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2009年7月26日 (日)

1975 池袋

Photo

最初に訂正がひとつ。
田端方での山手線と赤羽線貨物・入出区線との立体交差は、配線図では山手線が上になっていますが、正しくは山手線が下です。失礼しました。

さて、その池袋駅の線路配線は、
・山手線と赤羽線の分岐駅
・山手線側は客貨が分離された複々線、
 赤羽線側は客貨一緒の複線
・池袋電車区への入出区
・貨物扱い
・西武との授受線
といったような関係でいろいろ複雑です。

旅客ホームは島式2本で、配線図でいうと、確か下から1~4番線だったような。

赤羽線は4番線で単純に折り返しており、山手線とは系統的には分離されています。
ただし、赤羽線電車が池袋電車区に入区する際は、赤羽線のすぐとなりに電車区がある割には直接の出入りができないため、4番線からいったん品川方の引き上げ線に入り、折り返して1番線を通って入区していたと思われます。

山手線電車の入出区は田端方のSS等を経由して直接行なわれていたと思われます。

山手線の上をまたぐ(配線図ではくぐっている)3本の線路は、おそらく上から
・赤羽方面への貨物の本線と池袋電車区への入区線の共用
・赤羽方面からの貨物の本線
・池袋電車区からの出区線
であろうと思われます。

1番線には田端方からは進入できませんので、池袋始発の山手線内回り出発用、または上記赤羽線電車の入出区時の通路という使い方だったのでしょうか。

1番線ホームの下側には貨物用の貫通した線路が9本ありますが、これが良くわかりません。
単純に考えると、1番線に近いほうから順に、
・不明。多分側線ではなく本線だと思うのですが。
・赤羽方面及び田端方面への本線
・赤羽方面からの本線
・田端方面からの本線
・田端方面への副本線
・田端方面からの副本線
・以下側線
ではないかと思うのですが・・・。

以上のように、大変興味深いところがいっぱいあるのですが、これ以上の資料がありません。あしからず、です。

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コメント

池袋を取り上げていただきありがとうございます。私の実家が板橋区内にあるため、池袋はいまでもよく利用しています。

線路名称ですが、豊島区郷土資料館で行われた2004年度第一回企画展「えきぶくろ」の図録に載っている昭和47年当時の配線図(「線路図 東北線」より抜粋されたもの)によれば、東上線側より、

赤羽電車本線
山手電車下り本線
山手電車上り本線
山手電車上り1番線

赤羽貨物下り1線
山手貨物下り本線
赤羽貨物上り本線
山手貨物上り本線
山手貨物上り1番線
山手貨物上り2番線
以下側線で 仕訳1~7番線

で、SYさんが書かれている通りだと思います。出発信号機から推定すると山手貨物下り本線が、赤羽・山手貨物共用の下り本線になっているようです。

訂正です。上の「赤羽貨物下り1線」は、

「赤羽貨物下り1番線」が正しいです。たいへん失礼しました。

池袋駅で正直乗降したことがない関西人なので、単なる知識と関心からしか言えませんが、文字通りの旧来の山手線で、大崎・新宿(いつまで改造が加えられるのでしょうか、でも青梅街道側が多分決定要因なのでしょう)と並ぶ、配線改善が課せられた駅です。確かに機能化されていっているようです。今後も東京圏の人的流動のあり方如何でまた改造が加えられるかもしれません。とあれ貨物と車両基地に注目する身故、図上貨物設備、旧池袋電車区、西武方の貨物の授受が垣間見え、田端も活きているような感も覚え、なんとなく長閑な様が浮かびます。いつも通り深く謝したいと思います。

専用線好きさん、ありがとうございます。
池袋駅の貨物の線路は結構複雑になっていて、ちょっと見ただけでは理解しにくいですね。
SYさん、おっしゃるとおり当時は長閑(「のどか」って読むんですね。最初は「チョウカン」って読んでました(汗)。)でしたね。埼京線やら山手貨物線の旅客化やらで、今はどうなっているのでしょう・・・。

SYさん、f54560zgさん、

まずはお詫び申し上げます。上のコメントの中で、 SYさんとf54560zgさんのハンドルネームを取り違えてしまいました。たいへん失礼なことをいたしました。申し訳ありませんでした。

かつての貨物線部分に二つの旅客ホームがつくられ昔に較べて大きく様変わりした池袋駅ですが、それでも、お隣、板橋駅の貨物扱いがあった頃までは、「なんとなく長閑な様」を、私自身としては感じられたように思います。

最近は、埼京線電車のATCとATS-P区間の境界ということで、信号関係の種々の標識が観察でき、私にとって、興味のつきない駅になっております。

専用線好きさん、ぜんぜんOKです。私も、「そうだよなぁ、確かSYさん、そんなこと書いていたよなぁ」って思っていましたから。
池袋駅の変わった姿、見たいですね・・・って言うか、最近東京へ行ったことがありません・・・・。

赤羽線電車の入区方法は、記載のとおりです。当時、実際に品川方の引き上げ線に黄色い電車が入るのを見ました。やはり板橋方には車庫への線路はなかったようですね。
私も実家が板橋(家から赤羽線が見渡せた!)でしたので、池袋はよく利用しました。
板橋駅の貨物駅も懐かしいです。

mrdocさん、コメントありがとうございます。
素人的には、池袋電車区のすぐ脇を赤羽線の線路が走っているわけですから、何もそんなややこしいことしないで、直接出入りできるようにしてしまえばいいのに、とついつい思ってしまいます。
写真があればよかったのですが、申し訳ありません。

池梟の銅像。
東が(西で)西武で、西が(東で)東武。
何度行っても同じ場所に辿り着いたことがない不思議で複雑極まる駅です。
新宿は目を瞑っていても歩けますが・・・・・。

あれっ?TOさんは新宿・池袋界隈にも頻繁に出没するのですか?

昭和54年から56年まで東京の小平にいましたので、新宿は西武新宿の帰り道でした。(歌舞伎町を毎日横切ってです。)
また、2回目の東京は、昭和62年から平成16年迄で、小平、小石川、葛西等にいました関係で新宿はよく知っている次第なのです。
池袋は、丸の内線で寝過ごし、時々御厄介になったところでもあります。
出没というより、生活圏内だったのです。

丸の内線お茶の水から見るJRお茶の水駅、絵になりますね。

TOさん、それはそれは大変失礼いたしました。平成16年っていったら、つい最近ですね。
JR御茶ノ水駅からは丸の内線電車をよく見かけましたが、その逆は、すみません、ありません。

池袋駅田端側引き上げ線から直ぐ一本分かれている側線が有ります 私の記憶では確か其処に竹屋?が有り其処に通じて居た様です貨車一両位の長さの引き込み線でした 現在パルコ2の辺りかと思います何せ電車の窓から見た様子ですのですので本当かは解りません 

y yoshikawaさん、竹屋?ですか。何でまたこんなところに・・・。

割り込みで失礼します。

昭和36年3月現在の線路図にある池袋駅の配線略図をみますと、その側線が記されており、

「栃木屋線 40M」

とあります。

池袋のパルコ2のあたりは、現在でも、昭和の面影が残っている地帯ですよね。

山貨全盛時代竹を山積にしたトラ45000が貨物列車に繋がっていた事が有りました 加工済み木材未加工丸太等と同じに竹も貨車で運んでいたのです 池袋とは関係有りませんが

KASAさん、うわっ、それ今度見せて下さいね。
y yoshikawaさん、トラに竹ですか。なかなか珍しいと言いますか、よく記憶されていましたね(笑)。

f54560zg さん、返信をいただきありがとうございます。

只今、準備中ですので、いましばらくお待ちいただければと思います。

遅くなってしまい申し訳ありませんでした。                                                                  

KASAさん、期待しています。よろしくお願いします。

昔の池袋、懐かしいですね。
今では2本のホームが追加されて貨物側線も消えてしまいましたが、東上線の線路が伸びていたのと赤羽線が東上線脇のホームを1線のみ使用してカナリア色の電車が走っていたのが思いでですね。
板橋のコンクリート工場の引き込み線跡も現在でもビルの脇二微かに残されていますね。
私が現在非常に気になるのは少し飛んで川口なんですが川口と西川口間の旧サッポロビール工場への引き込み線用だった京浜東北線、東北本線を跨ぐ高架橋です。
現在では全く無用の長物となってしまった高架橋ですが何しろ京浜東北線、東北本線を跨いでいるので簡単には解体工事をすわけにもいかず、いつまで鉄道遺産として残るのか「廃」なもの好きマニアにはたまりません。

457系さん、塩浜~安善間の高架橋も気になりますね。

f54560zgさん、この場をお借りて、ホームページ開設についてご挨拶させていただくことをお許しください。

準備に手間取ってしまい、大幅に遅れてしまいましたが、このたびホームページを開設しまして、池袋駅の配線略図をアップロードしました。

配線略図のみで、写真、解説などはありませんが、興味がある方は、投稿者のKASAの部分をクリックしていただき、是非、お越しいただければと思います。

今後、少しずつですが、拡充していきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

KASAさん、「祝ホームページ開設」です。今後の展開に期待しています。

ありがとうございます。

 KASAさんのホームページ拝見致しました1951年1961年1972年各時代毎の池袋駅の配線の経過状況が解り参考になりました 特に国鉄と東武鉄道間の貨車授受線の状況が漸く解りました
 鉄道ピクトリアルの東上線特集号に戦後進駐軍のグランドハイツ引き込線啓志線記事が有りグランドハイツから進駐軍専用列車が此の授受線から出入りしていた 唯私の認識では1961年版の授受線の状況でした即ち東上線上下線に亘り線が無い状態でした 授受線と下板橋の間で構内運転であったのかと思ってました 1951年版配線図で当時は上下間に亘り線が存在していた事でした 余談ですが啓志線の進駐軍専用列車は国鉄の9600形蒸気機関車が牽引していたそうです 同じ特集号で1950年代東上沿線から国鉄へ直通の団体列車が運転されたそうです 当時ですので当然客車ですが牽引は国鉄のF型電機が直接東上線に入線したそうです 当時国鉄のF型電機が私鉄線に入線した例は殆ど無いでしょう

 追記以前トラに竹を積んでいた話をコメントしましたが 写真を写していましたのでコメント致しました

yyoshikawaさんの貴重な写真、拝見したいですね。

 池袋の近所 今は棒線駅になってしまった目白大塚巣鴨は嘗て貨物扱いをしておりました 今では商業施設や集合住宅ホテル等に変りました 大崎恵比寿渋谷新宿等は品川機関区から入れ替え機が来て入れ替え作業を行っていました 目白は都内の貨物駅では珍しく貨車移動機が常駐しておりました都内に有ると云う事で東京在のファンには有名でした 

yyoshikawaさん、コメントをいただき恐縮しております。ありがとうございます。

昭和26年(1951年)1月20日改正の東上線の運行図表のうち、啓志線部分の写真と説明が下記のブログにありました。

http://akatsuka-tokumaru.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/wao-89a3.html

国鉄池袋が「省池袋」となっているなど、時代を感じさせられます。

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