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2008年10月29日 (水)

新小岩 1976/11/27

19761127

新金線つながりで新小岩です。
何かの本で読んだのですが、操車場の構内に貨物扱い設備を設けた所を「操駅」と称するらしいです。人であれ貨物であれ、運ぶものを車両に入れたり出したりする運輸営業上の窓口を「駅」とするルールに従って無理矢理最後に「駅」をつけたみたいですね。
ここ新小岩は配線図の右上に貨物1~4番線というのがあり、ここが貨物扱い場所になっているため正式には「新小岩操駅」なんだそうです。田端も「田端操駅」で、新鶴見や吹田は「操車場」らしいです。それはそれとしても、「新小岩操駅」とは別に「新小岩駅」も存在するわけですから、その境界はどうなっているのでしょうか。
このほか新小岩には新小岩機関区(この時点では車両の配置はなし)、新小岩貨車区、大宮工場新小岩車両センター(昔は新小岩工場)が設けられており、貨物の重要拠点でした。

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銚子方からです。
総武線上り貨物が到着のようです。

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同じく銚子方からです。
新金線に向けて貨物列車が出発していきます。

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下りの急行「外房」です。153系です。

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銚子方です。
上り3番線に貨物列車が到着です。

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上の写真のすぐ後です。
ワフが突放されました。危険な作業ですね。

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銚子方です。
下り快速電車です。

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東京方からです。
シキが止まっています。
DD51は越中島方面からかな?

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新小岩機関区です。

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東京方です。
写真では見えませんが、右の建物の奥のほうが新小岩車セです。

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コメント

貨物操車場の配線と機能を収集している小生とすれば、新小岩操車場はいつも仕訳線がベタで塗られ、空撮写真や古い資料で上下の仕訳線の間に機関区があることしか知らなかった。この配線図でようやく、金町方と、対越中島(両国)・対千葉との貨物編成の様が想像可能になり、極めて貴重で感謝申し上げたい。

SYさんは操車場が興味の対象ですか。操車場は線路が多い上に旅客とは無関係なため一般の人間が関心を持つ対象ではないため、配線調べはなかなか難しいですね。

昔の地元にこんな立派な駅があったとは知りませんでした!

こちらの写真を学校での「地元の歴史」での発表の材料として使わせていただけないでしょうか?

srtomoさん、この程度のものでよければご自由にお使いいただいて結構ですよ。

とても貴重な新小岩操車場の写真を掲載して頂き、有難うございます。今年80才になる父に、今群馬に住んでいる私(46)は良く小松陸橋や荒川鉄橋に連れられ良い思い出を作ってもらいました。こちらのサイトを拝見して涙が出るほど懐かしさがこみ上げてしまい、コメントさせていただきました。
ありがとうございます。

takeさん、懐かしさを感じていただきありがとうございます。

何気なく「新小岩」を打ち込んで懐かしくなりました。多分、年代的には同じくらいなのかしら?中学校が、岩区の真横でした。お判りでしょうね。近くの陸橋は、「小松陸橋」ではなくて「青鉄橋」と呼ばれてました。何はともあれ、本当にありがとうございます。

多分、1980年を挟んだくらいの年だと思いますが、
富士駅(もしかすると吉原)でワム8の入れ替え作業
を見る機会が有りました。
 入換機が汽笛合図とともに急制動をかけると、
切り離された4輌くらいのワムが何ともいえない
感じ、勢いの有るような無いような雰囲気でゴトリ
ゴトリと近づいて来るさまが少し気味悪かった覚え
が有ります。
待ち構えていた構内掛がとりついて車側ブレーキ
を踏み込み、適宜の位置で止める、という作業も、
かなり馴れと集中力が必要そうな作業でした。

名無しさん、この写真をご覧になって懐かしさを感じていただけるのであればきっと同年代ですね。
bad.Ⅳh-95さん、私も最初に突放を見たときは、何で動力のない貨車が勝手に動いているのか不思議でたまりませんでしたね。

可也以前鉄道友の会主催でお座敷列車で行く首都圏貨物線巡りの旅と云う企画が有りました 当然乍ら鉄道友の会会員だけの企画でした
私は友の会には所属して居ませんでしたが友人のM君からこんな企画有るけど参加しないかと持ち掛けられ面白そうなので受ました私の他にK君(非会員)も参加しました 未だ国鉄貨物が当たり前な姿の時代です 流石友の会参加者には高松吉太郎氏や吉川文夫氏等そうそうたる方々も居ました
旧型お座敷客車をチャーター水戸座か?EF5861が牽引 経路は品川より先ず品鶴線を通り新鶴見操車場通過高島線経由根岸線大船連絡線東海道貨物線へ茅ヶ崎で折り返し(機廻し)羽沢経由新鶴見へ戻り武蔵野南線へ其の侭大宮へ大宮EF5889が後ろに連結EF5861は此処で切り離し89が今度は牽引再び武蔵野線へ新松戸から常磐線へ入り金町へ其処から新金線に新小岩では当時有った新小岩工場側の側線に入線しました再び機廻しして千葉へ向かい千葉で後部に確かEF81が連結し牽引新宿へ向いました快速線を通り錦糸町の渡り線で緩行線へ入り秋葉原の高架上を進み新宿に到着しました約8時間位の旅でした高島線や羽沢線(東海道貨物線)武蔵野南線新金線等当時殆ど通る機会の無い線ばかりでした
新小岩の一番奥の部分は先ず一般には入る事が出来ない所でした唯新小岩に来た頃は夕方でしたので残念乍写真は撮れませんでした 

yyoshikawaさん、ルートも面白いですし牽引機も豪華な列車ですね。
20台半ばまで窓を開ければ新金線の貨物列車が見えるところに住んでいたのですが、さすがに新金線の列車に乗ったことはありませんでした。

鉄道ピクトリアルNo977号総武緩行線特集で1937年3月時点の総武本線お茶の水千葉間配線図ピックアップに当時の新小岩操車場配線はとても珍しい配線です上下本線に囲まれたヤードと本線山側に新金線からのヤードが別に有り小岩工場入出線もあり蒸気機関車用ターンテーブルが新金線ヤード東京よりに有りました

yyoshikawaさん
昔は抱き込み式のようになっていたんですね。

その操駅が規模縮小された跡地にできたマンションに住む者です。
私自身レールファンなので今の環境には何の不満もなく、特に毎年大晦日~元日にかけてなど、終夜運転や初詣臨で走るレアな車両を見るのが楽しみの一つです。

他所からの転入組につき昔日の様子など知る由もなかったのですが、こちらのページで初めてその規模や往時の賑わいをうかがい知る事ができました。
写真も鮮明で、今にも入換作業の音が聞こえてきそうですね。

貴重な資料の数々を有難うございました。

たびびとさん
かつてほどではないかもしれませんが、新小岩界隈はレールファンには楽しみなところですね。
写真は小松橋と環七の西側にあった人道橋で撮影した記憶なのですが、人道橋のほうはなくなってしまったようですね。ちなみに家からチャリです。

人道橋ありましたね。
長さの割に簡素で幅も狭く、おまけに錆びついていて、今にも崩れそうなちょっと怖い橋でした。
撤去になったのもおそらく劣化が原因なのでしょうね。
上一色地区や小岩高校の近くに渡るにはなにげに便利で、時々使っていたのですが、おかげで小松橋か環七を遠回りしないといけなくなりました(苦笑)。

今では、私学共済グラウンド前の遊歩道によく撮り鉄さんが訪れてカメラを構えていますよ。

たびびとさん
そうですよね、通行には不便ですよね。個人的には自動車を気にすることなく線路を上から眺められる人道橋は絶好の撮影スポットだったのですが。

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