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2009年8月16日 (日)

宇都宮 2007/11/14

ちっとも懐かしくなくて申し訳ありません。

1975年頃の宇都宮運転所にはEF65を中心に90両を超えるELと、入換用のDL、烏山線用のDCが配置されており、一大電機基地でした。

今では、入換用のDLと烏山線用のDCは相変わらずですが、あれだけ大量にいたELは忽然と姿を消してしまいました。

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東京方で、右から5~7番線です。新幹線の下になっています。
1~4番線は新幹線に充てられているため、在来線は5番線から始まります。
6番線にはホームはなく、その隣の7番線が下り本線っぽいです。

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東京方です。8番線です。
確かELの検修庫がこのあたりの左側にあり、多くのELで賑わっていたような記憶があります。

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8番線の先のほうです。

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振り返るとこんな感じ。
9・10番線ホームはちょっとずれています。

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9番線です。
9番線が上り本線っぽいです。

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10番線です。11番線にはホームはありません。

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10番線の先のほうです。う~~ん、美しい・・・。

Image026
振り返るとこんな感じ。留置線が何本か設けられています。

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東京方です。留置線群です。

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その反対側、青森方です。
右奥が宇都宮運転所です。

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ホームから見た宇都宮運転所です。

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青森方です。5番線です。
6番線の信号機は「6出」ではなく、「下1場」です。

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その先のほうです。

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7番線です。
電車が止まっている線路の右の右の線路がどうも「下り1番線」のようで、ホーム部分とは直列に配置されたナゾの線路です。
ホームのない6番線からしか進入できないようですし、また、背中を向けた信号機が見えますので東京方への出発もできるようです。どんな列車がこれを使うんでしょうか。

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8番線です。さりげなく寝台特急を・・・。

Image012
その先のほうです。
8番線の延長上の線路も昔の機待線か何かの名残でしょうか。
今となっては無意味な線路に見えます(安全側線代わりかな?)。

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9番線です。

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上り場内信号機です。

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青森方からです。

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その先のほうです。右側に分岐しているのが「ナゾの下り1番線」ですね。

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青森方です。
かつてはこのあたりに石油の基地がありました。

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下り1番線からは青森方へ出発できます。

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宇都宮運転所です。

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写真ではわかりませんが、門の左側に「表札」があり、「宇都宮運転所」と書かれています。JR移行前後で多くの車両基地が名前を変えましたが、ここは昔ながらの「宇都宮運転所」です。

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コメント

EL機や入換え機、並びに烏山線用のDCに話題が上っていますが、時間的には調べておらず、いつも通りの、か細い記憶では、電車も配置されていました。同駅は無論黒磯駅手前の要衝であったことは間違いないでしょう。配されていた電車は、小金井駅の小山区の完成とともに転区してしまいましたのですが…。ぼんやり美しいと仰せの配線の右側から157が。

SYさん、電車も配置されていましたが、おっしゃるとおり1966年頃には小山に移管されました。逆に、1972年頃までは客車も配置されていました。オハ35主体に20両弱程度でしたが。
私の記憶にある「日光型」は、完全に「あまぎ」専用電車ですね。

宇都宮駅って、小山駅に比べて面白さがいまひとつと思っていましたが。
線路が美しいですねぇ。

LUNさん、電気機関車がいっぱいいた頃は宇都宮もそれなりに面白かったのですが、きれいさっぱりになってからは確かにつまらなくなってしまいました。

【宇都宮】水戸から宇都宮への車内で、機関区としての宇都宮運転所のイメージを膨らませていた私は小山より宇都宮に着きホームに降り立ちました。 今でも耳奥に残るその時の宇都宮駅での呟き…「扇形庫無いやねぇか…」 小走りになりながら(扇形庫がない…。EL庫の奥にあるんかも…) 不安感に襲われながら(あのまま水戸から常磐線で、扇形庫や転車台が無くても、高萩、内郷、平、原ノ町を車窓からだけでも見て長町へ行くべきやったかな…) そんな焦燥感の中、宇都宮運転所の事務所を訪ねました。 事務所迄の道のりで、扇形庫も転車台も既に無くなっているのを悟り落胆しながら事務所に入ると、朝に訪れた水戸機関区のような喧騒感もなく室内はひっそりとしており、助役さんに見学の意を伝えると、構内を案内する人員がおらずで落胆感が頂点に達し…。 いつも見ていた趣味誌に撮影効率なる言葉がよく出ており、当時一日に転車台4ヶ所を基準にしていた私はその言葉が頭をよぎり…。 期待していた宇都宮に長居は無用と、このあと東北筋の、白河 郡山 福島 長町…、やっぱり本命だった常磐筋に戻るには…。 元日の日暮れは早く、ましてやここは東日本…。 日没まで4時間強…、残り半日でどこをどう巡るのか頭が混乱します…。 そんな状態で事務所をあとに駅に向かおうとすると車庫の中に見馴れぬ茶色の何かが…。 まさかと思い少し近づくと前面2枚窓のあの顔が…。  まだ大型スーパーなど見かけ無かった頃、昭和40年代前半だったでしょうか、親の買物に着いて近所のストアーへ時々行っていました。 そのストアーの入口壁側にある陳列棚の一番高い所に、ブリキ製の大きな茶色いEF58の玩具があり、店内で一番の高級品に感じていました。 いつも見ていた山陽路を走るEF58の車体は青色だったので、まだよく見かけていたEF15の車体と同じ茶色のEF58に不思議を感じつつ、そのブリキ製の茶色いEF58が欲しくていつも羨望の眼差しで見ていました…。 そんな幼心の想いがどこかにあったのでしょう、宇都宮運転所の庫内に茶色のEF58の89号機を見つけ、その時ばかりは憧れの機関車に夢中でシャッターを切っていました…。  宇都宮機関区の扇形庫は、晩年には4線分が残っていたようですが、全盛期の全貌はどんなものだったのでしょうか‥。 その位置はf54560zgさんの撮られた写真の宇都宮運転所の辺りだったのでしょうか‥。 また、私はEL庫に関して扇形庫ほど気に留めていなかったのですが、宇都宮運転所のEL庫は国内有数の規模を誇っていたようで、その姿を消してしまったのは残念です。  時の運を感じつつ気力を取直し宇都宮をあとにした私は、時間的に在来線乗換えとなる白河をあきらめ、東北本線の要衝、郡山、福島へ東北新幹線で向かい、その実力を見せ付けられることとなります……。

水戸の記事へのE10さんのコメント、「宇都宮に扇形庫と転車台が有ると聞き」を拝見した時点で、「???」と思っていたのですが、お疲れさまでした。
転車台や扇形庫はおっしゃるとおり現在の宇都宮運転所付近だったらしいのですが、私も詳細はわかりません、スミマセン。
1883年3月末にはEF65とEF58で計67両の配置があった宇都宮運転所は84年3月末にはEF58のみ13両(89も含まれます)、そして85年3月末にはとうとう配置ゼロになってしまいました。それでもしばらくは電機庫は残っていたようですね。
郡山や福島でE10さんを待ち受けていたものはいったい何か・・・・次回、乞うご期待!・・・ですね。

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