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2008年8月31日 (日)

放出 1978/3/14

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片町線と城東貨物線の分岐駅で、淀川電車区放出派出所も設けられていました。

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片町方です。

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給炭台と給水タンクの残骸です。
1978年当時の写真はこの2枚だけです。
以下は1992年3月28日の撮影です。

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方町方です。

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片町方です。

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片町方からです。

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かつては貨物扱い設備が設けられていたのでしょうが、この時点では広大な空き地でした。

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片町方です。

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木津方です。

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木津方からです。

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木津・竜華方です。一番右の線が城東貨物線です。

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手前の複線が片町線で、一段高いところを走っているのが城東貨物線です。
右側が放出駅方です。
城東貨物線が見た目質素な赤いプレートガーダーなのに対し、その隣の電車区の引上線には立派なトラスが架けられています。

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竜華方からです。

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コメント

放出駅についての幼い時の記憶では、貨物の上げ卸しホームが川向こう(第二寝屋川)にあり、城東貨物の発着線が北側の本屋側に沿って伸び、さらに西側に伸びていた引上げ線脇に給炭設備があった。駅東の踏切脇の大和川橋から同河川を屈曲改修させて貨物設備を同一平面にしたのだが、旧来の河川が埋め戻されても長らく更地のままだった。放出の駅名にも関係するが、河川敷の利用の歴史が放出駅である。余談だが、放出の貨物設備が整えられたのは、桃谷駅の東にあった貨物取り扱い設備廃止に伴ったものであったそうである。

放出駅の貨物扱い設備は、昔は川の対岸だったのですか。地図を見てみましたが、なるほど、川の曲がり方が人工的で不自然ですね。
でも、それ(河川の改修)って相当昔の出来事のような・・・・(失礼しました!)。

文中の桃谷駅を、玉造駅に訂正させて頂きます。城東線森ノ宮京橋間の猫間信号所からの分岐云々で、残された地平時の玉造駅が貨物用だったわけで・・・・小生としては印象が薄くて間違った次第で・・・確信はないが淀川(貨)~京橋をへて蒸気が入っていたと思われる。私の時代はC11しかないのだが。ほとんどタワゴトになってしまいました。

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