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2008年12月20日 (土)

美濃太田 1980/4/5

美濃太田機関区-(徒歩)→美濃太田14:51発-(438D)→多治見

配線図が行方不明で申し訳ありません。

19800405e13
富山・多治見方からです。
美濃太田には機関区のほか客貨車区も設けられていました(車両の配置はありませんが)。
機関区は昨日の記事の通り美濃太田駅からは少し離れた場所にありましたが、客貨車区は駅に隣接しています。やや右に検修庫らしきものが見えます。

19800405e14
一番右の線路が太多線・多治見方、真ん中が高山線・富山方、一番左は入換線です。

19800405e19
岐阜・北濃方からです。左が越美南線、その右が高山線です。
左側に転車台が見えます。

19800405e18
昔は扇形庫があったのでしょうか。
動力車が新基地に移動して転車台だけ取り残された感じです。

19800405e15

19800405e17
トラックにすごい量の荷物が積まれています。

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コメント

ダブルルーフの<スエ30>救援車がいい雰囲気ですね。旧機関区の庫などは全て撤去され、留置線にはJR東海が、あおなみ線の金城ふ頭に建設する鉄道博物館に展示予定の各種車輛が仮に保存されています。鉄道友の会、須田会長がマニアの視点で集めたそうですから楽しみです。

「美濃太田客貨車区に車両の配置はない」と書きましたが、「営業用車の配置はない」の間違いですね。失礼しました。救援車としてスエ308とオエ704が配置されていましたね。
金城ふ頭の博物館が完成するまでの間は美濃太田が仮博物館ということですか。「マニアの視点」、確かに楽しみですね。

懐かしいです。私は昭和40年代前半にすごい量の荷物が積まれたトラックのある場所に自転車を置きほぼ毎日正面にあたる扇形庫やガントリークレーンを眺め、D51やC58やC11といったSLを見物してました。

C58364さん、私もそうですが、だいたい皆さん小さいころは「定位置」があって、そこで眺める習慣があったのではないでしょうか。私の場合はDD13が中心で、残念ながら蒸機を眺めることはできませんでしたが。

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