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2008年11月14日 (金)

赤湯 1978/10/6

米沢-(7405M「ざおう3号」)→赤湯15:11着/16:34発-(449レ)→山形

上野と山形を結ぶ急行「ざおう」はこの当時3往復が設定されていました(9000台の臨時を除いて)。しかしながら3往復とも季節列車で、
・7401D~7402D ざおう1-4号
・6401M~6402M ざおう5-6号(ざおう5号のみ夜行)
・7405M~7404M ざおう3-2号
という、何とも不揃いな陣容でした。

19781006

長井線の分岐駅です。
新庄や米沢が4番乗り場までしかないのに5番乗り場まであります。贅沢ですね。

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福島方です。

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福島方です。

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福島方からです。
貨物列車が入換中ですね。

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福島方からです。

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青森方です。

1978100606
青森方です。

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コメント

上から三枚目の右端に辛うじて写っている普通気動車雑多な編成が面白いですね 此の時代はカオス見たいな時代だったのですね

yyoshikawaさん、客車にも雑多な編成があったと思うのですが、気動車ほどの強烈さはなかったですね。

長井線荒砥駅の項でのコメント時に、この赤湯駅を乗換で利用したのですが、長旅の道中に、健康不安から乗換時間を利用し改札口を出て、もう暗くなっていた駅前通で薬屋さんを探してみたところ、右手側に一軒だけぽつんと明かりの点いた薬屋さんの看板を発見し、これは渡りに船と、その薬屋さんに入ってみました。
当時、50歳前後くらいにお見受けした薬屋さんのご主人に自身の症状を相談すると親身になって応対して下さり、非常に思い出深い出来事となりました。
約20年後、再び赤湯駅を訪れた時、当時お世話になった薬屋さんを探してみたところ、外見は変わった気がしたのですが同じ場所に薬屋さんを見つけ思い切って入ってみました。
店内には70代くらいのご夫婦がいらして、ご主人の方は当時の面影を残しておられ、懐かしさが込み上げて来ました。
普段なら、いつぞやのことを話し掛けていたと思うのですが、なぜかその時は話し掛ける勇気がなく、手ぶらでお店から退出するのも気が引け、真夏だったこともあって栄養ドリンクを1本だけ買い求めた私に、ちょっと怪訝そうな顔つきで対応されたご主人に、やはり話し掛けることが出来ずに、今となっては後悔しきりとなってしまいました。
我々の年代での80年代後半頃の最強アイドルのひとり、浅香唯のセシルと言う曲の歌詞に「人はおとなになるたび弱くなるよね」と言う部分があり、そこだけ抜粋して聴くと、妙にその時の自分がそうだったのかなと感じてしまいます
90年代中頃、久大本線の夜明駅で駅前商店の店主の方が委託駅員をされていて、夜明駅に立ち寄った時に駅のお話をいろいろ聞かせて頂いたのですが、こちらも約20年後に夜明駅を訪れた時、駅前の商店を訪問してみるとご主人の奥さんが対応して下さり、当のご主人は健康を害されて入院中とのことで再会は叶いませんでした。

やはり旅には《気力体力時の運》が大切なのですが、《一期一会》のようになってしまった旅も、思い出深く印象に残っているものですね。

E10さん、旅の思い出をありがとうございます。
私の場合、旅先でのお店との最大の接点は食事なのですが・・・、う~ん、ほとんど記憶が(汗)。

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