦支線と見事な合流を行います。貨物線はその先で数本の線路に分かれ、その先端は弁天橋駅ホーム付近まで達していますが、運転取扱上は浅野駅の構内に含まれるようです。そしてここが貨物線の本線としての終点になっており、海芝浦方面への貨物列車はスイッチバックすることになります。

196107_2

貨物用の線路は側線として浅野駅を過ぎてもまだ続いており、鶴見小野駅付近まで到達した後向きを変えて鶴見川口駅に到達します。こちらは入換ですからスイッチバックとは言わないのかな?
川口支線の「無名踏切」というのも面白いです。
一方電車線のほうは弁天橋駅に電車区が設けられており、入出区のための線路があります。下り場内信号機には誘導信号機が設けられていますね。

続いて海芝浦支線。

196107_4

196107_3

有名なところですので特に言うこともありませんが、よく見ると新芝浦駅の下り場内信号機には誘導信号機が設けられています。何のため?

次に1986年3月です。

198603

198603_2

他の駅と同様、専用線が整理されてしまっています。特に日本鋼管関係がバッサリのようです。
鶴見川口駅(配線図には「鶴見河口」と記載されていますが)は1982年11月15日に廃止になっていますが、まだ記載されているところを見ると浅野駅に属する側線として残っているようです。
1986年3月時点では浅野駅はまだ貨物取扱い行なっていますが、見ての通り浅野駅本体部分に接続する専用線はすでに廃止済みですので、浅野駅での取扱貨物は旧鶴見川口駅部分での取り扱いのみであったと思われます。安善駅と浜安善駅の関係と同じですね。
1986年11月1日に浅野駅の貨物取扱が廃止されていますので、すなわちこれが旧鶴見川口駅の事実上の廃止、ということになるのだと思います。

配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。
年表はJTB発行の停車場変遷大事典に基づきます。

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コメント

 鶴見線は御承知の如く 1926年に鶴見臨港鉄道(株)として先ず浜川崎弁天橋間と大川線を貨物鉄道開業 1928年浜川崎扇町間開業 1930年鶴見弁天橋間開業 旅客営業開始元々貨物輸送メインの線でしたから浅野のヤードも旅客営業前には出来ていた旅客営業開始後二駅に跨る状態となった 旅客駅として見ると何方に属する?状態なのでしょう 其れにしても鶴見線沿線のヤードや引き込み線等規模的に見て模型的な感じで私は好きです 1961年の配線図に国鉄浅野のヤードと隣接している工場との境に日本鋼管の工場外線が波線で表現されてます 浅野側は運河に面した小埠頭ヤードから海芝浦線と斜に平面交差して直ぐ鋼管浅野工場構内に入り敷地西側から再び敷地外に出て旭ガラス工場引き込み線と平面交差其の侭浅野ヤードの外れで二股に別れ鶴見川口支線と直角交差して鋼管の鶴見川側の工場構内に入る線です 貴兄が写された鶴見線1976年写真の鶴見小野平面交差の写真のもう片方が此の線です どんな車両が此処を通っていたのか何方か御存知でしょうか?
 鉄道線同士の直角平面交差は日本では珍しものです一番有名であったのは阪急西の宮北口駅でしたが法規上軌道法で開業した線ですので平面交差が有っても不思議では無い唯今は廃止されてしまいました 岐阜市内名鉄各務原線と倉庫線との直角交差も遥か昔消えた 田浦の長浦港の臨港線の直角交差も現存するが使われていない 岡山臨港鉄道末端直角交差も営業廃止により消滅 神奈川臨海の塩浜操車場裏の直角交差も廃止 現在唯一残るのは名古屋臨海と名鉄築港線の平面交差だけではと思います

yyoshikawaさん、現実の世界では私はめったにクロスを見かけることはなかったのですが、模型の世界ではごく当たり前のようにクロスの線路が売られていることにすごい違和感を感じた記憶がありますね。

 模型で当たり前に直角クロスが売られておるのは アメリカ市場に輸出する為です アメリカでは幹線鉄道同士が平気で直角平面交差をしています場所によっては複々線と複線が交差してたり日本では先ず考えられぬ事でしょう 態々金を掛けて立体交差にするより平面交差にして信号で列車を制御させる考え方なのでしょう

こんにちは。
鶴見線の配線図、記事、興味深く拝見しました。
この路線が最も賑やかだった時代、1960年代でしょうか、に、一度自分で訪ねてみたかった、自分の目で見て写真を撮りたかったと、いつも思います。
今では、綺麗なデザインの205系電車が行き来し(しかも日中は減ってしまった)、貨物列車が走っている姿も殆ど見かけなくなってしまいましたが、本当の「鶴見線らしさ」はもっと違うところにあったのだろうと思っています。
好きでこの路線を度々訪ねていますが、訪ねる度に、過ぎ去った過去の痕跡を探しに行っているようで、寂しい気持ちにもなります。
今後とも、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/?pc

風旅記さん、鶴見線はまさに工業地帯の中の路線で、ゴミゴミした雰囲気が一種独特でしたね。

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