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2010年1月 9日 (土)

東京貨物ターミナル配線図

1973年10月1日開業の汐留に代わる新しい東京の貨物のターミナルです(駅名そのまんまです・・・)。
同時に浜松町~塩浜操間の貨物線も開業していますので、中間駅としての形態です。

いろいろと話題の多い駅だけに、雑誌等に配線図が掲載されることも多かったような気がします。

まずは1977年10月。

197710
・汐留方からの複線は駅入口で単線になっています。
・塩浜操方からは、駅入口で上下線が立体交差で逆転して右側通行になっています。これだけ見ると、率直に「なんでわざわざ?」と思ってしまいます。
・構内には「上り本線」はありますが、「下り本線」はありません。従って上り列車は当駅を通過可能ですが、下り列車は通過できません。これも「?」です。
・当駅を通過させたい上り列車がある程度想定されていたと考えると、上記2つの「?」は理解できるように思います。その結果が下り出発列車との支障回避のための立体交差と
通過線の設置、という推定です。但し、この時点では塩浜操を経由して直接東海道線に出るルートが確立できていませんでしたので、どちらかといえば汐留経由で当駅にいたるルートのほうがメインではなかったかと思うのですが。
・着発線は全部で10本、塩浜操方に対してはすべての着発線で進入・進出が可能ですが、汐留方に対しては着発1~5番線の5線に限られます。
・コンテナの荷役線は番号が飛んでいますので、将来の拡張が予定されているのでしょうか。入換標識の番号も飛んでいますが、線路番号とは方向が逆です。
・全体としては、着発線・荷役線・留置線・検修線・機関車関係の線路と、わかりやすい配置になっていますね。

続いて1986年3月。
1980年10月1日に横浜新貨物線が開通してようやく東海道方面との直接接続がされ、本領発揮というところでしょうか。

198603

・下り線にも通過線が設けられました。1977年10月の配線図の塩浜操方の立体交差付近に分岐器らしきものが描かれていますので、当初から予定されていた線路なのでしょうね。
・汐留側に平面交差が残るものの一応の完成形ではないかと思います。

しかしながらこの8か月後の1986年11月1日には汐留駅が廃止となり、実質的にはこの時点で終端駅と化したのではないでしょうか。終端駅になってしまいますと、上下の通過線も塩浜操方の立体交差も意味を失ってしまったように思います。
さらに1987年4月1日には浜松町~当駅間の貨物営業が廃止となりました。浜松町~当駅間については現在も旅客営業休止中の扱いのようで廃止ではないようですが、復活はちょっと難しそうですね。

配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。
年表はJTB発行の停車場変遷大事典に基づきます。

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コメント

先に触れたRP誌の図版では、上下本線間の空間にそれぞれの着発線と仕訳線群(ベタ塗り)が描かれており、同駅にヤードの機能が持たされ(「母屋」)、現在の東京貨タは謂わば大きな「庇」部分でありました。計画図を見ると、東へトンネルで抜け、京葉線区有明・行徳貨物両駅からデルタを形成し立体交差で越中島貨物駅に繋がっており、貨物を主体とした東京外環状線の面目なのでしょう、全て立体交差。貨物について同ターミナルは、列車における東京駅に比されると思います。多分塩浜方向から京葉地区への直通、常磐線へは武蔵野操車での折り返しを念頭に入れて計画されたのでしょう。されど、トンネルはしっかり転用され、「母屋」は建つことなく、「庇」は十分すぎるほどに…、貨車検修施設も新幹線用に。

上下本線間が妙に開いているのが気になっていたのですが、そういった計画があったわけですか。
武蔵野操のように新築の母屋を早々に取り壊すようなことにならなくてよかったですね。
配線図下方の検修施設の場所は新幹線に取られたようですが、検修施設は上下本線間に移動したようですね。

 嘗て私が中学生の頃でしたか、可也昔の話ですが自宅から自転車で大井の埋め立て地(まだ大井埠頭では有りません)へ行った事が有りました。
 連絡の橋を渡ると当時未だ埋め立ての真最中辺りの様子の異様さ、生ゴミや燃えないゴミ等が10m位の高さ迄山積され蠅はぶんぶん飛ぶは臭い匂いはするはとても人の居る所では無く早々に退散した記憶が有りました其の後再び大井埠頭へ行くと、綺麗な高層住宅や東京貨物ターミナル駅 海上コンテナ埠頭等に変りあの山積ゴミはどこへ行ってしまったのか 配線図と関係無い話を又述べてしまいましたお許し下さい

yyoshikawaさん、いつもコメントありがとうございます。思い浮かんだことをお書きいただければそれで結構かと思います、ハイ。

 東京貨物ターミナルから千葉方面へ向かう筈であったトンネルは現在千葉方面へ向かう方は閉鎖され千葉方向からは東京臨海高速りんかい線の車庫入出庫線に転用されております りんかい線は御承知と思いますが臨海副都心へのアクセス線ですが新木場東雲間のみ高架あとは大崎迄地下線ですので沿線に車庫が設けられる状況では有りません其の為既に工事の済んでいた東京貨物ターミナルへ向かうトンネルを利用して東京貨物ターミナルの隅に車庫を設けました 山科と大崎のコメントでりんかい線を臨海線と記載しましたが平仮名が正しいのです

 新幹線計画時貨物輸送の計画も有りコンテナ電車方式で運行する予定でした
 当時国鉄は大井埠頭に(当時は未だ埋め立て中の時代ですが)貨物操車場を設ける計画が有りその稿内に新幹線用貨物駅を併設する計画が有ったようです因みに静岡は今の静岡貨物ターミナル名古屋は新幹線名古屋電留線大阪は鳥飼基地に併設の計画でした 鳥飼には貨物用の乗り越え高架の一部が現在も残っておるのは御承知通りです 後に東京は東京貨物ターミナルに静岡は保線基地に名古屋は電留線に転用され現在に至っております 新幹線のコンテナ電車は佐川コンテナトレインで漸く実現しました東京貨物ターミナルは佐川電車の東のターミナルなのは何かの因果でしょうか? 

yyoshikawaさん、国鉄貨物輸送に大変革が起きるとなど想定できなかったでしょうから、今になって昔の貨物輸送に関する長期計画を見るとちょっと寂しい気持ちになりますね。

最近購入した弾丸列車計画と云う書籍 戦前計画され一部工事が進められていたが太平洋戦争の激化で中断した広軌弾丸列車の事を纏めた書籍 当時でも東海道山陽両幹線は飽和状態で有り打開策として大陸直通も考慮して広軌(標準軌)で新線を造ろうとした 当時の事旅客は客車列車貨物輸送も含んだ物で何方も蒸気若しくは電気機関車牽引で150~200kn/hで運行する計画でした 弾丸列車計画用地は後に東海道新幹線計画が持ち揚がったおり利用され短期間で開業に持ち込む事ができた 中でも貨物計画において東京側の貨物駅を何処に置くか当時既に用地取得困難な状況であり東京湾埋め立て地に建設する予定であった場所は未だ大井埠頭埋め立て計画は無く埋め立てが始まっていた品川埠頭天王洲勝島平和島羽田の辺りに貨物駅を設け武蔵中原付近へ貨物線を建設弾丸列車用貨物操車場建設新鶴見操車場へ連絡線を設け在来線と弾丸列車線間の貨物積み替えを考えていた様です 戦後新幹線計画の折貨物輸送も考慮しており其のさいは大井埠頭に新幹線用貨物駅とする計画が考慮されていました
東京貨物ターミナルは当初外郭環状線の操車場として計画されたと何かの雑誌に載っていました

yyoshikawaさん、貨物輸送のカタチが大きく変わってしまった現在から見ると理解しづらい面はあるのですが、当時の貨物輸送を重視する考え方が伝わってきますね。

2029年完成を目指しJRHでは羽田新線工事をニュースしました東京及び新宿と羽田間に新線を敷設する物ですが既存貨物線(東京貨物ターミナル汐留間は既存の休止線再活用新宿へはりんかい線との間に短絡デルタ線を敷設するのでしょう)問題は札の辻橋付近迄は複線ですが其の先は既存線では単線用地しか有りません札の辻付近から地下化するのかは未だ未定です既存の総武横須賀線地下線を利用するのか新たな線の建設かは現時点では未定です どなたか御存知の御方投稿願います

yyoshikawaさん
またすごいことが始まりそうですね。

愈々羽田乗り入れが本決まりになったというニュースがNHKで流てました 問題は色々有るでしょう 先ず新宿方面に向かうには現状新木場方向に向かっている線とは別に天王洲アイル若しくは品川シーサイド方向に短絡線を堀らねばならない当然でしょうがりんかい線との合流地点は立体交差させねばなりません
大汐線跡は札の辻橋手前迄は複線ですが其の先は用地の関係で昔から単線です 札の辻橋付近から地下に潜るのでしょうか横総線に乗り入れるのでしょうか其れとも新たな地下線で東京へ向かうのか何れにしても時間が掛るのではと思うのです 新木場方面は現在のりんかい線が利用出来ますが品川埠頭地下で平面交差してるのはどうなるのでしょうか第二の蛇窪になりかねないのでは此のルートですと成田方面にも直通出来そうですがりんかい線京葉線武蔵野線常磐線成田線経由となりますが・・・

yyoshikawaさん、面白くなってきましたね(笑)。

昨日夜半NHK地デジ番組ドキュメント72時間では東京貨物ターミナルを取り上げてました録画を取りましたが未だ見てません  

>羽田アクセス線

https://news.infoseek.co.jp/article/trafficnews_86585/

やはり田町付近から地下に潜るようですね。

「品川駅の工事状況(yyoshikawaさんから) その30」の記事のコメント欄にも書きました。失礼しました。

yyoshikawaさん
再放送録画予約しました(汗)。

KASAさん
大汐線復活ですね。

KASA様
羽田アクセス線計画田町付近まるで昔の京浜急行線然とした感じもします
連絡部分が単線なのは何れダイヤ上のネックになるのでは・・
旧汐留線に東海道新幹線を移設すればもう一本分用地が確保できるのではと思うのですがライバル関係では難しいか 国鉄時代ならば可能だったのではと思うのですが
東京貨物ターミナル辺りに駅を建設してくれると交通の便が悪い八潮団地が良くなるのではと思うのです

yyoshikawaさん、 f54560zgさん、

旧汐留線の跡地がどうなるのかも気になりますね。

目測によると大汐線の用地は複線分のうち1線のスペースがモノレールの基礎になっているように見えます。そうならば新幹線を東へ移し、山手・京浜東北・東海道の直上にモノレールを配置すればアクセス線の複線用地の確保は可能ですね。
交差スペースは浜松町付近が大きく空いています。無理ですか?

上記はC6217です

皆様
限られたスペースを最大限有効に活用する秘策、ありがとうございます。

たしか大江戸線の工事の時だったでしょうか、新幹線を仮移設していた記憶があります。地上のスペースはあるのでしょうが、もしかすると地下にスペースがない可能性もあると思います。

浜松町のカートレイン用の跡地はもったいないですね。

汐留貨物駅現役時代は、あそこを通るたびに急に幅広になった架線柱の下に、どのように線路が敷かれているのか、興味津々で眺めていたことが思い出されます。

最近旧汐留着発線部分(カートレイン用地)何やら工事機械が多数集結し何やら工事が始まってる様子です新幹線よりにはH型鋼で組み立てられた構造物が立ち上がてます

10月4日より始まった品川歴史館特別展『広がる品川臨海部』を見物しました品川で最初の埋め立ては幕末に始まりました外国の軍艦を迎え撃つ為にお台場構築が最初でした 会場には多数の地図が展示されており特に明治以降の品川付近の地図には当然ですが鉄道路線が記載されており各時代ごとの編纂が解ります 未だ山手線開通前の1878年地図1923年頃大井町短絡線と大井工場が掲載された地図1933年の品鶴線と大崎支線が開通後の地図1939年京浜運河埋め立て計画平面図には品川駅構内から伸びた各埋め立て地を結ぶ臨港線の計画が記載されてます1958年東京港地図にはやはり品川駅構内より伸びた臨港線未だ此の地図の頃埋め立て前の海中に計画線が記載されてます大井ふ頭辺りに操車場の計画も記載されてます同じ地図には越中島駅から晴海ふ頭豊洲ふ頭へ延びる都臨港線や汐留駅から竹芝ふ頭日の出ふ頭への貨物線も記載されてます 品川駅構内からの臨港線計画は後に大井ふ頭完成後田町付近から分岐した大汐線へと発展するのです 其れにしても1950年代頃東京湾は広々とした後に2020年現在の大井ふ頭京浜島勝島平和島昭和島提婆青海海の森有明東雲辰巳若洲夢の島新木場等段々陸地が増えていきますが大半は都から発生しておるゴミの最終処分地です
大井ふ頭開設後の陸側に巨大な住宅地を開発八潮団地となりました品川区内で此れ程の巨大団地が建設出来る場所は存在してません其れだけ大井ふ頭が品川区で重要な存在なのですが都心と連絡出来る公共交通機関は京急バスと東京モノレールだけです以外にも陸の孤島です
今回も144ページの詳細図録が販売されており展示はされてませんでしたが横浜開港資料館所蔵参考写真として1874年撮影の八ッ山橋と切通の写真と個人蔵1907年頃発行の品川海岸という表題の絵葉書既に海上築堤陸側が埋め立てられた様子が映し出されてます 

NHK地デジ放送で夜間早朝に流されている映像放送で時々鉄道関係の映像が放送されてます今朝は運転席からの風景京浜の貨物列車という非常に珍しい番組です川崎貨物駅から神奈川臨海の石油列車川崎市のゴミコンテナ列車台湾向け輸出電気機関車回送風景東京貨物ターミナルの入れ替え風景等普段見る事が難しい鉄道風景を楽しめます
因みに東武東上線京成本線宇都宮ライトウエー鉄道150年記念新橋横浜間等あります

yyoshikawaさん
情報ありがとうございます。

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(公益社団法人 鉄道貨物協会発行『2017 JR 貨物時刻表』58p から引用) 特集が「東海道貨物線」ということで,久々に quot;Rail Magazinequot; 誌を買いました (2018年5月号 Vol.416). 東海道貨物線の特集で何を知りたかったかといえば,大汐線 (大井埠…... [続きを読む]

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