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2009年6月 4日 (木)

2001折尾

Photo

陣原で完全に分離された鹿児島線と筑豊線(連絡線)の方向別複々線はここでお別れです。
本来の筑豊線は若松~原田ですが、どう見てもメインは連絡線側です。
あとから無理やり連絡線上にホームを設けたためでしょうか、本線ホームとはずいぶん離れてしまっています。

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鹿児島線・門司港方です。

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鹿児島線・鹿児島方からです。
ホームの上屋が対照的です。

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鹿児島線・鹿児島方です。
鹿児島線ホームは全長にわたってカーブしています。

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筑豊線(連絡線)・門司港方です。

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筑豊線(連絡線)・門司港方からです。
この位置での鹿児島線は折尾駅の下り場内信号機が見える程度ですので、ホームはまだまだ先の方ですね。

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筑豊線(連絡線)・原田方からです。
電化の準備が進んでいます。

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筑豊線(連絡線)・原田方からです。
跨線橋はなく、踏切です。後年設けられたホームですので簡素です。

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鹿児島線のホームと連絡線のホームはつながっておらず、いったん改札を出なければなりません。連絡線側には独立した駅舎(?)のようなものがあります。ナゾのキャラクターもいます。

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線路は連絡線で、右が門司港方です。
踏切の向こうに鹿児島線の駅舎が見えます。

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もう少し原田寄りにはこんな遺構も。
廃止になった西鉄線の折尾駅です。連絡線の上をまたいでいたんですね。

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筑豊線・若松方です。鹿児島線の下をくぐります。
昔のままっぽい雰囲気です。

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筑豊線・原田方です。

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筑豊線・原田方からです。
連絡線が右から寄り添ってきます。

20010512e07
筑豊線・原田方です。
若松方面からはいったん単線になって連絡線に合流します。こっちが本来の本線なのでしょうが、電化もされず邪険な扱いをされています。

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コメント

本当は大動脈はこの駅で終わったわけではなく、若松方にも大きな支脈が有りました。ついでに言うなら門司港~折尾駅間には製鉄所関連の配線もあり、旧大蔵方の廃線もあり、近年の旧枝光駅付近の配線変更もあり、まだまだ見守るべき線区でしょう。いかにして九州社は生かしていけるのか、それを問われている気もしますが、新幹線に流れそうな感じです。さて、折尾駅も南方に、筑豊線用の単線矩形・複線馬蹄形のトンネルを設けつつあるという。現今の鹿児島本線駅にそってホームが3面で揃えつつある様子。準都市化と言えるのでしょうが、ばっさり過去が消えてしまう感じを有してしまうのは、退役を強いられた一ファンなんでしょうな。この駅は実に興味深いと構造的に抱いているのですが。

雑誌の写真で見ましたが、昔の若松は石炭車のにぎわい方がすごかったようですね。若松へも行ったのですが、カメラの中でフィルムがちぎれてパーになりました。もっとも、昔の若松を想像させるようなものはありませんでしたが。
折尾駅は構造も独特ですし、建造物も古いものが多く、魅力的な駅です。

折尾駅の線路は楽しいですよね~。
駅舎が工事で取り壊されて配線も改良される?ということで、今春も見に行ってしまいました(笑)

昔は鹿児島本線から若松方面に抜ける短絡線もあったんですよ。
まだその線路が残っている頃の写真もあります。
線路の九州シリーズを書きたくなりました(笑)

折尾駅はなかなか面白みのある駅ですよね。
鹿児島線から若松方面への短絡線があったことは訪問後に知りました。事前に知っていれば痕跡ぐらい探したのに・・・。
九州シリーズ、お待ちしています。

お二方の話題の、若松方からの鹿児島本線折尾駅への短絡線は一時駐輪場に転用されていたようですが、ここが若松方筑豊本線として蘇り、折尾駅北側の貨物等用旧4~6線辺りに若松方のホーム1面が設けられ、さらにその先単線で鹿児島線をアンダークロスして、黒崎駅からの複線短絡線と共に住宅地をトンネルでカーフし筑豊本線に至る形に改変される工事が進行中です。鹿児島線駅から離れた筑豊短絡線ホームも、地平の筑豊本線ホームも消えてしまうことになります。全線同一平面にのる、ということです。この改良工事計画の概要には衝撃を覚えたのすが、2001年工事着工、2019年完成予定です。ともあれ、趣のある駅舎は多分3面(鹿児島線が2面3線のままなら4面か)の高架ホーム下に収まってしまうことになるのでしょう。

確かに衝撃ですね。今の折尾駅の形態は、個人的には大好きなんですが、客観的には非合理的すぎますよね・・・。

折尾駅
昨年行きました。と言っても、その先の若松に所用がありで降りただけのことですが、昭和56年以来28年ぶりのことでした。
その時も出張でのことでしたが、一人でしたので若松まで列車に乗り、筑豊本線の男性的な鋼のような鉄の路を堪能しました。
複々線だったと思います。
在りし日の情景が蘇ってくるような路線でしたが、淋しさも漂う路線でもありました。
もう一度、それを味わいたかったのですが、今回は先輩方2人なのでままならず、タクシーでの移動となったのです。
折尾って本当に不思議な駅ですね。
今回の写真、解説、配線図を見てあらためて感動しました。
広島の帰り道なので、九州にいるうちに一回は在来線でせめて下関(新下関まで)帰り、途中下車してみようかと思っているところです。

ところで、あの複々線はまだあるのでしょうか。
また、あれは複々線だったのでしょうか。それとも単なる複線だったのでしょうか。
「中島みゆき(吉田拓郎)」の歌ではありませんが、「永遠の嘘をついてくれ」という心境でもあり、記憶の嘘を確かめてみたい衝動にもかられているところです。
いつまでも残って欲しいと路線と切に祈るところです。

折尾駅
昨年行きました。と言っても、その先の若松に所用がありで降りただけのことですが、昭和56年以来28年ぶりのことでした。
その時も出張でのことでしたが、一人でしたので若松まで列車に乗り、筑豊本線の男性的な鋼のような鉄の路を堪能しました。
複々線だったと思います。
在りし日の情景が蘇ってくるような路線でしたが、淋しさも漂う路線でもありました。
もう一度、それを味わいたかったのですが、今回は先輩方2人なのでままならず、タクシーでの移動となったのです。
折尾って本当に不思議な駅ですね。
今回の写真、解説、配線図を見てあらためて感動しました。
広島の帰り道なので、九州にいるうちに一回は在来線でせめて下関(新下関まで)帰り、途中下車してみようかと思っているところです。

ところで、あの複々線はまだあるのでしょうか。
また、あれは複々線だったのでしょうか。それとも単なる複線だったのでしょうか。
「中島みゆき(吉田拓郎)」の歌ではありませんが、「永遠の嘘をついてくれ」という心境でもあり、記憶の嘘を確かめてみたい衝動にもかられているところです。
いつまでも残って欲しいと路線と切に祈るところです。

すみません。
手が大きいのと、携帯からの投稿でしたので、最初のが確認できないまま、同じものを送信してしまいました。
最初の投稿、削除お願い申し上げます。
失礼しました。

またまた、投稿させて戴きます。
読めば読むほど「折尾駅」のよさに酔ってしまいます。
ところで、「ダブルスリップ」って専門語と思いますが、どういう意味でしょうか。
駅自身が・・・から察するに、線路の組み合わせと想像するところですが、あたらずとも遠からじ、であれば、と思うところです。

今気付きました。
線路配線図では、複線ですね。
嘘でも複々線にして下さい。
なる訳ないですよね。

今後もよろしくお願い申し上げます。

TOさん、5連発ありがとうございます。
せっかくですからこのままにしておきましょう。
「ダブルスリップ」というのは、
http://senrohaisenzu.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/08/21/20020526a74.jpg
の右下のほうに見える、ちょっと特殊な分岐器のことです。基本は交差する線路なのですが、相互に移れるようになっています。以前は若松方と鹿児島方を結ぶ短絡線がありましたので、路線を線路に見立てるとダブルスリップみたいに見えるんです。
折尾駅はさほどでもないんでしょうが、若松駅はずいぶんと変わってしまったようですね。今ではコンパクトな駅ですが、昔は石炭を船に積み替える基地であり、たくさんの側線や石炭車、機関区やら工場もあって、たいそう賑わっていたんでしょうね。

【折尾 若松】折尾駅は乗換で利用したのですが、駅舎が離れていたのとレトロな雰囲気が印象的でした。 近年は稀少な名物駅弁の立ち売りと、なにか、ボランティアの少年駅員さんが居るとか。 これらも旅先での楽しみの要素ですね。  以前の若松機関区は、建ち並ぶ短形庫群と大型給炭設備に、奥まった転車台が特長的で、本当に 8620 9600 C55 D50(D60)などが素晴らしく似合う機関区でした。 薄暮の構内照明に浮かぶD60、夕日を浴びて転車台で転向するD50などの写真を眺めては、若松機関区に想いを馳せていたことを思い出します。 若松機関区が用途を終えて姿を消したのは、高架化を除けば他の機関区に比べて極めて早く、80年代前半には駅舎建て替えと用地転用で往時の姿を消したようです。

ダブルスリップの写真ありがとうございました。駅自体がダブルスリップの意味分かりました。

それにしても凄い写真ですね。(こんな感嘆詞的な言葉でしか表現出来ない自分におもはゆい思いを抱いているところです。)

線路を斜めに横切りつつも、曲がって本線(あるいは側線)へ自在に行ける。こんな幾何学的な構造に芸術的な美しさを感じてしまうところです。
それにしても、どこの駅ですか。
左上の高架は新幹線のようにも見えますが・・・・・・。
また、ぽつんと一台、電気機関車が止まっていますが、貸車や客車等全く見あたらないどころか、線路の錆び付き、線路の上の車止めの木から想像すると、このヤードは終焉間近なのでしょか。

こんな荒涼としたところでも、線路のある風景はたまらなくすきです。
いつまでも残って欲しいと願わずにはいられません。

わかりました。
「小山」ですね。
途中の線路の途切れ方等見ると、以前は、もっと複雑に線路が入り組んでいたような気がします。
線路の上の木、「枕木封鎖」と言うんですね。なんだか悲しい響ですね。
学生時代、学園祭の「後夜祭」用の「ファイアー」にする為、古い枕木を広島駅まで何人かで取りにいった記憶が蘇りました。
北側だったか、南側だったか、場所が全然記憶に無く、列車を眺めた記憶すら蘇りませんが、「ラーク」を得意気に吸ったことは鮮明に覚えています。懐かしい思い出です。
「枕木」なんか何時も見ているのに、これを見るまで思い出せませんでした。尤も、今はコンクリートですが・・・・。
当時、広島駅は芸備線を除いて昼間の優等列車は無くなっており、そんなことも影響していたのかもしれません。(現在、広島駅は、都道府県庁所在地のJRの駅で、ひょっとして、唯一特急・急行の走っていない不名誉?な駅かもしれません。広島県自体、走っていませんが・・・・・。)

E10さん、若松機関区って、本当に北九州の石炭隆盛時代を象徴するところという感じですね。昔と今の姿の差が余りに大きすぎます。
TOさん、枕木の思い出ありがとうございます。文面からは、「何かとてもステキなことがあった後夜祭」が伝わってくるのですが・・・。

とても、とても。
委員の端くれとしてステージを組んだり、ビラ配りをしただけのことです。
でも、兎に角、今となっては本当に懐かしい思い出です。

おっと、またまた、折尾駅なのに、明後日の方向に行ってしまいました。
門司、門司港、小倉、八幡、戸畑、若松といった北九州市の各駅は駅としても面白いですが、間、間の複々線や、迫り来る列車の迫力もまた魅力的でした。
中学校の時の修学旅行の帰り、長崎発の急行「雲仙」に迫り来る貨物列車。
赤く炎を噴き上げる八幡製鉄所の煙突。
高度成長期の迫力ある光景よ再び、と願うところです。

皆さんのコメントを読みつつ、相変わらずぼんやりとしながら、小学校時分に雑誌で見た吊り橋である若戸大橋を思い出しました。洞海湾口に完成して間もなかった姿なのでしょう、両岸傍らに屈曲した線路群、そして工場の建屋や煙突群。官営工場である製鉄所は、北九州に石灰岩とコークスとなる石炭とが同時にあったために立地しました。ここに出来なければおそらく宇部駅近辺だったと思っています。さて、同駅で二分された嵩高い輸送は港に向かいます。昭和40年以前の複々線化もそれに応じたものだったのでしょう。東小倉駅でも示された石炭積み出し施設を収集中の自身としては、後は手宮駅と佐世保西部地域を何とかと目下思っています。それらは成長期前の輸送形態で、もう輸送コストもカウントされる現在、付加性の高いパッケージ輸送が主流なのでしょう。“f54560zg”さんが現今オイルターミナルに触れておられるのも合点がいきます(愚鈍な自身を以てしても、です)。ひたすら輸送する時代ではなくなったことは確かでしょう。そして吊り橋はスパンも自体の構造も長大化し、斜張橋さえここかしこに。かつて鷲羽山で建設中の瀬戸大橋を眺めたこともあるのですが。

高度成長期の北九州、私は行けませんでしたが、行かなくてよかったと思っています(行ったら1ヶ月くらい帰れなくなりそう・・・)。北九州をややこしくしたのは鉄と石炭なんでしょうね。

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» 線路巡礼:折尾駅(立体交差なのにダブルスリップ機能があった美しい駅) [線路巡礼♪]
線路巡礼:折尾駅。 九州の線路の話を始めるのに、 終着駅ではなくて、あえて中間駅の折尾駅から始めたのは、 それだけこの駅の線路が面白いということ。 それと、もうすぐ建替え工事で美しい線路と駅舎がなくなってしまうらしいですよ、という老婆心から。 折尾駅は九州に行く度に通っていますけど、 まずは1989年12月に写した貴重な線路写真。 [[attached(1)]] 鹿児島本線と筑豊本線が立体交差しますが。 短絡線は駅の南側だけじゃなくて、北側にもあったのです。 ..... [続きを読む]

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