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2009年10月22日 (木)

郡山 2002/5/19 その1

1979/7/20、1984/9/29につづいて、郡山はこれで3回目の登場です。
すでに一度掲載した写真も多いのですがご勘弁を。

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とにかく大きい駅です。昔はもっと凄かったんだと思いますが。
すぐとなりに郡山貨物ターミナルという貨物駅がありますので、普通だったら旅客専用駅になるのでしょうが、オイルターミナルの専用線がある関係で貨物取扱駅になっています。

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東京方ですが、駅からはまだちょっと離れたところです。
左側が郡山工場です。

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工場の入口部分に踏切があるので、工場の中が良く見えます。
こんな道を通勤・通学で使っていると楽しそうですね。

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振り返って青森方です。

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本線部分の青森方です。

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少し駅に近づきました。東京方です。

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このあたりに下り場内信号機があります。

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信号機がいっぱいあります。
主信号が4基、進路表示機が2基、金網でわかりづらいですが進路表示機の下には誘導信号機が2基設けられています。

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新幹線の下をくぐるともうすぐ駅です。

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こちらは上の場所の線路をはさんだ反対側です。青森方です。

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青森方です。

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東京方です。

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だいぶ駅に近づきました。
東京方です。

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東京方です。

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その先のほうです。

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青森方です。ホームが見えます。
すぐ手前に安全側線が見えます。この線路は行き止まりですので、安全側線が設けられている理由が不明です。昔の名残かな?

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青森方です。

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青森方です。
まだホームにはたどりつけていませんが、今回はここまでです。

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コメント

【郡山】今回の郡山駅全体の配線図を見渡してみますと、前項郡山のf54560zgさんのおっしゃる現在の転車台付近に機関区があるのが一般的に感じますね。 配線図から読み解く程の視点は無いのですが、やはり磐越西線側の機関区には不思議を感じてしまいます。 実質5方面を廻していた訳ですから、在来線のSL最盛期には白河機関区や会津若松機関区の存在が郡山機関区の位置と規模を許容していたのでしょうか‥。 やはり郡山機関区は磐越線関係の色合いが強い機関区だったようですね。  前項の郡山では、駅舎側に在る肝心の機関区を思いつきませんでした。 関東圏の皆さんにはお馴染みの水上機関区を列挙出来てませんでしたね。 関西から水上機関区を見ますと、どうやら碓氷峠に隠れて水上機関区が見えていなかったようで…。

かつて図示いたしましょうか、というご提示でしたが、実際に掲げて頂き、厚謝申し上げます。実際小生が有しているものはRJ誌(№231-’86-4号)から切り離したもので、どこにも転車台はなく、本屋にそう下り4番の南側に電留1~4を有し、安全側線をもつ2線は南2,3線という呼称になっています。さらに古くなり構造上間違いなくち郡山駅とおぼしき図では北北西側にある扇形庫と、本屋にそう部分にホームがなく、2面のホームがあり、上述の南2,3線は貨物の着発線で現今電留線になっている部分に仕分け線等が記載されています。自身は山陽線小郡駅の西部ヤードを想起したのですが。とあれ郡山操車ないし貨タができる以前の貨物の仕分けの窮屈な有り様を想像させる図ですが、当駅以北の東北本線が単線で描かれているような図で、微細な部分までは想像的にしっくり来ていない様です。工場もあり言わば鉄道の町になっていた筈なのですが。すべて断定できない文体で申し訳なく思います。

E10さん、東北線が電化される前の郡山機関区については申し訳ありませんがよく知らないのですが、電化後は電機は福島配置となって、郡山は磐越東西線主体になりましたね。
水上機関区も本屋側でしたね。水上は上り本線側がすぐ山になっていますので、地形的な理由でそうなった気がします。
SYさん、遅くなって申し訳ありませんでした。
安全側線のある電留線はかつての貨物着発線でしたか。旅客ホームと直列に配置されていたわけですね。確かに、下り貨物をいちいち本線横断させて磐越東線側に発着させていたら大変です。納得です。

1~4枚目の写真を写された踏切は、郡山総合車両センター(旧郡山工場)への線路を渡る道路ですよね。
実は、このうち最も東側の線路(踏切小屋のすぐ脇の線路)を走る列車(入換)に乗ることができる日が、年に1日だけあります。毎年9月に開催される公開イベント(郡山車両センターまつり)で、郡山駅からのアクセス列車が運転されるからです。
私は、2014/9/6に往復乗車してきました。
(当日、枚数限定で整理券が配布され、その配布列のまま乗車ホームへ誘導される、という方式でした。)
入換信号機と操車掛の誘導による走行でしたが、同じJR東日本の青森とは異なり、乗務員の運転時刻表は簡易なもので、列車番号の設定はありませんでした。走行区間が全て同一構内扱いだったためかもしれません。
なお、2015年はデスティネーションキャンペーンに合わせて6月開催だったようですが、2016年以降は9月開催に戻るものと思われます。
以上、ご参考まで。

補遺
↑前回コメントの公開イベントは、正しくは「郡山車両基地まつり」でした。
私が乗った2014年のアクセス列車は、キハ111形2両編成でした。

いやはや、my2000さんのチャレンジはホントにすごいですね。

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