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2009年7月15日 (水)

甲府 1977/8/6

Photo

この当時甲府機関区には中央東線用のEF64・ED61、身延線用のEF10が合計50両あまり配置されていました。
甲府客貨車区にも少し前までは営業用客車の配置があったのですが、この時点では事業用車のみの配置でした。
車両基地に貨物設備と、すべてが集められた一昔前のタイプのターミナル駅でしたが、今ではそのどちらもなくなってしまっているのでしょうね。

1977080601
甲府機関区です。ED61はほとんど絶滅寸前だったかと思います。

1977080602
身延線からの625Mです。
折り返し中央線の運用に入るんでしょう、行き先表示が付け替えられています。
手前からクハ47007+クモハ60804+クハ47053+クモハ41850です(クハ47007しか見えませんが)。

甲府の写真はこの2枚しかありませんので、以下はオマケです。

19770806b02
上諏訪です。
飯田線・平岡発の239M折り返しの242M駒ヶ根行きです。
クモハ54106+クハ47155です。

19770806b01
反対側のクハ47155です。ちょっとゲテモノっぽい電車です。

19770806b03
同じく上諏訪で、新宿発松本行き427Mです。
クモユニ82002+クモハ115-323+モハ114-359+クハ115-408+サハ115-328+サハ115-329+クモハ115-324+モハ114-360+クハ115-410です。中間にサハを2両入れた中央東線独特の編成です。

19770814c01
これは1977年8月14日、スイッチバックの桑ノ原信号場です。
1003M「しなの2号」を待避する432M長野発新宿行きです。

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コメント

甲府駅を利用したのは一度だけ、身延線への乗込みです。視野に線路が在れば反射的に本数を数え、構造を把握できるような視点を探すのですが、そうした行動をした覚えがないほど疲れていて、身延線の車窓すら思い起こせません、要は奈落の底になった座席で爆睡したのでしょう。とあれ、低屋根タイプという語がどうしても想起します。機関庫も長さがあり、かつてはDCも扱っていたのでしょうね。さらに西部の留置線の配線を具体的に初めて知りました、航空写真で見ると結構な距離ですね。労に感謝したいと思います。

私も航空写真見てみました。貨物設備も車両基地もきれいさっぱりなくなっていますね。身延線ホームも中央線寄りに移設されたんでしょうか。
西部の電留線だけは変わっていないみたいですね。あんなに駅から遠い施設ですから、機関区や客貨車区をなくすなら、その跡地に電留線を移設すればよかったのに、と思ってしまいます。

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