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2008年8月 3日 (日)

東赤谷 1979/7/16

新発田-(129D)→東赤谷16:23着/18:18発(132D)→新発田

この日はこの後磐越西線で会津若松まで行き、ばんだい12号~おが3号で夜明かしするパターンでした。

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有名なスイッチバック式の終端駅です。

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乗ってきた129Dです。
4両もの長大編成です。

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終端側からです。

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左が本線です。

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貨物1・2番線です。

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終端側です。

1979071615_2
終端側からです。

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赤谷線の終端です。
雑草でよくわかりませんが。

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一応転車台も残っていました。

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折返線側です。

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左が鉱産専用線ですが、その右に軌間の狭い専用軌道があります。

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折返線側です。

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右側の建物の屋根の下に専用軌道があり、

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こんな機関車が止まっていました。

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新発田方です。

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折返線の終端です。
車止めの先を横切っているのが専用軌道で、

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こんな風に素朴な囲いで覆われています。

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囲いの中はこんな風です。

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専用軌道はこんな風だったり、

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こんな風だったりしながら

1979071677_2
延々と続いていました。
徒歩ではこのあたりが限界です・・・・

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コメント

ここに行ったのは冬だったので、線路の終端は判明しませんでした。こうなっていたのですね。
私は坑道の中をこっそり少し歩いちゃいました。

ここの駅員さんが「線路図」を配っていたので、記念に保管してあります。たぶん同じものでしょうね。

こんなものが目の前にあったら絶対に歩きたくなりますよね。ただ、もし架線のようなものがあったらちょっとコワイです・・・。

私25年位前まで、東赤谷に住んでいました。当時は赤谷鉱山といいましたが、鉱山の社宅でした。学校への通学に赤谷線に乗りました。その際スイツチバックの脇に鉱山へのトロッコ電車がガタガタ言いながらゆっくり走るのを覚えています。大変に懐かしいです。

(あくまで趣味的な立場からだけですが)すばらしいところにお住まいだったのですね。
今後ともよろしくお願いします。

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