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2009年12月15日 (火)

汐留配線図 1967/3

(1957年以前の配線図はこちら、1961年以降の配線図はこちら。)

Image002

Image004

日本における鉄道の発祥の地です。
東京駅の開業で貨物駅になったものの、東海道線方面に対する貨物の一大ターミナルでした。

着発線は1~6番線の6本があります。上り場内信号機は進路表示機(3進路)つきが1機のみですが、1~6番線の東京寄りにはそれぞれ列車停止標識が設けられていますので、このいずれにも進入が可能なようです。また出発信号機も6機ありますので、このいずれからも出発が可能なようです。
東京寄りの手小荷物1~3番線にも出発信号機が設けられていますので、ここから直接出発することも可能です。

芝浦駅及び東京市場駅へは入換信号機による構内運転方式のようです。

また汐留客貨車区が設けられ、貨車の検修も行なわれていたようです。

私の記憶の中ではいつも貨車や荷物車で賑わっており、この駅が廃止になるなんて当時は本当に信じられない出来事でした。

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コメント

かつては航空写真でよくトップを飾った汐留駅ですが、実際に略図を得たのは、廃された後でした。掲げておられる図では、各線の有効長もしるされ、感謝に堪えません。取り扱い額でトップを競った同駅ですが、作業の一端が伺え、加えて芝浦方の詳細を目にしたのは正直初めてです。現在副都心化(第2、第3?)が進んでいるとか。開業当時の旧新橋駅から、震災で焼けた同駅、東京駅(現)の開業による貨物特化や大井工場の新設、成長期のコンテナーホームの新設等々、玄関から陰の玄関に移り変遷した同駅を懐かしく想像するばかりです。

汐留と同時に隅田川もアブナイかと思っていたのですが、こちらは安泰でした。笹島は消滅、梅田や東小倉は風前の灯火?

 久々に江戸東京博物館に行き 三階広場に汐留地区発掘関係の野外展示が有りました 江戸時代仙台伊達家屋敷跡の船着場石積遺構 新橋駅上水道両頭レール鉄を溶かす炉明治14年新橋駅配線図等展示
 おまけに都電4000形使用D11台車も置かれておりました
 江戸東京博物館は鉄道関係の展示は有りませんが唯一の展示が上記の汐留発掘展示でした
 鉄道博物館に旧鐵道博物館時代からの展示物の新橋駅開業時代のジオラマが有りますが大宮移転時一番古い1874年頃の配線図を基に一部の部分を作り直した様です二棟並んでいた客車庫が一つに減ってます更に参考にした配線図も展示して居ります
 未だ開通直ぐの頃 新橋駅も機関区も客車庫も貨物上屋もシンプルな時代 地方私鉄のターミナル然とした佇まいです

yyoshikawaさん、恥ずかしながら鉄道博物館、まだ行ったことがありません。行きたいなあ・・・。

 明治初期まだ日本の工業力は幕藩時代薩摩藩佐賀藩が早い頃から工業化を推進して居りましたが 其れ以外は家内職程度の時代 工業化の先駆けは先達て世界遺産になった官営富岡製糸と鐵道作業局新橋工場と神戸工場位でしょう 特に鐵道と云う産業は当時他に重工業がまだ殆ど無い時代唯客や貨物を運ぶだけでなく車両の保守整備等があり其れに伴う設備等が必要不可欠な時代 工作機械工場冶金工場木工場等を含む総合的な機械産業でした 事実客貨車は明治半ばには国産化(車輪等の部品は輸入でしたが)特に神戸工場はトレビシックの指導の元蒸気機関車の製造も出来る様になりました 
 同じ様な条件の当時の他の後進国で此れ程早く自国で蒸気機関車製造も出来た国は無いでしょう
 幾ら某国が最近高速鉄道を海外貿易の柱に添え様としておるが車両だけの技術であり総合的な鉄道技術では無いいずれ化けの皮が剥がれるのでは 少し難しい話でしょうか?

yyoshikawaさん、なるほど、鉄道は交通手段の進歩という直接的な役割のみならず、2次的に日本の機械産業の発展に貢献したわけですね。確かにそうですよね。

 文明開化以降日本人が鐵道と云うものに興味を覚えたのは同じ様な後進国の内ではダントツだたのでは其れが証拠には1915年頃には国内各地に線路が延伸され略現在の路線網が形成された
其の内官鐡の路線長より私鉄の路線長の方が長かったのは意外な事実ではと思うのです其れだけ鐵道の必要性に気付き國で建設してくれないなら自分達で鐵道造ろうと思い実行したと云うエネルギーは当時の後進国とは比べ物無いものでは
 同じ様な頃鐵道を引いた某国では全て外国資本の植民地鐵道然も其々別々の規格で造られ統一の無い状態其の後南満州鐵道の規格に統一後現在の状態になれたのはと云う歴史認識は有るのか?配線図とは関係無い話で申し訳有りません

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