« 日光 1986/8/17 | トップページ | 下新田信号場 2002/8/4 »

2009年7月 4日 (土)

桐生 2002/8/4

Photo

これも最近の訪問でスミマセン。
桐生と、そのとなりの下新田信号場です。

桐生は、地平時代には桐生機関区が設けられていたようですが、高架化されて無駄のない、別の言い方をすれば味気ない配線になっています。

下新田信号場については、次回。

20020804b05
両毛線は小山から新前橋に向かうのが上りです。
これは上り場内信号機です。

20020804b09
小山方です。

20020804b12
その先のほうです。

20020804b07
新前橋方からです。

20020804b06
新前橋方です。信号機が4本並びます。

20020804b13
その先のほうです。
一見複線に見えます。実際、2本の線路は並んだままお隣の下新田信号場に至りますが、本線は右側の線路で、左は側線です。

20020804b04
新前橋方からです。う~~ん、無駄がなさすぎて個人的には好みではありません。

20020804b03
何の写真だかわかりませんが、下り場内信号機です。

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
バックナンバーはこちらからどうぞ。

« 日光 1986/8/17 | トップページ | 下新田信号場 2002/8/4 »

コメント

下新田の上り場内信号機と桐生駅の上り第二出発信号機の間に下りの第一場内信号機があるようです。(53キロ967メートル地点)

記事には書きませんでしたが、気になっていたものとして上りの第2出発がありました。「何のために第2出発があるの?」
T.Mさんのおっしゃるとおり下り第1場内があるのであれば、下り第1場内~上り第2出発の間に何かがありそうですね。フツーに考えれば分岐器ですが、確かなかったような・・・。昔はあったのかな?

桐生駅の高架化以前の昭和47年3月現在の高崎局の構内配線略図でも下り第一場内と第二場内、上り第一出発と第二出発になっています。
この時点では渡良瀬川の鉄橋は単線のままです。
昭和33年の線路図では下新田(信)の遠方信号機が二本(両毛線用と足尾線用)渡良瀬川橋梁より桐生方(53キロ830)に建植されておりそれより下新田寄りに桐生駅の遠方信号機が建植(53キロ950)されていたみたいなのでその辺の関係かもしれませんね?

停車場間の距離が短い上に渡良瀬川橋梁が存在する関係で、所定の位置に信号機を建植できなかったとか、そんな関係でしょうか。複雑な事情があるのでしょうね。下新田(信)のナゾに追加です。
それにしても、桐生駅を出た上り列車が下新田(信)の下り遠方信号機を通過してから桐生の下り遠方信号機の脇を通り過ぎていたというのはすごいですね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/506157/45528785

この記事へのトラックバック一覧です: 桐生 2002/8/4:

« 日光 1986/8/17 | トップページ | 下新田信号場 2002/8/4 »

過去の記事

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ