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2009年8月12日 (水)

ブルートレイン 1977/1/3

またしても列車ネタで申し訳ありません。
東京駅発着のかつての勇姿を少しばかりご覧下さい(後姿ばかりですが・・・)。
田町と品川での撮影です。

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8レ「富士」です。10時頃の通過です。

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その20分後、4レ「はやぶさ」が通り過ぎます。

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「瀬戸」と「あさかぜ」は2時間半くらい前に着いていますので、品川の客操でお休みしています。

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さらに約30分後くらいに「みずほ」が着きます。
これはその回送です。

19770103f02
最後は2レ「さくら」です。
東京に着くのは11時30分です。もうお昼ですね。

19770103f03
おっと、これはブルートレインではありませんね。
この当時1往復だけ、なんと80系電車が東京駅に乗り入れていたんです。
たしか327M沼津行きだったと思います。

19790620a01
これも無理やりのブルートレインです。
1979年6月20日の品川です。
8114レ~9503レで、多分東海道方面からやってきて、品川でスイッチバックして東北方面に向かう団臨です。

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1979年6月28日の品川です。
8502レ~8107レです。上とは反対のルートで東海道に向かう団臨です。

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コメント

f54560zgさん、こんにちは。
ブルートレイン、なつかしいですね。テールマークがまだ絵入りではありません。機関車はEF65-500でしょうか。
私は山口県に住んでいましたので、朝早くに下りブルートレインをよく撮影しにいきました。はるか1000km離れた東京での姿と山口県での姿が結びついていると考えると感慨深いものがあります。
80系電車もEF58も山陽線を行き来してましたので、東京撮影なのに懐かしさを覚えるのが不思議です。

ashiwodiさん、こんにちは。
お尻ばっかりで機関車がわかりませんが、この当時は東京区(下関もあったのかな?)のEF65500ですね。客車も20系、14系、24系25形といろいろありました。
この時代に80系が東京駅に乗り入れているなんてことも結構信じられないようなことでした

 1970年代中頃御茶ノ水の各種学校の夜学に通っていた折丁度の時間に東京神田間の引き上げ線で待機しておるのを毎日中央線車窓よりみておりました其の頃の20系あさかぜ号はロネ車全車種ロザ車一輌食堂車も繋がり一番豪華な編成であり一度でいいから乗車してみたいと思ってましたが結局乗車の機会は有りませんでした後継の24系は何か物足りない唯寝て行けるだけの存在其れに比べ此の時代の20系あさかぜ号は美しさと絢爛さを兼ね備えた良き時代の豪華鉄道車両であったと思います 北斗星トワイライトエクスプレスが豪華と言われておりますが食堂車は特急電車用からの転用で編成美を壊しているのが残念でした北斗星トワイライト共に車両老朽化と云う事で廃止との事 JR九州の豪華寝台列車もチャチに見えるのは私だけでしょうか

yyoshikawaさん、多分ナロネが5両くらい(しかも一部は個室)とういのがなんとも豪華でしたね。
私の場合は高嶺の花過ぎて乗ってみたいという気持ちにすらなりませんでした(笑)。

 先日上り北斗星を撮影に行ったおり順光で24系寝台車を見ると製造後30年近い車齢外板の歪が可也発生しており やはりそろそろ寿命が来たと思いました 更新すればまだ使えるかもしれませんが夜行列車の運行其の物が近年利用者の減少だから其処迄経費を掛ける必要が有るか
 営業運転寝台列車用の客車製造がカシオペア用以外完全新造は無い事を考えるとやはりと思いました
 戦後日本の車両設計思想が軽量化方向に向かい 長期間使用前提から徒ねに新形車に変更早期廃車方向に向かいましたが それでも車齢30年を超えた車両も今だあります
 JREはどんどん車両交換で新車に変更JRWは車齢50年を超える車両を撤底更新して使用等JR化後各社の懐事情が垣間見られます
 

yyoshikawaさん、長く使う方がよいのか、どんどん取り替えるのが良いのか、難しい問題ですね。

 日本での鉄道車両特に旅客車両の設計基準は戦後軽量化前提の基準に変更された 日本の国土の大半は山岳地帯殆どの鉄道は何等かの形で必ず山岳地帯を縦断せねばならぬ 勾配区間では列車牽引定数の関係で従来型の客車では一車輛辺りの重量が重い為編成輌数が長く出来なかった 国鉄技術人は同じ様な環境のスイス国鉄が戦前より造っていた軽量客車の設計思想を導入其れと戦時設計のモハ63000形電車で実祥済の外板や床梁の省略設計等を参考にナハ10系軽量客車を投入 さらに超豪華動くホテルと銘うった20系客車を登場させました 北斗星トワイライトエクスプレスが豪華といわれておりますが20系寝台列車は屋根高さが揃い窓高も全車揃い塗装も其れ迄のダサい塗装でなくブルーの美しいカラーとクリーム色のピンストライプを全車に渡り廻し美しものでした 然し軽量化は逆に車両寿命の面では戦前製車両よりは短命となった長年使い続けるか次々新車を作り続けるか現在のJR東日本とJR西日本の考え方に現れておるのでは

yyoshikawaさん、車とか家電製品で考えますと、長年使い続けるよりはある程度の時期で買い替えるほうが一般的かもしれませんね(笑)。

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